ある先生助手の話
領主の娘たちがまだ幼い頃の話です。
この度、子供たちを集めて勉強を教える事業を始めることになりました。
以前はボクたち領主様のお屋敷に住んでいた子供たち向けに、先輩やメイド長が先生役となり勉強をしていました。
しかし、年々お屋敷に来る子供が減り、小規模になっていきました。
これを領主様の命で、この領地の子供たちへ広げることになりました。
さらに、これを機に王都で高名な先生を招聘することになりました。
何でも、貴族の子供の家庭教師もやっていた大変偉い先生だったのですが、両親との教育方針の食い違いによって前の仕事を辞めてしまったそうです。
そこに子供たちへ分け隔てなく教育を広げようとする領主様の考えに感銘を受け、ここへ赴任することとなりました。
来たのは二十代半ばのまだ年の若い女の先生でした。高名な先生なのだから、もっと年の取った厳めしい男性を想像していました。
この年で有名なのですから、よほど優秀なのでしょう。
ひとり助手として付けることになり、お屋敷の皆で面接を行いました。
その結果、助手として指名されたのはボクでした。
ボクは元々雑用係として働いていました。他の先輩や同僚たちは兵士になったり農家になったり色々な仕事に就いています。
しかしながら、ボクは何故か筋肉が付きにくいらしく、力仕事も足手まとい。頭もそんなに良くないので書類仕事も出来ず、何となく屋敷に居残って色々な雑用をしていました。
それがこの度の抜擢。面接で何を根拠に選ばれたのか分かりませんが、頑張ります。
先生と話し合いを経て街、そして農村を巡る計画を立てました。一桁の年齢の子供を対象に文字の読み書きと計算を中心に教える予定です。
先生は子供が大好きだそうで、意欲に燃えています。話をするほど、彼女が子供たちを慈しみ、大切に思っているかが伝わってきます。
まだ準備段階のうちから、先生として尊敬に値する女性だと分かります。
領主様やメイド長経由で周知してもらって、まずはボクたちが住んでいる街から始めました。
--子供が5人しか集まりませんでした。
来たのは裕福な家の子供とお屋敷の子供だけです。街の子供全員が来るとは思っていませんでしたが、この少なさは想定外でした。
別の日に向かった農村では一人、もしくはゼロ。
どうしてでしょう? 子供たちへの教育計画は始めから躓きましたこんなに簡単に予定が頓挫するとは思いませんでした。
「くっ、何故なの!? 子供が集まらないの・・・」
先生は頭を抱え、うなだれてしまいました。
意気揚々と赴任したのに子供が集まらないのでは頭を抱えるのも無理はないかも知れません。
「・・・どうしてこうなったのかしら? 見通しが甘かったわ」
何の疑問も持たず教育を受けていた自分は、すごく恵まれていることに気づいていませんでした。
ボクは家々を回って理由を聞いてみます。
「なんの役に立つんだい?」
「自分の名前さえかければ充分さ」
「そんな無駄なことしているんなら、家の仕事を手伝わせるさ」
街では元より、特に農村では小さな子供も労働力として期待されています。すぐに役に立つことでないと集まらないかも知れません。けれど長い目で見れば必ず役に立つ場面が出て来るはずです。
「無理に集める必要ないんじゃないか?」
様子を聞きに来た領主様はあっさりそう仰います。
・・・確かにそうかもしれませんが、先生のためにも子供を集めたいのです。
「ふ~ん。じゃあ、一度見に行ってみるかな」
あくる日、領主様が様子を見に来られました。今日は天気が良いので青空教室です。
領主様を見つけたお嬢様は勉強を投げ出して駆け寄っていきます。
その微笑ましい様子に先生の顔にも笑みが浮かびます。
領主様は投げ出したお嬢様を叱ろうとしますが、彼女がそれを止めます。
欠点を無くそうと型に嵌めようとすると、どうしても良い所も失ってしまいます。子供の内はひたすら可愛がり褒め、長所を伸ばす方針です。厳しくするのはもう少し大きくなってからで構わないそうです。
領主様が持って来られたお菓子で休憩をはさみます。相変わらず、領主様の作る物は美味しいです。
初めて食べるであろう屋敷外の子供たちはその美味しさにビックリしています。
あれ? これ使えるんじゃないでしょうか。
言い方は悪いですが、美味しい食事を餌にすれば集まるんじゃないでしょうか。
領主様に言ってみると
「領民に道路工事とか強制労働させるのと同じ手段だな」
あっさり言われました。
領主様に毎日お菓子作りをお願いする勇気はないので、屋敷の人に工事現場での炊き出し道具と手軽にできる料理レシピを聞きました。
皆に腹一杯の食事を用意して、改めて教育計画を周知します。
・・・驚くほどの集まりです。まあ、一食分浮きますしね。一食分と云わず、お代わりをして食べ貯めしていく子が続出しました。
先生は忙しくなっても、多くの子供たちに嫌な顔一つせず、笑顔で対応しています。頭を撫でたり、抱きしめたり、ひとりひとりに愛情を持って楽しそうに勉強を教えています。
「人生で一番充実している瞬間かもしれません」
農村へ向かう時は食材を満載した馬車を出しての大掛かりな巡回になってしまいました。
ーー良く考えたら、予算は大丈夫なのでしょうか?