ある子煩悩な剣術家の話
「あたしも父様や兄様みたいにバンバン剣を振り回したい!」
自分の小さな娘が精一杯背伸びして両手を挙げ、万歳している。
「お前はまだ小さいから、もう少し大きくなったらな」
そう頭を撫でてなだめると、娘が腕を振り回して駄々をこねる。
「ええぇ~。あたし、もう大きいよ~。同じ年の男の子よりもちょっとだけ大きいもん。
ヤダヤダ!! 兄様みたいに剣を振り回した~~い!!!」
寝転がり手どころか足まで振り回す。まるで赤子だ。
遅くにできた娘なので少々甘やかしていたが、父親として毅然とした態度で臨む。
「少しだけだぞ」
身体の出来ていない子供では過度な訓練は逆効果だからな。
「あなた、娘のことなのですけれど」
妻が娘の行く末を心配する。
まあ、母親としてはあの娘の素行は問題ありまくりだろう。
うちが武家の一門とはいっても、女性が武芸とたしなむのは護身術程度だ。
「本家のお嬢様の様な例もあるし、一概に女がてらの武芸が悪いことはないだろう」
もっとも、武芸にしか興味ないのも如何かと思うが。
あのお嬢様は武芸だけでなく、学問もきちんと修めている。
うちの流派は剛剣を旨としているから、女性が学ぶのはハンデがある。
本家のお嬢様もスピード重視・短期決戦を旨とする剣術を学んでいる。
それに加えて馬術だ。暴れ馬なら、乗りこなしているだけでも徒歩の敵に対して十分な脅威となる。
そっちの剣を学びたいのなら、本家に口利きするが。
「ええぇ~。兄様と同じのがいい」
そこは、昔の様にせめて父様と言ってくれないか、と思うのは親の我がままか。
学問も教え込まないといけないが、我が娘はちょっとだけ苦手なようだ。淑女としての礼儀作法は言わずもがなだ。
「え~、勉強嫌~い」
「ならば、仕方ないな」
無理やり強制すると苦手意識が先行して逆効果だ。長い目で見てやろう。
そのうち、おいおい、成長すれば出来るようになるだろう。
だから、妻よ。ため息をつくのは止めてくれないか。
娘は若い頃の話を良くせがむ。若い頃というか、各地を旅したころのの話が面白いようだ。
「わしの若い頃はチンピラや夜盗を返り討ちにして路銀を稼いだものだ。良いか、大勢に囲まれそうになったら、まず逃げるんだ」
「ええぇ~、逃げるの? 父様も?」
娘の表情がころころ変わるのが可愛い。
「そうだ。蛮勇と勇気は違う。まずは逃げて敵を分断するのだ。逃げると、当然追って来るだろ。しかし、追ってくる者たちは足の速さに違いがあるので、一斉に襲ってこれん。そこで、まず足の速い者から順に仕留める。ある程度減らしたら、こっちから討って出る。 まあ、これは一例だが、一対複数で戦うのは愚の骨頂。もちろんこの手段は持久力は必要だがな」