第18話 マイラと3人
青から向けられた目、そこから、動かせない、自分の視線も。
高まる何か。
だけど、見つめれば見つめるほど、見つめ返してくる視線から、どうしても、目が離せない。
なぜだろう。
そう、だ。
私、こんな風に、誰かの目をしっかりと見たこと、なかったような気がする…。
怖かった。
誰かの目に映る自分。
それが、青の目に、間違いなく映り込んでいるのが自分だと分かる今、とても、とても、嬉しい。
手を伸ばすと、千晴の指先から、光の粒が連なって青の方へと流れた。
たった一メートルほど離れた場所に立つ、そこへ、ゆっくりと筋を伸ばす。
それが、うれしい。
青がその光の端を握る。
さらさらと指の隙間から落ちてゆく。
それを感じながら、青は、そこから流れてくる温かい感情が、体にひたひたと入り込んでくるのを感じる。
「ヴェス」
青が手を伸ばして光る筋を遡って千晴と手を合わせると、子どもの頃と同じように、その胸に千晴が身を投げるように飛び込んでくる。
「シーニー」
ぎゅっと背中に周まわした腕に力が入る。二人とも、確かめるように、強く。
「あの光は何だ?」
「シーニーの真名を唱えて、それと繋がるように流したの。間違いなく、シーニーなんだなって、あれから流れてくる魔力の色や温かさで分かった…嘘みたい、本当に、嘘みたいに、嬉しい」
「…久しぶりだな…大きくなったなぁ」
「なんか、くすぐったいね…シーニー。ねぇ、そんな感じだった?」
「あれから何年も経ってるから、僕もお前も様変わりした、な」
できれば、間違いだと思いたい事実もいくつもあった。悲しい記憶もある。その一つ一つの確認は、少しずつやって行こう。
千晴は、今は、このままが良いと思った。
「…うん」
「そうだ。気にするなと言っても無理だとは思うが…今は、現実的なことを詰めていかないと、な」
青は、思い出したように滉大を探す。
すぐ近くにいた滉大の横に、居るはずのない人を見つけた。
「お前…なんで、ここに居るんだ?」
滉大の隣に交換手がいる。千晴も、青の話からそちらへ顔を向けて、また、知らない顔が一つ増えていることに、驚いた。いつの間に…と。
「お二人の解術の辺りからいますよ。間に合って良かったです。そうそう、ここにいる間は、マイって呼んでくださいね。千晴さん、青さん」
「…なんで、の部分がごっそり抜けてっけど」
「それ話すと長くなりますから、後程ゆっくりと。ところで、当分、ここで生活するんですから、お二人とも、自分の名前に慣れましょう。では、お名前は?」
マイに指差されて、びくっとしながら千晴は答える。
「ち、千晴」
「はい、よくできました。では、そちらは?」
「…何年こっちにいると思ってんだ?あ?そんな細かい指導はいらねぇよ」
「はい、通常通りの青さんに戻りましたね!よろしい!」
にこにこと微笑むマイに、青はため息を吐き出し、千晴は首をかしげる。
「夕食にしない?」
すっかり、冷えてしまったローテーブルの上に並んだプレートを指差して、滉大が言う。
「はい!いただきます」
マイが舌なめずりをしてソファへ向かい、その後を千晴と青も追いかける。
無意識なのだろうが、手を繋いで歩く二人を、滉大は眺めてしまう。
「すげ。青が、こんな感じに変わるとは…っていうか、記憶操作系のって、本人の性格とかも一部変わっちゃうの?何、この表情豊かな人、誰?って感じなんだけど」
「そういう統計もあるそうですよ」
マイが、滉大に近づいて小声で答える。
「どこの統計それ?」
「あ、あのディープにダイビングしてた時に見つけました。たぶん、一般的には公開されないタイプの統計ですねぇ」
「ふぅ~ん。どっちが素なの?」
「…どうでしょうかぁ…そもそもかけられた時期が早かったので、人格の形成は、むしろ術と切っても切り離せないってところでしょうけど…。起因にはなってないでしょうが、術は何重にもかかっていた様子ですから、お二人とも、抑圧されていたような状況にはあったでしょうね」
「青は、ここで出会った頃からそびえ立つ壁が高くてよく分かんない感じだったけど。だんだん、暴言が増えていったから、それが抑圧うんぬんの発散めいたもの?だったのかもね。それが原因で友だちいないんなら、十分、術に左右された人生だね。しかも、その術のほとんどを自分で施してるんでしょ」
「でも、それも含めて、元々のって可能性も…」
「え、ああ見えてМ系ってこと?」
「うわぁ、それ、ヤデスネ…」
よく分からない話を始めた滉大とマイを横目に、千晴は食事に取り掛かることにした。
「いただきます」
青もそれに従う。
かいがいしく、千晴のグラスに水をいれたり、サラダを取り分けたりと、忙しそうだ。千晴は、取り分けてもらったものを、嬉しそうに手に取りおいしそうに食べる。それを、本当に愛おしいという表情で見守り、時には頭をなでたりしている青を見て、滉大は少し寒気を覚える。
「どうしたんですか?風邪でもひきました?」
両腕をこする滉大にマイが声をかける。
「…いやさ、青、別人みたいで、対処に困る…あれ、何?」
「見ての通り、保護者とか恋人とかでしょ」
「よく、平気でいられるね、マイは」
「私、青さんの素地って、モニター越しでしか知りませんからねぇ。でも、お二人の表情見てると、癒されますよ、私」
