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苦痛という名の檻・前編

 どんなに来て欲しくなくても、その時は来る。

 それが夢と現実の狭間の僅かな時間だろうと、別れの時だろうと、何だろうと。

 六時になればメイドの紗季子が朝食を運んで来るし、七時には当然の如く黒いベンツに乗り込まなくてはいけない。

 そんなお伽噺な生活も、私は十年経っても慣れることはできない。

 それもまた、苦痛だということだ。

 そして六時。紗季子はいつも通りに来て、いつも通りのことを始める。

 私は無表情でそれに応えると、今日もまた、同じようにして、やっぱり七時にベンツに乗り込んだ―――。



 私立聖苓せいりょう学園。そこが私の通う高校。幼稚舎から大学院まで揃ってて、はっきり言ってレベルはかなり高い方だと思う。

 金持ちもたくさんいるけれど、独自の奨学金制度と学生寮のお陰で、身寄りのない子供も、かなり居るのも事実だ。

 そのせいで、校舎は二つある。

 金持ちは紅苓こうりょう棟、奨学生は青苓せいりょう棟という校舎があり、更にその間には紫苓しりょう棟という校舎・・・というよりは、塀のような幅の狭い、うなぎの寝床のような窓のない牢獄みたいな建物がある。そこは、いわば掃きだめ。

 自分からはいる者も居なくはないが、多くは、どちらの校舎からも追い出された者が入る場所だ。




 全く、何度紫苓棟に入りたいと思ったことか。それでも入らないのは、自分の立場や面子が大事だからではない。

 私を引き取った義父に、心配を掛けないようにするためだ。 紫藤グループという世界でもトップレベルの大会社の社長のくせして、まだ三十路。結婚だって可能だろうし、わざわざ女の養子を迎える理由もない。

いろいろ謎はあるけれど、とりあえず憎めない人なので、迷惑かけたくはないのだ。


私は紫苓棟の方へと、歩を進める。見学するのも悪くはないだろう。

「紫藤さん、おはようございます」

 …始まった…。

 放っといてくれれば、それでいいのに、誰もかもが寄ってくる。

 これが純粋な好意からの行動なら、少しは気分がいいのかもしれないけれど。

 実際は、会社を有利にするために近づいてきたり、政略結婚狙いだったりするのだし。

 引き取られてからというもの、結局誰も、私の内心に興味などもってくれたとは思えない。 私が養子だとばらしてしまえば、一様に近寄らなくなるだろうに。

 そう思うと、少しだけ口許が緩む。

「あの…紫藤さん…?」

 「何かしら。ああ、そういえば…。おはよう」

私がそう言うと、黙ってしまう。つまり、というか当たり前に、ごきげんとりだ。

「僕…紫藤さんの笑ったところ、初めて見ました」

 「別に笑ったわけじゃないわよ」

 そっけなく言い捨てて、私は歩くスピードを上げる。今日の見学は次の機会にお流れだ。

そしてそのまま振り払うようにして、教室に入っていく。

 まぁもちろん、そこでもそう状況が変わるわけじゃないけれど。

 クラスメイトは大抵私が不機嫌だと、遠巻きにして見ているだけだから、少しは楽だ。


 だが。


 教室に入っても、今日は何だか違う。

 皆、私を見ているのだ。

 それも、あろうことか、好奇心に目を輝かせて。

「私の顔に何かついてます?」 頬を撫でてみても違和感はないし、目をこすっても目脂はない。

 終いには寝癖も確かめたり、制服に変なところがないかあちこちたしかめてみたが、いつもと何も変わらない自分があるばかりだ。

「紫藤さん、おめでとうございます」

「え?」

 何がおめでたいのだろうか。

「え…し、紫藤さん、今日誕生日ですよね?」

「あ…そういえば」

 今日は12月2日。私の誕生日、ということになっている日だ。 というのも、引き取られた時に名前だけでなく、誕生日や血液型その他諸々、全て改竄されてしまったのだ。

 公に出回っている私の情報は、12月2日生まれの射手座の羊年、O型の母親似というものだ。

 実際は、12月15日生まれの射手座の羊年、A型で、誰に似ているのかは不明。

 誕生日だって、ほんの少し早くなっただけで大差はないし、興味もないので特に気にしていなかったが、周りは違ったらしい。 私はクラスメイト達の異様に輝いた目と、教室の後ろに置かれたプレゼントのみならず、他のクラスの生徒に上級生、果ては青苓棟の生徒や紫苓棟の生徒、中等部やら初等部やら大学部、先生の視線、続々と門を抜けてくるトラック、屋上のヘリポートに止まるヘリコプターetc.に、目眩を覚える。

 何故、こんな小娘一人の誕生日(嘘)ごときにここまで熱くなれるのだろうか。 一拍後、私は覚悟を決めてクラスメイトその他と向き合った。

 そのあと、私がプレゼント攻勢の憂き目に遭ったのは、言うまでもない―――。

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