ある剣士を夢見る少女の話
何処かの娘さんが実家にいた頃のお話。
「いくよ、兄様」
石つぶてを持って、構える。
「いいぞ。さあ来い!」
兄様が刀を抜き、剣先をこちらへ向ける。
「それっ!!」
気合を込めて、石つぶてを投げる。兄様はそれを慌てた様子もなく、あっさりと弾き返す。
兄様の剣の練習を手伝うようになってから、しばらく経つ。兄様に向かって石を投げてそれを弾き返すという、昔から使い古された練習法だ。
わたしよりずっと年上である兄様には未だかつて命中させられたことがない。
ここまでは、いつも通り。でも、今日はひと味違うんだからね。
「次、いくよ!!」
兄様が構えたのを確認してさっきより大きい石を投げつける。そてが兄様に届くのを見届ける前に足を振り上げる。
靴に隠していた鉄針が発射される。前々から考えていた必殺の手だ。
「ぎゃふん!?」
そう叫んだのはあたしだった。さっき投げつけたはずの鉄針があたしの額に的中した。
「すまん。大丈夫か!?」
痛みで涙目になったあたしに兄様が慌てて駆け寄ってきて、さすってくれる。練習用の暗器のため、先端が布でぐるぐる巻きで防護されているが、めちゃくちゃ痛い。
う~~~っ。死ぬかと思った。
「お前も、ずいぶん鋭く投げられるようになったな」
額をさすりながら、兄様が褒めてくれるが、全然嬉しくない。
必殺の技が、あっさりと打ち返されてしまった。せっかくの隠し武器なのに通用しなかった。
「そりゃ、バレバレだからな。訓練前から右足に意識が集中してるのが丸わかりだぞ」
「え~~~っ。せっかく考えたのに」
ーー立派な剣士になるには全然まだまだみたいだ。
「あたしも父様や兄様みたいにバンバン剣を振り回したい!」
今でも父様に比べたら小さいけれど、もうちょっとだけ小さい頃に父様におねだりした。
父様はあたしに甘いからすぐにOKしてくれると思ったけれど、返ってきたのは否定の言葉だった。
「お前はまだ小さいから、もう少し大きくなったらな」
「ええぇ~。あたし、もう大きいよ~。同じ年の男の子よりもちょっとだけ大きいもん」
それに母様に聞いたんだからね。あたしと同じ年に兄様はもう剣術の訓練を始めてたって。
それに本家のお嬢様みたいに馬に乗って剣を振り回してみたい。
真摯な折衝の末、体力づくりや兄様の訓練の手伝いはOKをもらった。けれども、剣は握らせてもらえない。
詰まらない。仕方ないので、許された投擲技を中心に練習する。
近所で同じ年の子供は男の子しかいない。遊びに誘われるが、趣味は全く合わない。
何で気持ち悪い虫なんか捕まえに行くの? 何でヌメヌメしたカエルを捕まえに行くの?
事あるごとに誘われるけれど、断固として断る。何で、男の子は虫や変な小動物が好きなのだろう? 全く、理解に苦しむわね。
捕まえるのだったら、もっと可愛い小動物なんかの方が断然良い。
そうだ! 今日は可愛い動物を見つけに行こう!
心を癒すために森に分け入り探す。近所の森にはいつも入るので自分の庭も同然だ。
仔ウサギが良かったのだが、見つけたのは丸々太った親ウサギだった。風下から気配を消しながら近づく。そして鼻先に石を投げつけビックリさせる。慌てるウサギの進行方向を操作、こちらに向かってこさせる。
そうすればあっさりキャッチできる。暴れるのを無視してぎゅっと抱きしめる。モフモフの毛に癒される。
このウサギは鈍いので捕るのが容易な種類だ。けれど、実は歯や爪は鋭いので抱くのは注意が必要だ。
充分癒されたので、次は秘密特訓だ。兄様をビックリさせてやるんだから。
訓練を兼ねて狩りを行う。日によって獲物は変わるが鳥がメインだ。鳥ならすぐに見つかるし、猪や熊などは見つけても自分の手に余る。遠距離から一撃で仕留めることが出来るもののみを狙う。
名前は知らないが、数羽の鳥が止まっている木に近づいて行き、飛び立ったところを狙って、鉄杭を投げる。
一羽に突き刺さり、落ちてくる。・・・が、狙ったのはその隣の鳥だった。
止まっているだけの鳥ならともかく、飛んでいる鳥は三回に一回くらいしか撃ち落とせない。
話に聞いた弓の名手はもっと遠くの距離で百発百中だっていうのだから、あたしの腕はまだまだだ。もっと訓練が必要ね。
次は鶉っぽい鳥を見つけたので、風下から気配を消しながら近づく。
鉄杭なら、一撃で仕留められるが、今日は二連撃の練習だ。そこら辺に落ちていた小石を拾う。
まず右手を振り上げて狙い、そのまま右手を振り下ろす前にワンテンポおいて左も投げる。
二発とも命中し、動きが止まったので駆け寄る。しかし、まだ生きてたようで、逃げ出した。・・・威力が弱かったようだ。
今度はもっと力を込めて行こう。同じく右手、半呼吸ずらして左手で投げる。一発目は当たったが、二発目はずれた位置に飛んで行った。
が、一発目だけで虫の息だ。
「う~ん。難しい」
これは息の根を止めて持ち帰り、さっきの鳥と併せて今晩の食卓に上がることになる。
もっとも、あたしは料理どころか解体もできないので処理は家の人にお任せだ。