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仮想の現実は無法地帯  作者: 雪斎拓馬
仮想の現実は無法地帯 上
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第一話 「街の死角は概念の中に」 2


    2


 如何なる静寂な部屋があったとしても、いつかは必ず何かが起こる。それが貧乏ゆすりの小さな音でも、銃声のような破裂音だとしても変わりはしない。騒がしくなった後に起こることは災だ。

 ヨルと呼ばれている男はどこか遠くの方を見ていた。虚空だろう、彼は今現実を直視していない。向いている方角といえばやや上斜めの棚の上にある空き箱だが、視界は想像によって具現化される映像に掻き消され、虚ろに見えてしまう。

 彼の姿は真っ黒だ。ジャケットのようなコートのようなよくわからない黒い服を着て、頭のネジが一本外れているのか、学生服のズボンを穿いている。彼ほど黒以外の服が似合わない奴は世界でも稀だろう。

 ふと我に返った直後、無音な部屋のドアが勢いよく開けられ、蝶番が一瞬悲鳴を上げた。いつものことだと驚いていない彼はドアへ視線をやらずに近くにあった本を取った。

「リナ、何の用だ」相手が自分を強く見ていることに気付き、ヨルは本へ視線を向けたまま、誰が来たか確認もせずに「俺に何か用か」という意で言った。

「喜べ、ヨル。新人だ!」リナと呼ばれた女はヨルへ叫んだ。声色からしておそらく絶好調だ。

「最悪だ」彼はぶっきらぼうに言い返した。「何故おまえは新人をかき集める」

 ヨルは軽く貧乏ゆすりをし始め、読書に集中できなくなっていた。髪を一度かきあげ、頭を振ってから本を机へ置いた。彼はまるで漫画の中に出てきそうな椅子に座り、どこかの偉い社長のようだった。

「まだ三人目だけれど、それが多いというのかしら」

「十分だ! ここに五人もいらない!」

 ヨルは激昂し、暫くしてから諦めて椅子に座り直した。そこへ、新人と呼ばれた人が寄る。机越しに彼らは対した。

「名前は?」ヨルが聞くと、新人は黙り込んだ。

 新人は女性で、この世界では珍しい気弱そうな雰囲気を感じた。大人ではない、中学生か高校生の幼い体型と、前髪が目を覆うほど長いことが特徴的で、セーラー服を着ている点が特別変だった。

「名前は何という、と訊いているんだ」

 彼に怒っている気はなかったが、少女は怯えて一歩後退し、黙り込んだ。手を胸の前で遊ばせている。

 ヨルはため息をつくと、「俺は怒っていない。そう怯えるな。俺が怒るとすればリナへのそれだ」と言った。どうだかね、とリナの声が聞こえたが気に留めなかった。

 少女は今まで俯いていたが、少し顔を上げた。周りを見て、彼を見てからすぐに元の状態に戻したが、口を小さく開いた。

「かのん……です」

 独り言のようにも聞こえる声で彼女は自分の名を紹介した。発言している間も俯いている。

「本名は違いますが、メアドとかではその名前をよく使っています……」

 ヨルはそうかと言って話を終わらせた。そもそも、この部屋はリナのものである。この「便利屋」もリナが立ち上げたものである。そのためか、彼は諦めてかのんを快く迎えることにした。

「まあ、こっちの世界じゃ本名なんて語らない方が身のためだからな。規則のない世界は自分で教訓を身につけなければいけない」ヨルはお得意のエセ知識でそう言ったが、ところでと話を変えた。「君はどこ出身だい?」

「出身……?」

「そう、出身。どこの地区から拾われたのかな?」

 迷子をあやす時のような口調にも動じないかのんを助けるようにリナが「新人と言ったでしょ」と返す。

「へえ、トワイライトゲートの新人。右も左もわかっていないじゃないか、この娘」

 彼らが今いる地名はトワイライトゲートと言う。街に正式な名前はないが、皆からそう呼ばれているため、彼らも例外ではなくその名を使っている。

 かのんは依然として俯いたまま黙り込んでいる。前髪によって彼女の目が見れない。ヨルへ何らかの恐怖心を抱いているのか、あるいは男性と話すのが怖いのか、胸の前で手遊びすることに専念していた。

