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仮想の現実は無法地帯  作者: 雪斎拓馬
仮想の現実は無法地帯 上
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第一話 「街の死角は概念の中に」 4

    4


 鈴科(すずしな)夜神(よがみ)は目を覚ました。間違えるはずもない自分の部屋。なるべく家具を置かず、なるべく色のないように設定した。窓から差す朝日の死角に自分がくるようベッドを設置したのもまた、自分の臆病なところだ。

 時刻を確認すると、丁度七時だった。ベッドから起き上がって、ドアで区切られていない隣の部屋へ移動する。パンを一枚トースターに入れ、二分焼いた後、小さな冷蔵庫からバターを取り出し、塗って食べた。これは彼にとって当たり前の朝であり、これから当たり前の昼を迎えに行く。

 また寝室、もとい自室に戻り、壁にかけてある高校の制服に着替えた。筆記用具と携帯端末とイヤホンしか入っていない学校鞄を持ち、家の外へ出る。と言っても、彼の部屋は二つしかなく、自室の隣の部屋のドアを開ければもう外である。

 外見は新しいが部屋数が非常に少なくて家賃が安い、が売りのこのアパートの二階に住んでいる彼は無言のまま階段を下り、駐輪場に止めてあった自分の自転車にまたがり、ここで一番近く、今通っている高校へ向かった。

 一週間に五度も見ているこの景色は、何一つ面白くない。退屈でしかたがない。

 道の途中で喧嘩を見かけた――喧嘩ではなく、どちらかというと突っ張りだ。同じ高校の男が女を壁に追いやっている。溜息をついた夜神は自転車を止め、その現場へと歩いていった。

「そこのおまえ――そう、おまえだ、おまえしかいないだろう」夜神は見ず知らずの男へそう切り出す。

 無論、相手の男は「おまえは誰だ」という怪訝な表情で彼を睨んだ。左の壁へ目をやると、女が涙目でこちらを見ている。

「道中堂々と女にちょっかい出すなんて、()()()()()とか思っているのならやめた方がいい。決して褒められたことではない」

「喧嘩売ってんのか? つか、おまえ誰だよ」

 名前なんてどうでもいいだろ、と呆れ口調で夜神が吐くと、相手の男が殴りかかってきた。その腕の動きと拳の軌道を見て、夜神はまず自分の頭を抱えるようにして左腕をやや前へ出し、曲がった肘で相手の拳を受け流した。その後右足を踏み出してから掌底を相手の顎へ食らわせた。

 それでも倒れない相手の頭を両手で抱え、顔面に膝を二度ぶつけた。頭を大げさに回し、人体の構造上体を捻るため、更にその力を加えるために相手の肩を左手で押し、地面へ倒した。

 あまり大きくない衝突の音が聞こえ、相手は苦しそうにもがいていた。

「逃げろ」夜神は後ろにいた女へそう言った。礼を言おうと、しかし恥ずかしがっている女を見て、「逃げろと言っているだろ」と怒鳴った。

 この一連はあっという間に解決され、夜神の被害にあった男は道路に伏して長くもがいていた。

 季節は夏、二学期の教室は皆が仲良くなり、ぎこちない雰囲気はもうなくなっていた。夜神も例外ではなく、友人はいた。彼は確かに根が悪く、眼つきも悪く、口調も悪く、性格すら悪い落ちこぼれではあるが、類は友を呼び、性格が正反対だが行動の仕方が同じ友人ができていた。

「月曜日っすね、だるいったらないや」

「黙れ、金髪――おい俺の鞄の中に金なんてないぞ」

 この金髪と呼ばれ、浮かれ口調の日比谷(ひびや)良一(りょういち)こそが彼の友人だ。

「そう言えば金髪、新人がまた入ったが」と言ったところで、良一の瞳が輝いていることに気付き、口を濁した。「おまえ、知っているか?」

「そんな僕のことよりも、その新人が女か女どっちか教えてくださいよ」

「二択ともに女じゃないか」

 ああ、失敗した、と夜神は思うも、別に害があるわけではないと合理的に判断し、隠すことなく話すことにした。

「おまえの望む、女だ。気弱な性格の、おまえが一番好きそうな奴かもな」

 ここで朝のホームルームの予鈴がなった。その話、後で詳しく聞かせてくれよ、とグッドの手で席へ戻っていく金髪を見て、やはり俺は間違えたと思った。

 授業は全て退屈だ。毎回教科ごとに同じ教師がやってきて、簡単なものばかり黒板に書く。俺は別に頭がいいわけではないが、黒板に書かれるある程度の問題は解く事ができる。特に数学と理科だ。理屈が通じ、理論的に証明できるそれらは簡単すぎる。と言っても、教師はテストで教科書にも書いていないような非常に難しい問題を提示し、解けと言う。勿論、教科書しか勉強方法を持っていない俺はその問題を解く事ができない。俺の学力順位は中間で、授業をまともに聞いていないため十段階評価の成績表も全て五である。まだ、ゼロがつけられないだけましだ。

 彼は学校生活を常に退屈と感じていた。この退屈で憂鬱な生活を終えたら人生を投げ出そう。俺は計画的に金を使うタイプだから、ある程度の金さえあればその後ずっと生きていける。そう日頃思っていた。

