ある帳簿をつけ始めた娘の話
「父様、これ食べたい」
父様の持っている娯楽小説に載っているラーメンというものが美味しそうだ。一緒に出てきている餃子やチャーハンは父様が作ってくれたことがあるが、これは食べたことがないと思う。麺類のようだが、うどんやパスタとは違うようだ。
上目づかいでお願いしてみるが、父様はそっぽを向く。
「面倒くさい。自分で作れ」
あれ? メイドのお姉さんが言っていたみたいに可愛くおねだりしてみたのに駄目らしい。
本には詳しい作り方も書いていない。やむをえない。疲れるけど、ちょっと調べてみる。
・・・・・
かん水・・・普通に売っていない。海水から作れるみたい。う~ん。でも海って遠い。でも、用途はラーメン以外でも色々と使えるみたい。
あれっ? 植物灰からでも代用品が出来るようだ。アルカリ性の水なら大丈夫みたいだ。
「じゃあ、妹に頼んでみる」
妹は料理を上達させて父様や母様を驚かせたいとか言っていたから、ちょうど良い。
だが、父様は少し考えた後「材料と作り方がわかったら、今度作ってやる」と言ってきた。
時間差でおねだりが効いてきたのか、もしくは自分も食べたくなってきたのか。
まあ、食べられるんだったらどちらでも良い。でも、少し疲れた。働いたら眠くなってきた。ーーおやすみなさい。
後日、かん水を作ろうと灰水を煮出していたら、母様に捨てられそうになった。食べ物だと言ってみたが、「口に入れるなんてとんでもない」と反対された。
普通、灰から食べ物を作るなんて思わないか。母様が頑として譲らないので、洗濯水として使ってもらった。
「父様、お金ちょうだい」
素直に買おう。一般に流通していないだけで、かん水を作っているところはある。名前は違うけど。
しかし、先立つものがないと入手は出来ない。
再度、上目づかいでおねだりだ。
「働かざる者、食うべからず」
その言葉は可笑しい。父様も働いてないくない?
私達の遣り取りを覗き見していた婆様に父様がいつも通り、叱られる。
とばっちりで、私も面倒事を押し付けられた。街中にある商店の帳簿計算だ。
正直やりたくはないが、この地に婆様に逆らえる人間などいない。
小遣いも出すと言ってくれたので、妹のお手製弁当を持って件の店へ向かう。話は通っていたようで、店の人が収支計算書を見せてくれた。
けれど、重要書類をこんな子供に気軽に見せて良いのか?
帳簿をめくる。扱う商品、収入、支出、そして日付が記載されている。けど、資産や経費が記載されていない。
「これって分かりにくくない?」
「そうですか?」
店の人はきょとんとしているけれど、これだと損益を再計算しないとならないのでは?
実際に大きな現金ではなく、借用書でやりとりしている場合もあるし、資産としてどれくらい使えるの?
それに、これって税金払い過ぎじゃない? まあ、税金はどっちみちウチの収入になるんだから、構わないって考えかも知れないけれど。
婆様は「万一、利益が増えたら小遣いアップ」と確約してくれた。
帳簿の記載方法を変えてみる。--記載上は納めるべき税が減った。数字のマジックだ。
この方法だと、さすがに婆様は小遣いアップは認めてくれないだろう。
仕方ない。何を扱えば儲かるか・・・検討してみる。ラーメン食べたいし、真面目にやってみよう。
でも、そうするとのんびり出来ないか?
う~ん。・・・ほどほどに、無理のない範囲で、程好い塩梅でやれば良いよね。