「大丈夫、彼はああ見えて根はとても優しいの。大抵何言っても大丈夫よ。ね、女たらしの最低君」

 瞬間、リナの背後で嫌な音がした。恐る恐るリナとかのんが振り返ると、後ろの壁にシャーペンが突き刺さっている。突き刺さっている方向から起動を予想すると、リナの眼前を通っていて、投手がヨルだとわかった。

「おいおい、俺のどこが最低だって? 俺は最低じゃなくて最強だ」

「自惚れるな、何が()()()()()()だ」

 そう怒るなよ、冗談だとリナ。かのんは更に警戒心を強くしてしまったが、どこか笑っているようにも見えた。

 これで笑えるのか、なんてレベルの低い人なのだと思ったヨルだが、席に着いてシャーペンの消えた机に肘をついた。

「よかったな、かのん。新人っていうのは狙われやすいんだ。それに君は女性だ。幾つかは知らないが子供だ。高く値がつくんだ、君のような人はね」

 突然の理解不能な言葉にかのんが戸惑い黙り込む。

「トワイライトゲートは悪人の集まりだから、ここからの新人は常に警戒していなくてはいけない」

 例えばメール式出会い系サイトで待ち合わせをしている女子がいたとする。待ち合わせ相手ではない他人の男はその女に近づいていく。しかし出会い系サイトだ、顔写真を送っているならともかく、相手の顔など知らない。男が待たせたと嘘の謝罪の言葉を入れると、女はあなたがと待ち合わせ相手の名前を確認する。男はそこで自分の名を知って、その男になりきる。

 後は何も考えずに共に過ごし、夜まで待ち続ける。その間、本当の待ち合わせ相手の男は女を探すが、所詮出会い系サイトで知り合った人だ、裏切られても普通だと納得してしまう。夜になると当然辺りは暗くなる。視野が狭くなるのだ。人気のない道に誘導し、あらかじめ準備しておいた車に女を乗せる。その際、どう女を乗せるかは男の自由だ。旅をしようと言っても、眠らせても、暴力を振るっても変わりはない。

 自分の商売相手と合流し、女を突き出す。相手は色々な項目を確認していき、値踏みする。交渉成立だ、女は呆気なく暗闇に引きずり込まれる。

 トワイライトゲートの新人もそれに似た罠に囚われ、金に変換される。無論、その金を取得する者は捕らえた悪人だ。

「そう、言い忘れていたわ。仕事が入った、詳細は君のデータに転送した」リナはふと思い出し、言った。

 ヨルは言葉通りデータ端末を開き、詳細を確認した。端末と言っても、呼び方に困るだけで実際はスマートフォンなどとは違う。この虚空から現れた半透明のスクリーンがデータ端末と呼ばれるものだ。SF映画に出てくるようなあれだ。その上、映しているのではなく、虚空から現れスクリーンになる。

「依頼は(たちばな)の奴らから、目標は最近作られたと思われる小規模なグループ。どうやら橘にちょっかいを出して逃走したようだ」リナは呆れたように溜息をついた後、再開した。「幾らでも出してやるから潰してくれ、と」

 それにはヨルも溜息をついた。「ここに掟や常識というものはないが、ある程度の教訓がある。それを弁えない馬鹿は可哀想で仕方がないよ」と、心にも思っていないように吐き捨てた。

 彼は椅子から立ち上がり、黒いジャケットに隠れた腰辺りを数回叩いてからリナの方へ歩み寄った。

 かのんは今何が起きているのかわからず、慌てたようにヨルとリナを目で往復していた。

 リナは彼女を見ると、「私は彼についていくけれど――ああ、お仕事。ここ便利屋の仕事。君はここに残るかい? ここから出ないければ、太陽が西から登らない限り攻撃されたりとかはないから」と言った。

「私も、一緒に行かせて下さい……何か力になりたいです」

 ヨルはリナから離れ、かのんの前に立ち向かい合った。彼は怒った表情でも、何かを訴えかけるような表情でもなく、彼女を見据えた。

「同じようなことを言った人間が、ここで君以外に()()いる。君の前に連れて込まれた新人二人と、俺だ」

 ヨルはどこか懐かしい感情に浸っていた。

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