ある病弱な母親の話
「母様大丈夫?」
「大丈夫よ。ありがとうね」
可愛い我が子の言葉に微笑んで、頭を撫でる。ちょっとだけ嬉しそうな表情を浮かべたが、またすぐに暗い心配げな顔に戻ってしまう。
わたしは大丈夫。いつものことなのだから。
「季節の変わり目ですから、体調を崩しているだけですよ」
幼い頃から一緒にいる侍女がフォローしてくれたが、効果はイマイチだ。
一方で、虚弱体質がこの子に遺伝していないか心配だったが、すくすくと育ってくれている。
夫はこの子を丈夫に育てようと、戻って来る度に鍛えようとしている。でも、自分を基準に考えて鍛えようとするのは如何なものかしら?
普通の子はこんな小さな頃から大人に交じって剣術の練習なんてしないはず・・・よね?
そもそも、この子は身体を鍛えるのに興味がない。本を読んだりする方が好きな様だ。
「父様嫌~い」
現に、夫は厳しすぎて我が子に嫌われてしまっている。
「母様をずっと放っておくし・・・」
「そんなこと言っちゃ駄目よ」
たしなめるように頬を突っつく。あの人はわたしたちが安心して暮らせるように向こうで頑張ってくれているのだから。
そこはキチンと教えておかないと。・・・誤解されたままでは夫が不憫だ。
我が子は、ああでもないこうでもない、と悩んだ後唐突に宣言する。
「そうだ! 母様にボクがお料理を作ってあげるね!」
そう言って、走って部屋を出て行く。
あまりに突然のことに、ポカンと見送ってしまったけれど、どういう事?
あの子は色々な本も読んでいるし、同世代に比べても賢い面を見せる事もあるけれど、思いつきを実行しようとする向う見ずな行動を冒すことがある。
まだ子供だから、仕方ないのかしら?
こんな考えなしの行動を繰り返す様じゃ、大人になったら苦労するんじゃないかしら。
「あの子のことをお願いね」
「はいはい、大丈夫ですよ。任せておいて下さいな」
侍女にあの子のことをお願いすると、心得た様に後を追ってくれた。
「・・・遅かったわね」
料理を作るにしても、遅すぎだ。一体何を作ったのかしら?
「坊ちゃん、山へ野草を取りに行っちゃって」
「え・・・、えぇっ!? 何で? 危険なことはなかった・・・?」
あそこは狼や熊が出るので、子供は立ち入り禁止にしている。
「坊ちゃんは大丈夫でしたよ。今、その野草を天ぷらにしようと悪戦苦闘しているところです」
なら、良いんだけど・・・
ほどなくして、危なげな手つきで幾つかの天ぷら?を載せた皿を手にやってきた。見た目は、べちょべちょの小麦粉の塊がへばり付いた雑草?
侍女をちらりと見ると、頷いたので毒ではないのだろう。
その内の大きな欠片の一つを口にする。
・・・アク抜きをしていないのか、とんでもなく苦い。決して美味しくはない。率直に云えば不味い。
けれど、その気持ちだけで胸がいっぱいになる。味は二の次だ。
「わたしのために作ってくれて、嬉しいわ。ありがとう」
それを聞いた我が子が止める間もなく天ぷらをパクリと口にする。
「大丈夫?」
ぺっ、と吐き出させる。
「にが~い。 うぅ~~っ」
慌てて侍女に水を差し出させるが、涙目になってしまう。
「母様、ゴメンなさい」
しょんぼりしてしまう。
「作ってくれただけで、嬉しいのよ」
そんな顔を見ていたくなくて、もう一口パクリと食べてみせる。凄く苦いけれど、その一方で食べる度に幸せな気分になれる。
あの子が出て行くと、すぐに水差しを渡してくれた。
「・・・姫様、無理しなくても」
「嬉しかったのは本当だもの。でも、何か甘いモノない?」
彼女は「残念ながら」と首を振る。
「口直しにはなりませんが、姫様。坊ちゃんの後をつけてたら、熊がいたので捕ってきましたよ。胆が体に良いって聞きますから、後で料理しますね」
「え~~っ。それすっごく不味いじゃない?」
身体に良いからって、以前も食べさせられたけれど、本当に効果あるの?
「その天ぷらを完食した姫様なら大丈夫ですよ。それよりはマシな味のはずですから」
何で、そんな意地悪を言うかな? でも、我が子のためにも元気になるように頑張らないとね。
これに挫けずに、色々な事に挑戦して見せてね。元気なあなたの可能性は無限に広がっているのだからね。--でんちゃん。