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仮想の現実は無法地帯  作者: 雪斎拓馬
仮想の現実は無法地帯 上
7/55

第一話 「街の死角は概念の中に」 7


     7


「流石だな、()()()。おまえには後ろの女を殺せと依頼したはずだが?」

「おまえの腹いせに霊猫を殺せないな」ヨルは嘲笑した。

「女は殺せないってくちか? 見損なったな、殺人鬼。おまえがリバティーゲートに入ったらぶっ殺す」

 もう殺す気でいるだろ、と馬鹿にするようヨル。「おまえを殺せと()()()()()()

 第四位のアーキアと戦ったことはない。しかし、彼の能力が『腐敗』であることは既に知っていた。たかがそれだけで負けるはずがない。物を腐らせる能力は人間にも有効だ。能力の発動は対象に触れること。要するに触られれば負けるが、そんな簡単なゲームがあれば彼はすぐにクリアするだろう。

 銃声が轟いた。煙が弾丸の軌道を描く。その先にはヨルがいたが、ヨルは避けもせずただ立っていた。口元を上げ、にやついている。嘲笑するが如く、平然とそこに立っていた。

 銃声の次に聞こえてきた音と言えば、人の断末魔だった。煙はヨルに命中してから同じ軌道を戻っていた。全員が断末魔を上げる兵士に視線を送った。

 その内にヨルは駆け、兵士の頭を撃っては屋上から突き落とした。それに気が付いたアーキアもヨルに向かって走る。彼は理解しているのだ、ヨルに銃は意味がないということを。

「俺は今、最高に楽しいよ」ヨルは余裕な表情で笑っていた。全力で走ってくるアーキアを待っているのだ。

 アーキアはヨルから一メートルほど離れたところで急停止した。正確に言えば、急停止させられた。体が見えない壁に衝突したかのように前へ進まず、縛られたかのように身動きができない。

「あの戦争、トワイライトゲートとリバティーゲートの戦争で俺は一度死んだ。復讐を誓っていたわけではないが、おまえらとは戦いたかったのだよ。俺はおまえらに殺されて()()になったからな――勘違いするなよ、俺は超能力者になれて嬉しいと思ったことはないんだぜ」

 俺は、普通の人間のまま非日常を過ごしたかっただけなのだよ。ヨルはやはり笑いながら言った。相手の顔が引きつり、命乞いでも聞こえそうな表情を浮かべていたが、冷酷にも彼は処刑を宣言するように恐怖を刻んでいく。

 アーキアは空中に上げられ、念力のような力を連想させる。空中に浮かぶアーキア、それに触れていないヨル。念力だ、誰が見てもそう思うだろう。

「これで終わるというのもつまらないが、どうだろうか、俺と戦え。いいか、俺はおまえを気が済むまで殺す。ああ、死んでも尚だ。内臓が出ようが心臓が破裂しようが関係ない。おまえがどこで死んだかは知らないが、調子に乗っているようだから痛みを思い出させてやろう。おまえが命の尊さに気が付くまでを助けてやろう」

 ヨルは延々と語りかけた。アーキアは再び顔を引きつる。

「命の尊さだと? 汚れ仕事の殺人鬼がそれを言うか、馬鹿げた話だな」

「ぬかせ、俺は殺人鬼だ。今まで何人殺してきたか知らぬ。だが、おまえは何度俺を勘違いすれば済むのだ。()()()()()()()()()()()()()

 アーキアの体が地面へ落下した。ヨルが彼を自由にしたのだ。念力が存在するならば、念力を解くのは術者だ。対象の彼が抜け出せなかったのは、ヨルが常に能力を発動させていたからだ。

「俺は第一位、おまえは第四位、フェアじゃないな。俺の能力を教えよう。おまえならば俺の情報が皆無だということはないだろうが、おまえ達の知らない情報を教えよう。他言無用とは言わない、好きなだけ汚れ仕事に回せ」

 ヨルは全力で突進してくるアーキアを見ながら口を開いた。声が発される時には彼の顔面へアーキアの拳が飛んでいた。

 爆発音が青空に響いた。後から走る鈍い重低音は屋上の砂を巻き上げる。

「俺の能力は『動力操作』だ。つい最近()()()()エネルギーも操作できるようになった。しかし操作できなかった特異な能力を発見した。それが後ろにいる霊猫だ」

 ヨルはアーキアの拳を()()()掴み、にたにたと笑いながらそう言い放った。アーキアは驚きに目を丸く開いていた。自分の能力は腐敗。その手で対象を触れれば例外なく腐り、やがて死ぬ。しかし、現状自分は対象に触れている、が発動していない。

