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閑話 王都で 交換手マイラさんの上司



「大変ですよぉ」

 部屋に入るなりにこにことした表情でそう声をかけてきた人物は、つい先ほどまで、青からの報告を受けて、各所からの反応を取りまとめていた交換手だ。

 大きな窓から入る日差しを斜めに受けて重量感あるデスクに座った人物が、それを静かに見返した。

「…マイラ。まだ定例の報告の時期ではなかったはずだが…」

 隣接する秘書室が毎回機能していないようだなぁと思いながら声をかけたのは、滉大の兄の一人でもあり、この国の宰相の一人だ。

 この国には宰相が三人いる。その中の一人が王族というのは、とてもレアケース。現職に限ってという注釈が付いて在籍している。この人物が優秀であり民衆から支持されていることもあるが何より、加護が付いていることが最大の理由だろう。加護が付いている限り、偏った思想や勢力に乗る必要がない。感情はどうか知らないけれど、中立を保つことが、他のどんな理由よりも、優先されて今の地位についている。

「ええ、ムリに押し入りました」

「だろうね。で、弟たちに何かあったのか?」

 マイラは、滉大とその周辺に付けられている『目』の一人だ。

「さきほどのメールは確認されましたか?」

 こんな事態のために、秘書たちや次官たちを通さず、直にやり取りできるサイトがあり、マイラはそこにメールを送っていた。にも関わらず、肝心の数名から返事がなかったため、手始めに自分の上司から直接訪問することにして、この部屋にやって来ていた。

―上司と言っても、裏のってことだけど。

 マイラがその任を負っていることを知る人は少ない。

「いや、今まで予算の件で軍部と魔法省と話を煮詰めていたところだ」

「なるほど…それで、魔法省からの返信もなかったのですね…」

「それで?弟の件なのか?」

「第六王子は相変わらず…ですが、そろそろ、巻き込まれているかもしれませんねぇ…」

 独り言のように呟いたマイラに業を煮やして、宰相は話を促すことにする。

「報告」

「はっ」

 と敬礼をした後で、マイラは、通信が切れる前にもたらされた情報を宰相へと報告した。


「そうか」

 話を聞き終えた宰相が、深く息を吸い込んだ後で、そんな風に返事をする。

 表情は変わらず、眉間のしわが少し深くなったような気がする。内容が内容なだけに、楽しい話ではないために、そんな予想をすることができる。長く配下として接してはいるが、宰相はマイラにとって表情を判断することが難しい人物の一人だ。

「はい。こちらが、映像です。ご確認願います」

 タブレットを、青から報告を受けた動画に切り替えて、宰相から見えやすい位置に投影する。難なくそれをこなすマイラも、魔力の質と量とが、この国の中でも高い水準にあることが分かる。宰相の手足として、裏の仕事をこなしているのは、その魔力を買ってもらっているから、というのはマイラも理解していた。


「…ヴェスに間違いないな」

 青と接触があった女性の顔を見て、宰相が断言する。


 つまり、彼女は、あの地球の人間ではなくて、ここの生まれということになる。


 マイラは、その女性を資料でしか見たことがない。

 彼女を記憶にとどめている人物は少ないと聞いている。また、その存在自体、秘匿されていたために、直接接したことのある人物自体が異様に少なかったようではあるが。

「やはり、ご存知でしたか」

「ああ」

 短く返事をしてきた宰相に、これ以上の追及はできないと悟って、マイラは交換手という表の仕事に戻るべく、踵を返す。

 報告をして、指示もない。ということは、つまり、この状況で宰相からの横やりはないと思って良いのだろうと判断できる。自力で調べたことを組み合わせて、青に助言することは可能。それが、どう転ぶかが問題だけれど…そうするしかないだろうと考えた。

 青は、困っていた。

 自分の采配で、何かが変わることを憂っているように見えた。

 恐らく。

 あくまでも、マイラがそう思っただけで、実際の青の心情は知らない。

 ただ、困っていることは分かる。

 接触を少なくしたいはずが、セキュリティが機能していないことは間違いない。突発的な理由だとしても、それは現場で働く人にとっては不安要素の一つにだろう。次に通信が繋がったら、その底上げの意思があることを示すことが必要になる。