 いつか、こんな自分に罰が下るのだろう。とも思っていた。

 いや、もう罰は下っている。とその度答える自分がいた。

 何もせず生きるという選択はしない。それこそ退屈でたまらない。この自分の人生が一つのゲームだとしたら、俺はきっと行動ポイントをなるべく省いて長く生活するキャラクターに成りきっているのだろう。

 そう考える彼にある時、人生を変える()()がやってきた。と言っても、彼は()()を手に入れたところで考え方を変えたりはしなかった。だが、確かに彼の人生は変わったのかもしれない。奈落の底の暗闇へと、変わったのかもしれない。

 それは一通のメールだった。何の前触れもなく突然送られてきたそのメールを見て、彼は大きく溜息をついただろう。呆れて床に入ったかもしれない。メールの内容は非常に短かったが、何を言っているのか全くわからなかったからだ。


〝自由な世界を望むならばその手を出せ。

 ただし、現実に銃口を向けるな――それが唯一の『法律』だ〟


 こんな理解しかねる差出人不明の文章が送られてきたら、誰もが彼と同じく馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばすだろう。彼はその時、この文章に全く興味を示さなかった。ただの迷惑メールだと切り捨てた。

 しかし、ただでさえ憂鬱な日々をしいられていた彼は刺激が欲しかった。

 この馬鹿な迷惑メールの意味を暴いてやろうと考えて推理しだしたのが運のつきだった。彼はあることに気付いた。「自由な世界」と「法律」が示す意味が、法律を一つだけと言っているために、法律のない世界だとわかった。その後「その手」と少し格好良く表記されているそれの意味が、ただの返信であるともわかった。「現実」というところはぴんとこなかったが、その下の「銃口」というのはおそらく自分の拳や悪心のことを言っているのではないかとも考えた。

 要約、「おまえは無法地帯を望むか、もしそうであれば返信をよこせ」と推理した。

 自由な世界という言葉に釘付けにされ、つい空の返信を送った。

 それから返事はなく、二日を過ごしたが、三日後に宅配がやってきた。自分は宅配など呼んでいないのだから、当然訝しんだ。品を受け取り、差出人が不明だということに気付いた。三日前にも同じようなことがあったと既視感を覚えた。

 段ボール箱から現れた物と言えば、小型のデスクトップパソコンのような機械とヘッドホンだった。説明書も親切についており、それを読んだ彼は飛び上がった。

「さようなら」といい加減に挨拶する生徒。皆がばらばらに教室から出て行く。夜神と良一も早い内に教室を出た。帰り道は途中まで同じだったが、場所は全く異なる。結局、自転車でいつも通りの分岐路まで走り、そこで別れた。

 良一は夜神の話を聞いて更に浮かれ、今日こそはとすぐに帰ってしまった。

 夜神もすぐに家に帰り、当たり前のことを済ませ夜を待った。

 一人暮らしである彼は、食事の際レストランを使うこともある。今日は時間にゆとりがあった為、気まぐれな彼の性格によくお似合いで、少し遠くの店に行こうということにした。

 街は変わりゆくものだ。自転車を漕いでいる内に違和感を見つけた。あまり通らない、家から離れた道だったのだが、何度か見かける。違和感の正体を探れば、なるほど昔あった店がなくなり、そば屋になろうとしていたのだ。今度食べに行くかと心の中で呟くと、店の前で「そば屋になるのか、今度食べに行こう」と言う男がいた。彼は微笑し、自転車を再び漕いだ。

 彼がベッドに入った時刻は八時。最終的に眠りについておきたい時刻は九時だった。これは彼にとって日常であるが、退屈なそれではなかった。彼はベッドに寝転がり、ヘッドホンをつけた。デスクトップパソコンのような機械の電源を入れ、目を閉じる。彼があの時手に入れた物の正体がこれだ。

 彼は隔離された『無法地帯』への切符を手に入れたのだ。

 仮想の現実空間。何もかもが現実と同じな世界。

 だが、彼が生きている現実世界とその仮想空間の違いは主に三つある。死んでも生き返れるという点、法律が無いという点、現実世界ではできないことが可能になる点。この三つが彼の退屈を跳ね除けたのだ。

 意識がその世界へと固定され、自分の身を現実世界と同じように動かせ、痛みが存在するもう一つの現実。まるで異次元へそのまま転送されたかのようなものだ。夢の様な曖昧なそれではなく、映像を目の前に映し出して操作するゲームでもない。これは「もう一つの現実」なのだ。

 これが彼にとって麻薬の代わりになり、あるいは拳銃と弾丸の代わりになるのだ。

 彼は中毒者のように夜を待っては電源を入れることが日常に変わっていた。彼の退屈で憂鬱だった日々は心に傷を刻んだまま消え、それを癒すことなく麻薬を望んだ。身体に異常をきたさない麻薬など最高以外なんと言うだろう。彼は仮想空間の中で自分の事を「ヨル」と名乗り、生きている。

 この仮想空間に名前はない。

 しかしその機械を手に入れる切っ掛けとなったメール。そこに「現実には銃口を向けるな――それが唯一の『法律』だ」と表記されていた。無法地帯であるが、ただ一つ絶対の法律が存在する。

 それは、実際に生きる現実世界での『犯罪行為』の一切を禁ずる――その法律を破った者は()()()()で処する、というものだった。




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