ある飯炊きおばちゃんの話
アタシは齢40を越え、長年この屋敷にご厄介になっている。夫も家令としてこの屋敷で働いている。
ここの領主である旦那様は若い頃この国で紛争起るたびに各地を転戦し、勲章をもらってきた騎士様だ。戦争が終わってからも、王都で仕事をしほとんど不在だ。
アタシの夫は旦那様の戦争時代の部下で兵站・会計を管理していたそうだ。その手腕を買われ、終戦後この屋敷で家令として領主代行を務めている。
といっても、こんな田舎領地ではやることは少ない。秋の収穫期に税を集める時に忙しいだけだ。
隣の領地では商人を狙った盗賊が街道に出るらしいが、こんな田舎では彼らも獲物がないため出没しない。危険な野生動物もいないし、平和そのものだ。
領地の治安を守るはずの兵士の人たちも、最近出動したのは街はずれの若夫婦の喧嘩仲裁だ。
仕事が少ないため、屋敷に住んでいるのもアタシと夫と独身の兵士のあんちゃん(彼は先の夫婦喧嘩で妻の投げた桶で頭をケガして療養中だ)、そして領主様の息子の坊ちゃんだけだ。
通いで3日に1度、近所の主婦が掃除の手伝いに来るだけで用は足りてしまう。
アタシの仕事は屋敷の維持管理と食事の用意だ。その食事の用意も坊ちゃんが半分は手伝ってくれる。楽なもんだ。
他の貴族様がどうだかは知らないが、ウチの坊ちゃんは食べ物に並々ならぬ情熱を傾けている。
たまに農民に混じって珍しい野菜とかを育てて色々な創作料理に挑んでいる。
失敗もあるが、驚くほど美味いモンを作ることもある。この間、『子目』とかいう珍しい麦を一度煮込んでから野菜と調味料を混ぜて焼くなんて二度手間を掛けていたが、すこぶる美味かった。また作ってくれないかねぇ。
武芸の才能がないため、旦那様には『覇気がない』と言われてたけれど、こんな平和な田舎では役立たずさね。剣を振り回す乱暴者より、今まで通りの優しい坊ちゃんの方が何倍もマシさ。
武芸が上達するまで領主経営に携わっちゃなんねえ、なんて旦那様から命令されてるけれど、棒切れ振り回す才能なんか関係ねえ。バカなことさね。全く。
けれど、隠れて旦那様の部屋で難しい書物を読んでいるし、ひょっとすると一角の人物になるかもしれない。
身内の贔屓目かもしれないけれどね。
一方で、噂では坊ちゃんの結婚の約束をしている娘さんは剣を振り回すお転婆らしい。
そろそろ、結婚するお年頃だけれど、そんな娘が嫁に来たら坊ちゃんボコボコにされるんじゃないかねぇ。
それが最近の悩みさ。
「領主就任祝いに宴会やるぞ!」なんてバカなこと言ってたが、どこにそんな金があるモンかね。そんな金ありゃ、坊ちゃんのお小遣いももっと多いさね。
日々の食材を自分で調達して料理してるのを忘れてたんかね。全く。
坊ちゃんは時々変な事を言い出す。
この間も美味かった珍しい麦を沼に植えるなんて、暴挙に出ていた。素人のアタシだって、そんなことしたら、根腐れしちまうこと分かり切っているさね。
十代前半は反抗期といって、バカなことをするもんだ。兵士のあんちゃんもその年頃、歌を歌いながら盗んだ馬で走りだしていた。後で、先輩兵士にボコボコにされていたけれど。
まあ、麻疹みたいなもんさ。温かい目で見てやるさ。
子供のいないアタシら夫婦にとって坊ちゃんは自分の子供のようなもんさね。
領主を継いだからって気張ることないさね。応援してますよ。坊ちゃん。
『子目』は当然『米』です。赤ちゃんの目玉のような粒という意味でつけられた名前という設定です。領主が作っていたのはチャーハンです。
ちなみに、先の戦争終わり方の認識が人によって微妙に変わっています。領主の認識は『停戦』、おばちゃんたちの認識は『終戦』
ま、どうでも良いですけどね。彼らには直接関わらないので。ええ、直接には・・・