 彼女を『ヴェス』と認識はしていないことは、青の様子で分かっている。

 そもそも、外部に効果を発揮する機器類が、この国の人間に効くのかどうか疑わしいけれど…。

 困っているのは確かなのだから、上限値を変えることが可能かどうかくらいは、各所に根回しして聞いておいても良いだろう。

 数週間以内に、技術的に数値の上限の変更だけでも解決してくれそうな数人を頭に浮かべながら、マイラが宰相の部屋の扉に手をかけた時だった。

「弟とシーニーは、元気なのか?」

 シーニーとは、この国の古い単語で「青色」を起源とした言葉だ。名前にもよく用いられる。滉大がシーニーのことを「青」と呼び始めたのは、そのためだ。

「ええ。お二人とも、職務に励んでおられます」

「そうか」

「優秀なお二人とご一緒できて、私も光栄です」

「…シーニーの様子は?」

「困っておいでのように見えました」

「困って?」

「ええ。ですから、セキュリティの質を上げるべく、各機関と相談して対応しようかと思っています」

「なるほど」

 それを上げた所で、ヴェスに効果があるのかどうかは疑わしいが…何か手を打つ素振りを見せるならばそれくらいしかないのかもしれない、と、宰相も考える。

「良案がありましたら、ご拝命いただけたらと思います」

「…うぅん」

 珍しいことに、宰相が少し唸るような声を出して、何かに考えを巡らせている。

「いたずらに手出しはしない方が良いこともある…」

「では、セキュリティの面で対応してゆくので、かまいませんか?」

「…これを、使いなさい」

 宰相は立ち上がると、マイラに近づいてくる。『これ』と言われたものが見えずに、マイラは宰相の所作を見守るしかなかった。

「さあ」

 そう言って、宰相が両手で球体を握るような素振りを見せた後、そっと開くと、その掌に白く小さな鍵が乗っている。それを軽く手の上に落とされたマイラは、その鍵と宰相の目を往復させてしまった。

「ぶしつけでした。失礼しました」

「何。初めて見るものだろうから、仕方がない」

 そのまま踵を返す宰相に、困ってマイラが声をかけた。

「こちらの使用用途のご指示はいただけないのでしょうか?」

「使うことがあれば、使用を許可する」

 マイラの問いに、少し考えたような間の後に、宰相は背中を向けたまま、そう答えた。

「…了解しました」

 これ以上の言及は望めない。マイラは、カギをポケットに忍ばせた。

「…マイラ、君は、神話が好きだったね?」

「ええ。創世記ですとか、星座にまつわるものとか、建国記なんかは、全て読んでいます」

「そうか」

 どかっと椅子に座った宰相は、マイラが部屋に入り込んだ時と同様に、手元の書類に向かう。

 それ以上の言葉はもらえそうにない。


 まるで、なぞなぞだ。


「では、失礼します」

 マイラは、ポケットにあるカギに思いを馳せて、部屋から辞した。


 パタンと扉が閉まるのを確認して秘書室に向き直ると、そこにいた数人がひきつった顔を向けてきた。

「…いつの間に…」

 ああ、そうだ、黙って入り込んでいたんだ。

 マイラは、皆の顔色を見てそれを思い出し、困ったような笑顔を顔に乗せる。

「あ、皆さん、席を立ってらっしゃったので、勝手に入らせていただきました。すみません!まだ、新人気分が抜けなくて…ご迷惑おかけしました」

 ぺこりと頭を下げるマイラに、皆それぞれの表情を浮かべていた。

 新人ならしょうがない、宰相に怒られただろうなぁ、気の毒…、新人が一人で対峙しただと?などなど、各々考えていることが吹き出しで見えそうな表情をしている。

「…ああ、別にかまわないんだが…」

「宰相は、どんなご様子だ?」

「えっと、そろそろ休憩の時間かと思いますので、これをお持ちになってください」

 そう言ってマイラが差し出したのは、宰相の好物であるドライフルーツがたっぷりと入った名店のパウンドケーキだ。宰相の部屋に入る前に、前室のソファに置いておいたのだ。

「お、これがあれば、大丈夫だね」

「先輩、僕、紅茶をいれてきますね」

「うわぁ、おいしそう。ここのお菓子、どれも、おいしいですよねぇ」

「王都一って評判だよ」

 通常業務に戻ったであろう秘書室の様子を眺めて、

「…では、失礼します」

 とマイラが静かにフェードアウトしようとすると、

「ああ、また。次は、僕たちが居ないときは、勝手に入ってはダメだよ」

 秘書室長と思しき男が注意を向けた。

「はい、了解しました」

 真面目な秘書室長に向かってそう返事をしながら、マイラは自然に笑っていた。

―この人は、いつも、このセリフ。

 何度も入りこんでいるのにもかかわらず、彼らの記憶に、マイラは残っていない。

―私の返事も、いつもと同じ。

「では、失礼します」

「あ、ありがとうね、お土産」

 そう言って、秘書室長が手を振る。

 これも、いつものやり取りだ。

 マイラは笑ってそれに返した。




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