ある見習い女商人の話
店長不在の領主直営店は私と下僕に任されることになった。さて、私が実権を握ったからには好きにやらせてもらうからね。
小さい頃からの下僕が部下として付くことになった。
領主様は既存の大きな商店に対抗するため、あり得ない値段設定をしていたけれど、そんなことしなくても別の手段は幾らでもある。
まあ、今のところは堅実な商売を心がけて様子見かな。始めたばかりだしね。
この店で取り扱っている品は税として納められた作物が主だ。というか、今まではそれしか置いていなかった。まずはどんな商品を増やそうかな?
この土地は基本自給自足の農家が多い。それでも、自給できない物も当然ある。油や塩を始めとする各種調味料だ。他に比べ嵩張らず、利益率も高い。
油は時間の経過と共に品質が劣化するが、それ以外は湿気さえ気を付ければ長期保存が可能なものばかりだ。
どこからか、購入契約を結んで取り扱えないかな。店長に言ってみよう。
部下は店に来た主婦や暇なおじさんと無駄話をしている。全く、いつまでもボンクラな男ね。
更に利益の出ない安い手拭や小物を勝手に仕入れ品に勝手に追加する。
「何でそんな儲からない品取り扱うのよ? そういうのは他の店に任せなさいよ」
「いや、売れるって。大丈夫だよ」
ボンクラはそう言うが、そんなの売れたって利益は微々たるものだ。計算の出来ない部下だ。やっぱり、私がしっかりしないと。
季節が一巡し、また王都へ作物を売りに行くことになった。メンバーは前回と同じ店長と部下だ。
ひとつの店に小口定義され散る一定量以上売るには、組合に入らなければいけないらしい。前回はそんなこと知らなかったが、一定量を上回っていなかったためセーフだった。だが、今回は持ってきた量も増えている。注意しておこう。
まずは、前回契約した食堂に顔を出す。新たな料理レシピをチラつかせると拍子抜けするほどあっさり決まる。それどころか次回の予約契約まで決まる。
レシピをもっと教えてくれるなら、更に購入量を増やしても良いという店もあったが、小口販売量に引っかかるので辞退する。
新しい店を新規開拓する事も無く全て売れてしまった。
ある店は私たちの噂を耳にしたらしく、こちらから売込みせずとも、向こうから売ってくれと言ってくる有様だ。
自分の実力でないのはちょっと悔しい。
・・・領主様って料理の腕に関しては凄いんだ。改めて感心してしまう。
さらに翌年も持ってくる量を増やした。取引要望店も増える一方だ。
最初の頃は全てその店で実際に料理を作って指導していたが、契約店が多くなると全箇所回る暇がなく、試食品とレシピを渡すだけという場合も増えてきた。
分量や調味料を入れるタイミングなどを細かく記載したから、料理下手でない限り、大丈夫なはずだ。
心配なのはレシピを別の店に横流しする恐れだが、今の所それは無いようだ。
思わぬところで、別の問題が上がってきた。料理レシピを渡した食堂の店主が文句を言ってきた。
レシピの通りの分量で作ったのに、味が違うというのだ。
「はぁ? そんな筈ないでしょ?」
イライラして問題の店に皆で向かう。
言いがかりに決まっている。実際に作っているところを確認してやるわ。
「こいつの腕が悪いんじゃないの?」
「猫かぶり忘れて、素が出てるぞ」
料理人を見てぼそっと漏らした一言に部下が注意してきた。
いけない、人前では注意しないと。
「屋敷で使ってるのより、この計量枡小さくないか?」
本当だ。良く気付いたわね。ボンクラのくせに。
鍋一杯の水に枡4分の1の量の塩を入れ、等と言われても使っている調理器具によって量はバラバラになってしまう。
レシピ記載の分量は地元の屋敷で普段使っている規格の調理計量器で計算した分量で記載している。
レシピ通りの味を再現するため正確な量を計る必要があるのに、これでは拙い。
計量枡は規格が決まっているはずだけど、何で使わないの?
「いや、それは一応規格の枡のはずだ」
元行商人の店長が口を挟む。
計量枡の規格容量は決まっているはずだが、厳密には地域・店によってバラバラらしい。
店長によると、商人によっては販売量を少なくごまかすためにワザと規格に合わない枡を使っていることもあるらしい。買う時と売る時で別の枡で軽量するあくどい店もあるようだ。
それ以外でも領地独自の単位を使っていたり、諸々の事情で統一されていない。
この店では規格外の枡を規格枡として使って計量していた。
これでは正確な計量なんて不可能だ。普通の料理なら、まだ味見をしながら調整できるが、お菓子なんかだと完全にアウトだ。
手持ちの枡を渡して今後これで量って貰うようにして、何とか解決だ。だけど、今度から如何しようかな?
う~ん。そうだ!
料理レシピと一緒にお手軽に計量できる調理器具もセット販売したら売れるんじゃないかな?
じゃあ、計量枡の他に鍋も内側に目盛を付けて簡単に料理が出来るようにしよう。
戻ったら、枡と鍋を大量に発注しよう。どれくらい儲けられるかな? 今から楽しみだ。
領主が名君と呼ばれることになった業績のひとつに度量衡の統一があります。度量衡とは物の「長さ・体積・重さ」の事です。
それまで混在して厳密にはバラバラでした。しかし、彼女の所為で領主が使っていた枡が基準単位になってしまいました。また、レシピに記載されていた料理の材料を切る長さの単位が、調味料を量るために重さの単位が広まり、基準単位となってしまいました。
将来、各地を巡ったどこかの料理修行の娘は実家で使っていた量を基準としていたので、それがさらに広まりました。
後年の書物では領主が単位の統一に尽力し、広めた事になっています。
もちろん、領主が意図したものではありません。結果としてそうなっただけで、本人のあずかり知らぬところで名君ぶりが広まっていくことになります。
料理レシピをばらまきの伏線回収話にしたかったのですが、本文に入れて彼女に話させるのが面倒になってしまったので後書きでさくっと説明。