従兄弟との初対面、その印象
改稿するとか言っときながら、したのはまだ一話だけ…。
実際には十話くらい終わってますので、そのうちに出しますね。
目標は夏休み一杯まで。(ぇ
「輝悠?」
「緋月?」
「綺夕?」
「紫藤?」
遠くで自分僑苡たちの声が聞こえる。だが私はそれに応えられない。目が釘付けになっていた。
『――お前は?』
訊ねてくる声は低くもなく高くもない。無機質な感じで、酷く乾いている。
顔は僑苡や暁人に通じるものがあるが、どちらかと言うと私に一番近い。
第一印象は僑苡に似ていると思ったのに、こうしてまじまじと見てみるとむしろ私に近いと思うということはつまり、再会してからこっち、比較の対象があり過ぎたせいだろう。
髪も目も私と同じ色。薄く形のいい唇はハングリーさとは無縁にしか映らないのだが、彼の目とつり上がり気味の眉がそれを見事に裏切っている。
『……一般的には緋月と呼ばれるわ』
『俺は浅葱――』
『――夏野ね。…ハイジャンの期待の星、だったかしら』
『……嫌な呼び方だな』
『世間がそう言っているだけじゃない。とりあえず知ってることを言ってみただけ』
『…。お前、俺とそっくりだな』
『私にもそう映っているわ。……ドッペルゲンガー?』
『ドッペルゲンガーは性別が違ってもいいのか?』
夏野はどうやら天然だ。素で微妙なポイントを突いてくる。
『……さぁ?』
『じゃあ何なんだ?』
『イイトコ従兄弟じゃないかしら』
別に駄洒落でもオヤジギャグでもない。偶々だ。断じて偶々だ。念を押すと怪しいとか言わない。
『…成る程。でも、お前は“璃”か?』
『…多分』
夏野の目が見開かれ、収縮する。すぐに金の瞳が顕れる。
美しく散った色が素晴らしい濃淡を描く紫だと一発で分かるほど大きな瞳は勝ち気でどこか超然としていた。王者の風格というものがあるとしたら、多分このことなのだと思った。
『目は?』
証拠を求められても困る。
『さあ。自分で意識して変えたことはないから』
実際自在に変えることが出来ることも知らなかった。
『“璃”として育たなければそんなものか』
『別に特に必要性は感じないもの』
それでどれ程の能力が発現しようと現在の私には関係ない。
事業に関わるでもなく、むしろ何もしようとしない私に対して柊さんもそういったことは求めていないようで、精々アメリカに留学していた頃に株をかじった程度だ。
実際“璃”がそういったことに関して強いのだとしても、私が手を出すべきことではないと思っている。それが多分、顔も知らない母への唯一の恩返しになる。
私は自分の能力に踊らされたくはなかった。
だから、幅跳びが好きなのかもしれない。ある程度の才能はあるとしても、そこからは地道な努力しかない。
それが自分にも心地良い。結果がすぐには出なくても、その過程は無駄にならない。それはマネーゲームをする人間には分からないだろう快感をくれる。その間私は束の間の優越感に浸れるのだ。
『必要ない、か』
夏野がくすりと笑う。それはどこか達観した笑みで、ただそれだけで彼の歩んできた人生が見えるようだった。
『分かっているわよ。……どれだけ傲慢な科白かなんて。でも、そんな能力が私を幸せにするとも思わないし、私の周りの人も幸せになれない。……都合良く利用されるだけの人生がもたらすのは奴隷の幸福でしかないじゃない』
『………』
夏野はぽかんとしている。憤然とマシンガントークをかますキャラには見えないからだろうか。
いずれにしても、これを機会に女の怖さを知ればいい。と、大分攻撃的な気分になっている今は思う。
基本的に男は苦手だ。それは精神的なものよりも肉体的なもののほうが大きく、近寄られると眉毛が無意識に震える。警戒心剥き出しだ。
多分、未だにブルジョワ生活に慣れないのはこのことも一端を担っているのだろう。
『…女は逞しいな』
静寂に包まれ閉じた空間に溶け込むように、夏野の瞳が私と同じ色に戻る。その目にはどこか、羨望が混ざっているように見えた。
『夏野……?』
私は狼狽えた。何に対しての羨望かが、伝わってくる。
それは多分、愛情で。
夏野の存在は、ただそれだけのためにあって。
私が僑苡に持つものよりも、ずっと強くて。
だからこそ、恐ろしくて。
がんじがらめになったまま、現実から逃げて。
――――だから彼には、未来が見えない。
『……夏野……』
呆然とただ、名前を呼ぶことしかできない。
夏野はどこまでも愚かで、多分誰よりも私に似ている。
だから今の夏野に何を言っても無駄だと知っている。
それは何の解決にもならない。
でも。身体は意に反して言葉をつむぐ。
身体の中で10年間溜めた澱が裡からせりあがり、どす黒く渦巻いて私を支配する。それは影なのだと、もはや抗うこともなく実感する。
『………今のままなら、それは昂璃に対して失礼だわ…』
その言葉が発せられるより前に何を言ったのかはよく分からない。それでも、それは私の正直な気持ちだということは確かだった。
『失礼か……』
夏野の長い睫毛が白い頬に影を作る。
『貴方は昂璃のことを想っているわけじゃない。…ただ単に傷つくのが怖いだけ……』
『…っ』
『自分だけがいつまでも好きでいるのが怖い。心変わりされたら生きていけない。いつまでも頼りにされたい。見捨てられたくない。世間の目が怖い。自分の立場が怖い。女には敵わない。子供が産めない。子孫を残せない。家にも戻れない。逃げるしかな……』
『うるさいっ!』
夏野が絶叫する。
どす黒い衝動は私を突き動かしたが、それでも後悔はない。初対面であろうと何だろうと、夏野に言えるのは自分だけ。
それは不思議なほど納得できた。言うのは自分の役目なのだと。
『昂璃はそれでも貴方を愛しているでしょうね。何もなくたって、それでも慕い続けるんでしょうね。…忠犬のように』
『………』
怒鳴った後は後悔したように黙り込む夏野に、それでも私は畳み掛ける。ひるんではいられない。
『……双子なのにね。野良猫と忠犬じゃ、夏と冬だもの』
そんな気がした。会ったことのないもう一人の従兄弟は、夏野と似たところなんてほとんどない、むしろ正反対の人間なのだろうと。そしてこういう予感は外れない。
夏野は私の呟きを、まるで堪えるかのように目を閉じて聞いていた。
マシンガントーク全開、フルスロットル。
いつもこの位のテンションなら、もっと早く進むのに…。
自業自得。