領主を継いだのに好き勝手できない!?
「わたくしと結婚できるなんて光栄に思いなさい」
そんな宣言をぶちかましてきたのはオレと婚約をしている令嬢だ。
分厚い化粧に真っ赤なドレス。どこの物語に出て来る意地悪令嬢だよ。しかも、香水の匂いがきつい。
美人ではあるが、獲物をなぶるような視線。Mではないオレには耐えられない。
さっきの言行も凄い上から目線だ。絶対性格悪いぞ、この令嬢。
正式な領主になるため、就任のあいさつのため王都へ来たのは昨日。親父の住んでいた家で目ぼしいものを漁っていると、この令嬢から挨拶に来たいと先触れがあった。
どう対応したらいいのか分からないのでこの家を管理してくれていた親父の元部下さんの意見を参考に令嬢を迎えた。
貴族同士の面倒なあいさつを終えて、冒頭の一言である。
俺はもちろん、元部下さんも唖然としている。
昔、会ったことがあるらしいがオレは覚えていない。
この令嬢と結婚したら、尻に敷かれた未来しか浮かばない。正直おっかない。
やだなぁ~。この令嬢と結婚したら好き勝手は絶対無理だ。オレの将来計画に暗雲がたちこめる。
こんな女性と四六時中一緒にいないといけないなんて、どんな拷問だ。
貴族としての身分も領地の力関係も向こうの方が上だ。こっちから婚約を断ることは不可能だ。
「・・・・・」
「・・・・・」
よく知らない令嬢に話が弾むはずがない。当たり障りのないあいさつを交わした後、あの宣言である。会話が続くはずない。
貴族って何を話してるんだ? 昨日食べた夕食のことで良いのか?
そもそも、この令嬢って普通の貴族の会話も駄目そうだ。
「そちらの大事そうに持っている箱は何かしら?」
じれた令嬢の方から口を開く。
「領地経営の資金調達の足しになればと、売却を予定している宝石です」
宝石箱を開けて、目の前に持っていく。
何か、喰い入るような目で見ている。やっぱり貴族の令嬢ともなれば宝石に興味があるのだろう。
ここで見せびらかして終わり・・・ってわけにはいかないよな。やっぱり。
「どれが高価だと思いますか?」
宝石の良し悪しなんてさっぱり分からないので、元部下さんに耳打ちする。大きさだけならアクアブルーの水晶が一番だが、素材で言うと小ぶりなダイヤモンドの方が高いかもしれない。
オレの懐具合的にプレゼントは出来れば二番目くらいに高いので妥協してくれないだろうか。
宝石に夢中な令嬢に隠れて彼はこっそり値段の順番を教えてくれた。
紫色の宝石のついた指輪が最も高いようだ。大きさは幾つかある内でも中くらいだが、透き通った紫が希少価値らしい。
彼女の視線をたどると一番高いという指輪にロックオンされている。
くっ、仕方ない。さらば、豪遊の夢よ。
「あなたとの再会の記念に差し上げます」
恭しく、令嬢の手を取って・・・どうしよう? これって指輪はめた方が良いのか?
貴族の礼儀をもうちょっと覚えとけば良かった。
元部下さんを見ると、令嬢の背後で指輪をはめるジェスチャー。マジ有能。
右手の薬指にその指輪をはめる。令嬢は指輪をはめた手をまじまじと見てうつむく。
あれ? もしかして照れる?
令嬢は頬を染め涙ぐんだ顔を上げると、オレを真剣な目で見つめる。
「この事はお父様へご報告させていただきます」
えっ? どういうこと? 感動して父親に報告するってこと?
ーー翌日、婚約破談の手紙が届いた。
あれ? 何で? 指輪渡し損?
親父が死んでこのオレでは未来がないと感じたのだろうか。まあ、正解だけど。
いや、プラスに考えるんだ!
あんなケバい高飛車な令嬢と縁が切れてラッキーだったんだ。あの指輪は手切れ金だった。
あの指輪は変な女に引っかかるとダメだという授業料だ。そうに違いない・・・(涙)