ある領主代行の追想
後半にネタばれ有り
ある領地内法令要綱
◇◇◇
・五年に一度、最高権限者の指定した麦を植え、備蓄麦とすること
ただし、備蓄麦を消費した場合は翌年度にその補充として指定した麦を植えること
・凶作の場合は備蓄麦を納めた領民に返却すること
・新たな入植者を拒まないこと(ただし明らかな犯罪者は除く)
・また、他領への移住希望者を妨げないこと(ただし明らかな犯罪者は除く)
・新たに農業を始めた者の初年度の税は免除すること
・農業以外の業種に就く者への税は国法に準ずるものとする
・最高権限者およびその役割を代行する者は過度に税を集めないこと
・犯罪者の取締に関しては国法に準じること
・重要案件は領主の承認を得ること
ただし、領主が領地におらず、緊急時の判断が必要なときは領地にいる最高権限者の判断で行えることとする(領主の事後承認を必要とする)
・領主はその業務を最高権限者へ委任できるものとする
・本法令要綱は最高権限者および二次権限者並びに第三位権限者全員の合意の元変更できるものとする
※重要案件および最高権限者の定義は別紙参照
◇◇◇
領主を継いだ坊ちゃんが備蓄麦を使うと言った時が切っ掛けなのか、少し昔を懐かしんでしまいました。ここ数日、領地内を歩いたので少々疲れたせいか、年を取ったせいかもしれません。
今の制度になった頃が想い浮かび、しばし懐古に浸ります。
以前より領主様の部屋へこっそり出入りして書物を読み漁っている坊ちゃんはこの法令を知っているのでしょうか。見つけても、祖父である前領主が定めたと思うかもしれませんが、実は脳筋と蔑んでいる領主様です。
それまで領地経営に関心のなかった領主様が奥さまを迎え、坊ちゃんの誕生をお喜びになった年、冷害が各地を襲いました。幸いにも、この領地の影響は軽微で、わずかな餓死者で済みました。
しかし、酷い所では食料が無くなり、一粒の麦を食料を奪い殺し合いが起きたと言います。
これを憂いた領主様ですが、王都での仕事が忙しくすぐに領地へ帰ることも出来ず対策を考えました。
その結果、領主様は領内にのみ適用される法令を決めました。それ以前も領地内効力限定で決まり事を作ることは認められていていましたが、国法に準じれば良いと、気にしていませんでした。
なお、最高責任者とは『領主→領主が定めた代行者→屋敷のある街の長』の順三位まで決まっています。全員欠番で更にその次の権限者が必要な場合は街に近い順の村長たちへと続きます。
奥さまがいらっしゃった頃は無理をしてでも度々帰ってきましたが、奥さまが亡くなった後は年1回程度になってしまいました。
実際、問題が起きたことがなかったので近年領主は年に一度、国へ納める税を運ぶついでに領地を確認に来るくらいしかしていません。
今のところ、国へ納める分以外の税は屋敷維持で使う分と兵士への給料分、坊ちゃんへのお小遣い+αくらいしか徴収していません。まあ、他領地の半分くらいの税率です。
坊ちゃんが税収を見た時、お金がないのは当たり前ですね。しかも、そのαも麦を買うために使うことになりそうです。緊急時のへそくりに考えていたのですが、背に腹代えられません。
内緒にしていますが、安い税率のうわさが広がるのは止められません。農民の引っ越しを禁止している領地がほとんどなので大幅な移住こそありませんが、今なおこの領地は年々人口が増え続けています。
これからの坊ちゃんの行く末を見守ってください。領主様。
※※以後終盤までのネタバレ有※※
作者による補足
将来、数々の改革を成し遂げ名君と呼ばれる領主ですが、彼の改革だけで上手くいっているわけではないのです。長年の積み重ねがあって、更に上手くハマって成功が見えてきたんですね。
領民、特に農業に関わっている人たちは前領主(勿論領主代行も含めて)と現領主両方に感謝しているし、尊敬するのは当たり前ですね。
なお、前領主は軍人としての給料が出ているので、領地からの収入は自身で一切使っていません。家令への給料は来年から領地収入から出ていく予定ですが、前領主の時代は自分の給料から払っていました。
理解されず、脳筋と息子に言われる前領主が不憫です。まあ、テーマは『勘違い』ですから仕方ないのかも?
領主が物心ついたとき、前領主が領地経営に興味がなかったのは本当ですし。
前領主の好きなことは自分を鍛えることと戦に勝つこと。息子は日課の武芸の訓練しか見たことないので脳筋と思われていますが、ちゃんと軍略も修めて軍部の計画立案もするため、軍では文武両道で知られ頼られていました。
二つ隣の領主(元婚約者のお父様)も自分の娘を嫁がせようとしていたのは伊達や酔狂ではありません。前領主の手腕を認めて、その息子なら問題ないだろうと婚約者に選びました。
そもそも、旧版上でも前領主を脳筋と言っているのは息子だけです。他の誰も言っていません。元々はこの設定を出す予定はありませんでしたけど。
そんな感じで旧版では削って表に出す予定のない下らない設定が散りばめられています。作者は小説本文を書くより、設定自体を考えるのが好きなので仕方ないです。
なお、指定した備蓄に使っている麦は病気に強く、水分保有量が極端に少ない品種です。
一般の麦に比べ生育に必要な水も少なくて済み、収穫量も多い優れものです。麦の水分が少ないので数年程度の保管でも腐らず、カビも付かないという設定です。
一方で水分量が少ないため、粉にして水を加えてもパサつきが残り、味が悪くなっています。
味が悪いため、市場での価格も安く、ここ以外で進んで作られることは稀です。
税は人頭税(成人した人数毎に課税)です。農業を営んでいて、耕作地から得られるであろう収入の2割が人頭税を越える場合は耕作地に比例した課税となります。行商人等領地に住んでいない場合は、その都度兵士が徴収します。