 彼が説明した通り、超能力のエネルギーを操作しているからだ。他にも、狙撃手からの攻撃を避けもせず立っていた理由がそれにある。銃弾を反射していたのだ。エネルギーと呼ばれる殆どを彼は操作できる。宇宙に秘められたエネルギーを使えばいいと言う人が出てくるかもしれないが、彼が操作できるものは彼自身が理解しているものだけだ。物が動くときに必要とされる力や摩擦などの日常的なそれから、生きるために必要とされる心臓の動きやそれに伴う血流などのエネルギーを彼は理解している。その為、彼が触れもしないで対象の体を吹き飛ばしたりしているのだ。実は空気の振動や圧力を使用して、対象を締め付けているのだ。

「おまえの能力は腐敗だ。精々、能力を腐敗できるよう努めることだな」

 危機を感じたアーキアは瞬時に後退し、体勢を整えた。その後、手を後ろに引く。単純な殴りの構えをしているのだが、ヨルには彼の周囲の空気が腐っていくことがわかった。彼の能力は腐敗、空気も対象である。

 アーキアは雄叫びを上げながら自分より順位の高い超能力者がいる方へと飛び込む。先刻とは違う。能力に頼らず、物理的な力にも頼らない。彼は建物を破壊しようとしていた。目標は彼の近くにあるガスタンク。運がよければ爆発する。きっと、彼は彼との戦闘を避け、霊猫の殺害を優先したのだろう。

 彼が周囲の空気を腐敗させた理由は簡単である。空気を伝い飛び道具を無効化する。例えばヨルが銃で攻撃しようとしても、弾丸を腐敗し自分へ着弾する前に消し去る。

 しかしヨルは懐から何十本もの釘を取り出した。飛び道具だ。アーキアの思い通り、敵は飛び道具を使用する気だった。無論、ヨルは攻撃の為に釘を持つ。ただ、銃ではない。アーキアはそんな単純な事さえ気付かなかった。

 ヨルはアーキア目掛けて投げた。ただし能力は使わず、ただ力任せに投げた。その所為で全く速度がなく、アーキアが腐敗を発動させていなくても攻撃にすらならない。釘はアーキアの寸前で腐り、朽ち果てた。一本の釘は腐った針となる。

 だが、ヨルは笑った。彼の攻撃は腐敗あってのものだった。

「何故俺が屋上を戦場に選んだかわかるかい?」

 アーキアは再び危険を感じ、上へ跳んだ。回避行動のつもりであったが、意味をなさない。これこそがヨルの組んだ攻撃だからだ。彼が手を前に出した。アーキアにとって死の宣告に見えただろう。表情が歪んでいく。彼の周りで腐敗した釘が回り出し、不気味な色をして彼を包む。

「おまえ――!」

 彼が屋上を選んだ理由は、竜巻を起こす為だ。釘が竜巻のように彼を包み、彼を上空へ持ち上げる。第一位の能力、動力操作は空気も操る。故に竜巻など朝飯前だ。アーキアは瞬く間に上空へ昇り――釘が体に突き刺さる。

 体を貫く鈍い音が、ヨルの元まで届く。上空で爆発四散したように、肉体の破片と破れた服の一部、そして血が四方八方舞い散る。幾つもの風穴を空けた、しかし未だ生きている第四位の体が落下し、屋上に叩きつけられた。血が飛び散る。それでもまだ生きている。ヨルは溜息をつくと、彼の体に手を触れた。

 アーキアは一瞬痙攣を起こすと、脱力した。死んだのだ、ランキング第一位の超能力によって。彼は死体を持ち、無造作に屋上から投げ落とした。オーヴァーキル予告は脅しであり、これ以上攻撃する気はなかった。


「霊猫、おまえは今まで現実世界を信じていた。何かが成功し喜ぶことを幸せと感じていた。しかし裏切られた。その症状は聞かない、過去や現実での話はここでタブーだからな。だからおまえは、あの意味のわからないメールに興味を示した」

 ひと段落ついてから、何が起きているかわからないと言いたげな霊猫にそう言った。かのんと話す時とはまた違う話し方だ。真面目な口調で、同情するわけでもなく事実を突きつけている。まるで裁判官だ。

