影
「――で、双子は…」
「金です。――これは……」
医師の声も尻すぼみになる。前代未聞の色に、最強の色。何が起こるか分かったものではない。
「…。通常、当主の指示を仰がなければならないが…仕方がない。この、三つ子と双子は本家で育てる。いいな?」
「はい。当主も反対なさらないかと」
「さて、名前はどうなるかな。――予想するか?」
「万璃様…。また難しいことを」
「悪いか?それともネタ切れか?」
何しろ、有史以来何人の“璃”がいるのか数えるのも億劫になる位いる。時代がどうであろうと、この家系は“璃”には必ず『―璃』と付けてきたのだから、半端な数ではない。
その中から被らない漢字を探して、尚且つその代にいる他の人間と音が被らないようにように名付けなければならない。
つまり、一気に五人はきついのだ。
「まさか。まだ“ゆうり”が残ってますよ。定番じゃないですか」
「ふむ…。“ていり”とかはどうだ?」
「定理ですか?学校でいじめられそうですね」
「理数は強そうだがな」
「それより、やっぱり“ゆうり”ですよ」
「まぁ、可能性は高いが…和真」
「はい?」
「柚璃を忘れられないのか?」
「……」
和真は押し黙る。すると、静寂の満ちる部屋には子供の泣き声だけが響き渡る。
親は今は席を外しており、宥めるものもいないので、そのままだった。
「…いえ。ただ、忘れられないのはむしろ…御当主でしょう」
「…。決断を下したのは、良叔父様だったからな……」
「……そう、なんですか?」
和真は驚きに目を見張る。柚璃にアレをやらせたのは、皇璃だとばかり思っていたのだ。
「――酷い、ですよね。人柱と、何ら変わらない…。それなのに、系図からは消されて、記録は正史にしか残らない。あまりにも、報われなさすぎですよね」
柚璃は100年に一度の大神事“奉源祭”で死んだ。片割れで姉の舞璃も既に亡くなっており、二人の名は表面上の系図―――社会一般に開いている系図―――からは消されてしまった。
和真は、その柚璃のあった証拠を残したいのだ。
韻が同じ名前は、番号が記載される。次の“ゆうり”と、その前の侑璃の間に抜けた番号があるだけで、その推測は容易くなる。和真は、それを狙っているのだ。
「――なら、この中の紅一点には、“まいり”と付けるか?」
「――分かりません。ただ、それは御当主の判断ですので」
可能性は幾らでもある。柚璃に落ち度があったわけではなく、更にそれより前に死んでいる舞璃は、柚璃の姉という理由だけで抹殺されているのだ。他ならぬ、前時代的慣習によって。
皇璃の考え方は斬新だ。切り込み方の鮮やかさにばかり目が行ってしまいがちだが、まず視点が違う。それそれはたとえるならば、紙に墨を垂らしたものが何に見えるかと問うたとして、万人は『薔薇』と答えるのに対し、一人だけが『途方もない引力を持った強烈な白い光』と答えるのと同じだ。万人には広がっていくように見えているものが、一人には集約していくように見えるのだ。そのくらいに、皇璃の視点は違う。
「…さてな。まぁ、心配はいらんだろうが……」
「何しろ、曾孫様ですしね…。一気に五人も曾孫ができて、慌てていたりして」
「ははは。そうだな。私だって孫が五人だぞ?瑠璃も玻璃もやってくれる…」
「とはいえ、合計で六人。蒼夜さんが拗ねないといいんですが…」
双子と三つ子は、万璃の息子で一卵性の“璃”である瑠璃と玻璃の子供だ。つまり、従兄弟同士である。だが、三つ子の生まれた方、玻璃には既に7歳にもなる長男・蒼夜がいる。これから何かと手のかかる時期になっていくのに、果たして平等に面倒を見れるかどうかは分からない。
名前で分かるとおり、蒼夜は“璃”ではない。どうしても、後に産まれた“璃”に関心が行ってしまう可能性が高いのだ。
「――まぁ、それは玻璃の試練だな」
あっさりと責任を放棄して、万璃は笑う。和真は呆れた様子を隠すことなく、万璃を見据えてため息を吐く。
その様子をじっと見ている影に、二人はとうとう気付くことはなかった―――。
さて、影さんの正体は??