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私の幸せはどこですか?

 十年経っても変人は変人だと思う。 当然、義父のことだ。

 普通、双子の兄妹の孤児で、養子にするなら、断然男のほうを取るだろう。

 なのに、義父―――紫藤柊(しゅう・30歳・独身)は、自分が二十歳になった誕生日に施設に来て様子を見ると、私に養子になるように言ってきたのだ。

 ――――これを変人と呼ばずに何と呼ぶ。

 院長先生以下はもちろん、他の子供たちも両手を挙げて賛成したし、兄まで仕方ないとか言い出す始末。

 多分皆心の中では私と同じことを思っていたと思う。

 ―――――幾らでも貰い手のあるような家柄と容姿と性格の癖して、子供を作る気も結婚する気もないのかよ。

 って。

 まあ今では性格の部分は否定するけど、たかだか十年でそんなには変わらない。

 おまけにタラシ。

 貴方は本当に紫藤グループの会長なんですかってぐらい、節操がない。 今も五股六股当たり前の、男女問わず。

 十年前なんか九股してたらしいし、義父の通っていた高校では、伝説のプレイボーイとして男女問わずの伝説がある。――――もちろん聖苓学園の伝説。その学園の中で相手にしてもらえなかったものは一人もいないという、ハーレムというか、突っ込めれば何でもいいというか………。サルと言うか……。

 我が義父ながら情けないほどの色ボケっぷりには、昔から呆れっぱなしだ。

 ――――二十歳の頃は当然、伝説は続いていたのだから。

 それでもって、その両親。

 もちろん今でも健在だが、こっちも相当酷い。

 今は何故かイヌイットの村でアザラシ漁をしながら気儘に生きているけれど、平気で人前でキスするは青姦推奨派だわ………。

 こんなふざけた人間が、大企業のトップ張ってることが不思議なくらいの色ボケぶりなのだ。


 ―――――と、言ってみたところで、どうしようもない。

 あの色ボケは遺伝だろうから。

 大体私を引き取ったのだって、一生色ボケでいたいからなのだろうし。

 「お嬢様」

 コンコンと、紗季子が呼び掛けてくる。

 私は読んでいた本から顔を上げ、部屋の入り口まで歩いていく。

 「どうしたの、紗季子」

 「ええ…実は来客がありまして……。緋月様をお呼びするようにと、旦那様が…」

 「お義父様が…?まあ、どうせ見合いの話なんでしょうけど」

 噂をすれば影というやつで、義父は私が心のなかで悪態をつく度に、なにかしら用がある。

 大抵見合い話だけど。


 断る気満々で客間へ行くと――――。

 嗚呼、やっぱり、現在の名前で言わなかったのは、失敗だった。

 輝悠だって、偽名ではないけれど。

 ――――私の本名は綺夕きせき。兄以外には、知っているだろう人間は、本当の両親くらいのはず。

 けれどあの眩しい街で逢った少年は、私を突き止めた――――。

 「緋月。こちらは弓削ゆげグループの嫡男の暁人君だ。お前と同い年らしいよ」

 「――――初めまして、弓削さん。紫藤緋月です」

 こうなったらもう、めい一杯開き直ってやる。他人の振り。

 「初めまして」

 「今日はどうされましたの?弓削グループの御曹司さまといえば、寝る間もないくらい忙しいという噂ですのに……」

 これは嫌味だ。忙しいのは色ボケだからだろう…?…と。

 「いえ、そんなには忙しくありませんが…。緋月さんに話がありまして」

 ………。

 嫌味に気付いていないらしい。多分、馬鹿。

 「そういうことなら私は席を外すよ。――――ごゆっくり」

 何なんだろう。最後のごゆっくりは。

 というか、行かないで欲しい。この猫かぶり男と二人きりになりたくなんかない。

 勿論、義父は出ていってしまった。




 ………。空気が重い。

 ギスギスした感じで、まとわりついてくる。

 「――――お前、偽名まで騙れるんだな」

 「失礼ね。あれは偽名じゃないわ。――――私の名前よ」

 「二重人格とかか?」

 「じゃなくて、本名」

 ……でもないけど。

 私の名前だって、『緋月』は通り名でしかなくて、戸籍上は『綺夕』のまま。

 紫藤家の情報管理はこと、私に関しては特に徹底しているから、養子の件やその他諸々がバレることはないけれど。 どんなに弓削グループが漁ろうと、バレない自信はある。 あるけれど。