「この世界をどう思っている?」ヨルは唐突に質問した。

「悪人の集り……それ以外に何があるというの」霊猫は即答した。

「そうか、やはり俺と同じだな。俺とおまえは似ている。行動は似ていないが、性格や襲い掛かる不幸が、俺に似ている。あいつとも……」

 ヨルもまた、現実世界を信じ、幸せに感じていた。しかし突然世界に裏切られた。現実に失望し、彼を襲った不幸は憂鬱な日々だった。高校をやめた。当時は高校一年生だった。それから無駄な人生を送っていた。泣くこともできない喪失感。これこそが、喪くしたものの痛みだ。

 突然、理解し難いメールが届いた。それがこの世界への切符だった。彼は無法地帯に入り、まず「悪人の集まりだ」と思った。だが、それでもこの世界にいたかった。簡単に言うと「現実逃避」だ。彼は銃を握り、ひたすら何かを撃ち続けた。それでも刺激が足りなくなってとうとう軍隊に入隊した。だが、人間とのコミュニケーションがまともに取れず、すぐに辞めた。それはもしまだ退学していなければ高校一年の冬の話である。その直後、彼のいたトワイライトゲートと隣のリバティーゲートが戦争を始めた。彼は戦争というものがどれほどのものかを知らなかった。何を得て、何を失くすのかを理解してはいなかった。刺激を求め戦争に参加した。敵をひたすら殺そうとした、しかしこれはゲームではない。思うように敵に遭遇せず、また敵に攻撃されないために動くのは危険だった。

 彼が自分の超能力に気付き始めるのはこの時だった。彼は建物の玄関近くで敵に射撃され右腕を負傷した。痛みに耐えられず全力で建物の中に逃げ込んだ。広いエントランスを人の速さではない速度で走った。後ろからの弾幕すら華麗に避けていた。何かがおかしいと感づく。彼はひたすら高い建物を上った。屋上から少し下くらいで息が切れ、汗を流し始めた。扉が見えてそれに駆け寄る。電子パスワードもパネルをショートさせて破壊した。ただ触れただけだというのに、だ。彼は屋上に出た。無我夢中だった。その為、隣の建物から狙われていることに気付かず、銃撃を受けた。

 その弾丸を受けた彼は炎上した。超能力者の発現には死が必要である。その時、体を燃やす嫌いがあるという。彼は炎に永遠と焼かれ、死亡した。

 彼がその時思ったことと言えば、怒りだった。

「俺はこの世界にも怒りを覚えた。殺された怒りではなく、化物にさせられた怒りだ。おまえも思っただろう? 普通な人間で、この無法地帯を遊びたかった。だが、自分は人を殺すことしか生きる道のない殺戮兵器になってしまった」

「誰からそんなことを?」霊猫が不思議そうに質問した。「誰から、人を殺すしか生きる道がないと言われたの?」

「さあ、誰だかわからない。おまえも話したのだな、そいつと。当時俺は自分自身にそう言われたと勘違いしていたが、どうにも違うらしいな」

 霊猫は同情するような表情を浮かべてから俯いた。

「私は……あの街の抗争で死んだ。それから、自分の身体に違和感を覚えて……」

「わかった。その話は後でゆっくり聞こう」

 彼女は数秒沈黙すると、何を言いもせず更に俯いた。影が彼女の顔を隠す。ヨルはそれを見て、長く話すのはやめようと話題を変えた。

「おまえ、どうせ行く先がないのだろう? では、俺のところへこい。正確にはリナという女性の元だが、便利屋をやっている。汚れ仕事も請けているが、心配するなおまえが嫌だと言ったらそれには出なくていい。俺一人が苦い思いをするだけで十分だ」

 どうだ? と念押しにもう一度勧誘した。霊猫は決意するように強く頷いた。

「いいか、おまえは霊猫だ。そして霊猫を信じるのだ。いずれ、日常を取り戻せるようになる。それまでの辛抱だ。無法地帯は自由なんじゃない、法律がないだけなのだ。自由になるには何も信じないことだ。それでいて、何かに自分を任せられるようになることだ」

「あなたは誰に身を任せているの?」

 ヨルは少し懐かしく、悲しい顔をしてから答えた。

「俺が信じ、身を任せている人物は、俺が化物になっても尚、俺に手を差し伸べてくれたリナだ。俺はリナを心から信じている」




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