8、カリスマ
そして俺は朝一の便で福岡へ飛んだ。
スタジアムに到着すると、すでに長老が待っていた。
「おっ!兄ちゃん。来たかい。」
「こんちは。長老、早いっすね?」
「昨日から、福岡にいるんだよ。屋台でいろいろ食ったりしてよ、
これも遠征の楽しみだ。はっはー。」
ピッチに目を向けると福岡ANEのユニフォームを着たおばさんが
浅草エンジェルスの選手達と何やら楽しげに談笑していた。
「あれ?長老、相手チームのあのおばさん…監督っすか?
うちの選手とニコニコ話してますよ。」
「バカやろー!あの人は本郷ねえさんだ。」
「本郷ねえさん??」
「本郷恵美!3年前まで浅草の選手だったんだ。
フロントからコーチ就任を要請されたんだけどさ、本人がどうしても現役を続けたいってんで九州まで行ってサッカーをやてるんだよ。」
「へー、生き様が素敵ですね。
それにしても今日の浅草の選手達は顔がイキイキとしてますね。」
(今日は期待が持てそうだ。)
結果は福岡ANE0対2で浅草エンジェルスが勝利した。
久しぶりの勝利に選手達も大喜びだ。
中には泣きだしている選手もいた。
試合後、本郷ねえさんのもとに浅草の選手が集まって何やら話を聞いている。
「いい、優勝するチャンスって滅多にないのよ!
そのチャンスがあなた達にめぐってきてるの。プレッシャーもあるだろうけど
思いっきり楽しみなさい。」
「はい。ありがとうございます!!」
両チームのサポーターから本郷コールが鳴りやまなかった。
(みんなから愛されているベテラン選手なんだな)
ちさが本郷ねえさんに対しては安心しきった顔をしているのが印象的だった。
「長老、お疲れ様です。福岡まで来たかいがありました!!」
「おっ!兄ちゃん。ラーメンでも食いに行くか?
そこに美味いラーメン屋があるんだよ。時間は大丈夫かい?」
「ラーメン、いいっすね!行きましょう。」
長老御用達のラーメン屋へ行った。
店内はとんこつラーメンのニオイがプンプンする。
さすが本場、九州だ!
「ここは俺が15年通い続けている店だ。はっはー。」
「15年っすかー!いや、本当に美味いっすね。試合も勝ったし最高ですよ。」
「うん。本郷さんに喝を入れられてたようだしまた息を吹き返すだろう。」
「それにしても本郷ねえさん、すごいカリスマですね。」
「当たり前だよ!浅草エンジェルス史上唯一の日本代表選手だからな。
ほら、エリーザに寺本って監督がいただろ?」
「あー、あのおっさんみたいな監督」
「本郷と寺本は長い間、代表でツートップを組んで
オリンピックやワールドカップにも出場したからな。
寺本がエリーザ以外で唯一認めた選手なんだよ。本郷は。」
「そんな選手がいなくなったらポッカリと穴があいちゃいますよね。」
「俺はよ、浅草のフロントが本郷さんに引退を迫ってると聞いて腹立ってさ
何度も何度も直談判しに行ったんだ!
でもよ…ある日、本郷さんが俺のところに来てから
私は九州に行って現役を続けますから私の分まであの子達を見守ってやってください!って言ったきたんだよ。クク・・・」
(やべー、長老がラーメン屋で泣き出しちまったよ・・・)
「だからよ、兄ちゃん。俺は本郷さんに言ったんだよ!
俺が死ぬのが先か浅草が優勝するのが先かの勝負だな!って。」
「もうなんか、意味わかんねーすよ。」
まさか70歳のおじいちゃんと一緒にラーメンを食うとは・・・
少し前までは想像もつかなかった。
この日、東京エリーザと神戸クイーンズが対決し1対0で東京エリーザが勝利した。
その結果、1位・東京エリーザが10勝1敗。
2位の神戸クイーンズと浅草エンジェルスが9勝2敗で追う展開となった。