ある農家のオヤジの話
お嬢さまがあの荒地開発に乗り出すようだ。あそこは何故か作物が育たたない。全く育たたない訳ではないが、明らかに生育が悪い。耕作地としては苦労への割に合わないので放っておいた場所だ。
今回の方針転換に首をかしげるが、領主様は了承済みだと言うし、成算があるのだろう。
農業に従事する人も毎年増え続け、耕作地もそれに伴いどんどん増えている。
新たに森を切り開くのも限界なのだろうか? まだあそこ以外も開発の余地は充分あるように思えるが、お嬢さまの言葉に従っていれば万事間違いないだろう。
農業相談役として、各所に領主様の屋敷で指導を受けた人物が駐在している。ウチの村にも彼ら居て、育てる作物・堆肥の作り方等を教えてくれたり、実際にワシらに混じって作業も行う。
そこに数年前から小さな女の子が混じるようになった。領主様の一番上のお嬢さまだ。
偉いところのお嬢さまなのに泥だらけになるのも気にせず、ワシらと農作業をして笑う。朗らかな笑顔でコチラまでほんわかした気分にさせてくれる。
しかし、お嬢さまを含め、この領主様一家は偉そうなところがない。領主様は偶に頓珍漢なこと言ってスベリまくっているが、偉いとはちょっと違うしな。特にこのお嬢さまはワシらの娘みたいなもんだ。
生意気な口をきくようになった自分の子供よりよっぽど可愛い。
「あそこをお花畑にしたいのだけれど、どなたか手伝ってくれませんか?」
「お嬢さまに頼まれちゃ、断れねぇな」
隣家のオヤジも一も二もなく頷く。近所のオヤジらも呼んでお嬢さまの指定した土地を掘り返す。
一通り、掘り返すと肥料を撒く。普段なら、それで土がなじむまで間を置くが、今回は山の中の洞窟から削り取った岩を細かく砕いて畑に撒くという。肥料の代わりか。
お嬢さまはその見た目とは裏腹に幼い頃から高名な先生に指導を受けた農業のスペシャリストだ。その知識は数年前でさえ相談役の若者と同様か、それ以上であった。
意味はよく分からんが、お嬢様が言うんだから必要なんだろうな。
お嬢さまは作業の合間に紫やピンクの色水で遊んでいた。幾ら優秀でもやっぱり、まだまだ子供だな。
領主様がお嬢さまを心配して様子を見に来た。ワシたちが自分の娘をちやほやされているのを心配したのか、文句を言ってくる。
娘に対する愛情であって、下心はないから大丈夫である。むしろ、下心を持った輩はワシらが排除してやろう。
ワシらの言葉に納得したのか、任せて去って行った。
土地改良も終わり、何を植えるかお嬢様と相談役が話し合う。
「何を植えたらいいでしょうか?」
「大豆とかが良いんじゃないでしょうか?」
「う~ん。おじ様たちは農家だしお芋も植えた方が嬉しいでしょうか?」
イモを植えることに決定したようだ。だが、結構な広さを耕したんだが、広大な土地に植える種イモを確保するのは大丈夫か?
ワシらがお嬢さまを手伝うのは、娘可愛さだけではない。お嬢さまが関わった畑は他に比べ生育が良くなるともっぱらの噂だ。
気のせいかもしれないが、自然にかかわる者としてジンクスは大事だ。