 気にはなる。兄のその後も、共通する髪と目も。



 「本名…ね。そういうのは、あの場で言うべきじゃないだろ」

 「……素直に『紫藤緋月』って名乗るより、余程ましだわ。『輝悠』だなんて名前、なかなかいないだろうし、あの場で本名名乗ったのは貴方も同じでしょう?」 う。自分でも驚いた。

 多分生まれて初めてこんなに長い台詞を言った。

 ――――それにしても。

 パーティだろうが喫茶店だろうが教室だろうが授業中だろうが、飽きもせずに喋り続けられる、あの女性たちは、一体どんな構造をしているのだろう。

 こんなに長い台詞を言うのは非常に疲れるのだ。

 同性ながら、実に謎である。

 この際告白しよう。

 私が今まで人付き合いを忌避してきたのは、別に人見知りでもなんでもない。

 ――――あの異常なまでの口数の多さに、身体が拒否反応を起こして、ストレス性のアレルギーを引き起こしてしまったのだ。

 だから自分が主役だったり主賓だったりするパーティは、逃げ出すことを許してもらっているのだ。



 そんな自分が、こんなに雄弁になる日がくるなんて。

 自分自身の急激な変化に一番戸惑ってるのは、もちろん私、というわけだ。

 けれども、どうやら驚いたのは向こうも同じらしく、暁人は目を銀に見開いて唖然としている。

 「思ったより、よく喋るな…」

 「……自分でも、初めてよ。あんなに長い台詞を言ったのは」

 「パーティで会うと、いつも隅にいただろ」

 なんでこの男はそんなところまで観察しているのか、甚だ疑問だ。

 「嫌いだけど、出ないわけにいかないもの。そこに顔があれば誰も気にしないけど、欠席するとかえって目立つのよ」 ああ。まただ。何故だろう。

 今日は喋り過ぎてる気がする。

 「計算づくかよ」

 目立つのが嫌いなのは、私が本当の紫藤家の人間ではないから。

 義父の顔と私の顔は、親子とはとても呼べない。

 おまけに三十路のくせに、十は若く見える顔だちなので、初対面の人間にカップルに間違えられる、ということも、ここ数年続いている。



 おまけに義父は言わずと知れた超プレイボーイ。私から見れば歩く史上最大の公害なのに、世界でも有数の巨大多国籍企業グループの会長。

 世の中って、本当に分からない。

 「―――で?何の用なのかしら、暁人さん」

 適当に話を切り上げてさっさと本題に移ると、暁人は急に視線を泳がせ始める。

 「あ〜…っえ、う…んっ………その、まあ……っ…。つまり、だな…っ……」

 歯切れが悪すぎる上に、たったこれだけの言葉を発するのに咳払いが四回も入っている。 ある意味感心だ。

 私には、そんな芸当は到底無理だろう。疲れて仕方がない。

 「ああと…っ……。………だぁっもうっ!!!空気読め!察しろ!!」

 「…AKYに準じて」

 敢えて空気を読まない。

 何が言いたいのか察しろと言われても、分からないから聞いているのだし、暁人の命令に従うつもりもない。

 「〜〜っ、だから、婚約取り付けに来たんだよっ」

 頭のなかで鐘が鳴る。鳩は飛び立たないし、歌も欲しくない。むしろ聞こえなくて多いに結構だけれど。

 「お断りよ」

 「いや、それが、どいやら親同士でもう決まりかけてるらしくてさ。拒否権はないんだと」

 ―――――私にも、ということは。

 ああ、駄目だ。聞こえる。

 鐘の音も鳩の羽ばたく音も。BGMはその歌でなくて、“Everybady wants to be happy”で始まる、ずっと雨の音が入っている、曲。 “愛している人に愛されたい”?当たり前だ。

 “皆願う”?それが人間というものだ。

 “曇り空を見上げて”?あいにく快晴だ。

 “Tell me the way a mistyrain”?まったくだ。私の人生真っ暗。霧雨にでも打たれたい。足元泥沼だろうけど。

 別に、“Tacth me”も“Love me”も“kiss me”してくれなくて構わないけど、今日ほどこの曲に共感した日は他にない。

 “不器用な人間たちたちのゲーム”ではないけれど。

 “もうやめなよ”とも言ったことないし、“君に言って自分が言われた気がした”わけでもない。

 けど、訊きたいことはある。



 ――――もし、神様がいらっしゃるのなら、一つだけ訊いてもよろしいでしょうか。




 私の幸せは、どこですか?

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