「俺は、悪い病気にかかりそうだよ…」
滉大は思う。
―いつも、俺の役回りは、誰かを見張ったり、誰かの尻拭いをしたり、誰かの、だ、と。俺の春は程遠いのかな。
隣で冷凍ピザをがっつくマイを眺めて、小さく息を吐き出した。
「本当の所は?マイはどうしてこっちに来たの?」
「それ、聞いちゃいます?」
「質問を質問で返すの、やめたら?それに、隠し事、多すぎて信用ならないんだけど?…じゃ、これなら答えられるでしょ、いつまでいるつもり?」
「…そうですねぇ…繋がるまで、かな」
「何故、疑問形?」
「私も、仕事ですから。でも、楽しい仕事です、今回は。外回りって、いつもはエグイのしか回ってきませんからねぇ」
「…マイさんのお仕事って?」
初めて会った人に対して言う質問としては、問題ない内容だと思って、軽い気持ちで千晴が訊ねた。
「それも、聞いちゃいます?」
「ダメ…なんですね。すみません。よく、分からなくって…勝手が…」
頭がぼーっとする。
記憶が流れ込んだ頭の中は、混乱を極めている。それを見ないことにして、無理やり青に手渡される食事に手を付けながら、なんとなく口を出た質問が場にそぐわないものだったのかと、千晴はマイの答えを聞いて思った。
「おい、マイ、それくらい答えても良いだろう」
千晴をかばうように青がそう声を上げる。青は、記憶の処理よりも、千晴が近くに居ることが何よりだと思っていた。全ては二の次だと思える。
何なんだ、この感情は…。
戸惑いつつも、青はこの感情に逆らえないでいる。むしろ、それに沿っていたいと思う。
「青さん、私、一応、暗部の人間なんですよ」
「は?」
「あ?」
同時に滉大と青が、がばっと顔を上げて、マイを呆れたような表情で眺める。
「まったく、信用ならねぇ。言って良いのかよ、ここで。千晴もいるのに」
「…ほんと、びっくりしますよねぇ、モニター越しの青さんって、あの部署でも人気だったのに。節度をわきまえた話口と穏やかな表情とか…まるで別人みたいですよねぇ…と言っても、滉大さんと話す様子は、私はモニタリングしてましたから、ようく知ってましたけれども。ほんと、詐欺レベルの劣悪な言葉使い」
「ほんと、人の質問にまともに答えられねぇ人間だな、お前は」
「…あのさ、まさか、とは思うけど、指令いくつも受けて動いてる?よね?」
滉大が、ふと思いついたようにマイに尋ねた。
「…さすが王子」
「なるほど」
思案を始めた滉大を、千晴は眺める。自分には関係のない会話だと、どこかで思っていた。
「もしかして、青と千晴ちゃん…の…身柄のこととか?」
暫くして、滉大がマイを見て確信を持って言う。その言葉に、驚いて千晴は二人を交互に見た。青は、ため息を吐き出して、何か納得したような様子だった。
「なるほどなぁ、そういうことか」
「でもさ、元々は二人の記憶を取り戻すことも業務の一環だったとか何とか言ってたよね?」
「矛盾してんのは、本部の上層部の各々だろ。暗部を動かせる数人に意見の齟齬があるってことだ」
滉大と青がそんな意見をぶつけあっているのを、マイは意外でもない雰囲気で見守っている。
「…あの、さっき、滉大さんが言ったことって…」
濁して聞くと、マイは少し悲しそうに笑う。
「私は、一つの駒でしかありません。命は命で、一つの仕事ですから」
「…そうですか…」
否定も是正もしないマイの言葉に、千晴は曖昧に答えた。
「私は、ひどく、自分が、居ないような気がして、仕方なくって…」
なんと言って良いのか分からず、千晴はそう続けた。
「全てが、ぼんやりとしてて。結びつきがあるのかどうか、夢なのか現実なのか、記憶が戻ってきた、たった今でも、まだ、実感がとても薄くって…けど、シーニー…青は、ここに居て…、滉大さんとマイさんは居て、これだけが、私の今の現実めいたもので、他のことがとても遠くに思えて…だから…」
千晴がマイを見た。
「私の存在に疑問を抱いているなら…ためらわず、一息にお願いします。私、痛いのが嫌いっていうことだけは、すごく覚えてて…だから…」
千晴は、右手を胸の位置でぎゅっと握りしめた。
「千晴さん、誤解させてしまってごめんなさい」
マイが千晴に向き直る。
「それに、滉大さんも青さんも、私の説明を聞いてください」
マイは、滉大と青の話を聞きながら、自分が話すことの順序を組み立てていた。ごまかしの効かない二人と一人を前に。誰にも邪魔されない、通信も不可域で、モニタリングされない空間まで、転移できる場所とトレースされにくい箇所をできる限り選んでここまでやってきたのは、このためだ。
「質問に答えねぇのは、お前だろ」
「青、そう噛みつかないで、マイの話を聞こうよ」
滉大はそう言って、促すような目をマイに向けた。
「先ほども申し上げました通り、私は暗部の人間です。なぜあの部署に居たのかというと、そういう指令で、です。近頃は、お三方の動向を伺っていました。…ところで、青さんは、記憶がない理由は思い出せてます?」
そのマイの言葉に、青は眉根を寄せている。
そして、疲れ切った頭に、しびれたような記憶の断片がカチカチと組み上がって行くように感じる。思いの外、疲れてしまっている。
千晴は、マイと青を交互に眺めながら、深くソファに座る。
自分の中にある、まだ、ばらばらで定着しきれていない記憶を、ゆったりと巡っていた。




