そして月夜は嘲笑う
街に出た私は、ネオンの眩しさに目を細めながら歩く。 さて、どうしよう。
映画館でオールするか、カプセルホテル入るか、野宿するか・・・。
「ん〜?キミ、超カワイイね。どお、暇なら遊ばない?」
・・・アホがいる。今時そんなベタなナンパ、聞いてるこっちが恥ずかしい。
「おいシンジ、何やってんだよ・・・って、かっかわい〜っ!!」
重症患者がいる。言っておくけれど、私の顔が可愛いとか、自分で思ったことは一度もないし、別に普通だと思うのだけれど。
「キミ、名前なんてーの?あっ、オレはシンジ。こいつはコウスケ。で、こいつがマサトにヨウにザイ。んで、あいつがアキト」
顔の造形はカッコいいのかどうなのかいまいち理解できないけれど、背は一様に高くて、壁に囲まれている気分になる。
「何、キミ家出?だったらオレらが匿ってあげるよ?」
これには流石の私もキレた。
だいたい、人のバック勝手に開けるし。
「あら意外。匿うだなんて高尚な言葉を知ってるだなんて、おサルさんじゃなかったんですねぇ」
「なっ・・・」
「でも残念。私、今日は家に居たくないだけで、親も承知なんです。お世辞を言うくらいの頭あるんなら、もっとそういうの好きそうな子選んでくださいね〜」
なんというか、経営者に短気は禁物という具合に仕込まれた結果が、『敬語で嫌味』。
お陰で男たちはすっかり毒気を抜かれた顔をしている。
そかそこ満足して踵を返すと。
「じ、じゃあオレらが好きにしてやるよ」
予想外。まさかここまで傍迷惑なナンパがあったなんて。
世の中そんなに女に不自由しているのだろうか。
あとは精神がイカれているかおちょくっているか、目がネオンにやられているか、どれかだろう。
百歩譲ろうが何だろうが、私がかわいいとかはあり得ないし。
「言いましたよね?親も承知だと。はっきり言って迷惑なんですけど」
「またまたぁ、強がっちゃって」
ぶっ飛ばしていいんだろうか。思わず拳に力を込めてしまう。
「―――――キミ、素人じゃないんだ…」
アキトと呼ばれていた少年が、私の固められた拳を見て呟いた。
「………そういう貴方もそれがわかるあたり、素人じゃないんですね」
何の素人かって?
もちろん喧嘩ではない。空手だ。
とはいえ、私が素人なのはR指定系のものばかりで、ほとんどのものはマスターさせられた。
そのお陰で、多分身体能力でも男子に劣るということはないと思う。
アキトと向き合い、互いに仕草や体つきなどを見合うこと数分。
他の男たちは黙っているし、ギャラリーは増加している。
だが、私はそんなことも気にならないほどの奇妙な感覚に襲われていた。
そしてそれは、アキトも同じだったらしい。彼の表情は驚きに満ちていた。
こんな所にいるのが場違いなほど、綺麗な顔。日焼けしていないところが、いかにも良家の子弟らしい。筋張った手も、鍛えてはあっても、荒れたところが少しもない。身長は168センチの私よりもかなり高いが、『熊』という印象を受けないのは、しなやかさがあるせいだろう。もちろん、そこまでだったら驚くことはない。
けれど。
アキトの切れ長の目は、明らかに私と似ていた。
その、瞳の色が。
当たり前だが日本人なので、瞳だって黒〜茶が一般的。私の目だって、少し珍しいかも知れないが、金に近い茶色だ。
昔から不思議に思っていたのは、目を伏せたりすがめたりすると、銀に見えるということだ。
今、私を見下ろすために伏せられている、アキトの目のように―――。
それだけではない。緩く吹く風に微かに揺れている髪もそう。
黒いのに、光に透けると青く光る。
―――――兄ではない。
妙な話だが、断じて兄ではないのだと確信していた。
だから、ともすれば零れでそうになる兄の名を、呑み込むことができた。
「………初めて、逢った………。こんなに自分に似た人………」
………髪と目が同じだからって、似ているといっていいのだろうか。
しかし、兄以外にこの髪とこの瞳を宿す人物に逢ったことなど、いままでなかったことだ。
正直、安心した。
多分少数派なだけで、全国的に見れば他にももっといるはず。
そんな淡い期待を抱いたとき――――。
「へ――――。ほんとだ。女版アキトじゃん。もしかして隠し子発覚とか〜?家庭崩壊の危機とかに発展したりして…」
隠し子。
頭に冷水…なんてものじゃない。脳天カチ割られた気分だ。
でも。
たしかに納得はできる。というより、辻褄は合う。
本能的に拒否していたのかもしれない。
自分がこの世で認められた存在ではないのかもしれないということを。
「……隠し子、ね」
アキトの目が、見開いているのに銀に光る。
感情が昂るとそうなるところも、私と同じ。
ただ、兄は緑に光った。アキトは、紅く光った。私は、兄によると、蒼く光るらしい。
「俺の名前はアキトだ。お前は?」
「―――輝悠よ。輝きが悠かに続くという意味……」
空に輝く上弦の月が、嘲笑うかのように輝く夜。
――――高いビルとネオンに阻まれていたために、そのことに気付いたのは、カプセルホテルに入ってからだった―――。