ある木工職人の話
「結婚したっスか!? いつの間に? しかも、あの時の可愛い子ちゃんっスか? ヒゲをそって髪の毛もパリッとしているのは可愛い子ちゃんの影響っスか」
髭は嫁が五月蝿いから剃っているだけだ。お前だって、結婚してるじゃないか。
「俺のことはいいっス! 羨ましいっスね~。新婚生活は如何っスか?」
昔馴染みの馬鹿が訪ねてきた。が、はっきり言ってウザい。どうにか、早々にお帰り願えないだろうか。
嫁は仕事に出ているのでこいつと顔を合わさないのが、せめてもの救いか。
「で、結局何の用だ?」
「仕事を持ってきてやったっスよ。感謝するっス」
持ってこなくて良い。仕事は間に合っている。
前までは領主様の命令とかで、水車の増設に駆り出されて、最近は街の商店から枡を大量に発注されている。全然暇じゃない。
「そんな、遠慮しなくていいっス」
相変わらず、人の話を聞かない男だ。
こいつは他に一人の男を伴ってきた。
「お前が色々なものが作れる職人か?」
その言葉にうなずくが、偉そうな太っちょだ。何だ、こいつ?
何でもって訳じゃないが、そこそこの物は出来る自信がある。最近は同じものばかり作らされているけどな。
「コイツを作れるか?」
太っちょは図面を差し出してきた。
・・・何だ? 水車の劣化品か。違うな。
水の代わりに足で踏んで回転させるのか? おそらく、これは水をくみ上げる道具だろう。
「無理だな」
おおよその原理は解かるが、縮尺がバラバラだ。しかも余計な機構があるぞ。このまま作っても動かない。
しかし、図面は素人だが、目の付け所は良い。設計し直せば、作れないこともない。
「何でも作れるって言うから、せっかく来たのに」
太っちょの言い方にカチンとくる。
「図面が駄目だから作れない」
「何だと~!?」
「ちょっと、二人とも落ち着くっス」
馬鹿が人形を手に間に入ってきた。背中のひもを引っ張ると、両手を上げ、白目をむく。
「・・・」
「何これ!? キモ面白くね?」
太っちょが馬鹿から人形を奪い取る。それは近所の女の子のために作ったカラクリ人形だ。ただ、気持ち悪いとして突き返された残念な一品でもある。
「すげ~。指まで曲がるぜ。何、このこだわり様・・・」
太っちょはひっくり返しては人形のひもを引っ張り、笑う。
「やっぱ、カラクリは漢のロマンだよな~」
「分かるか!? そうだよな!」
今まで同意してくれる奴はいなかったが、この太っちょ。分かってるじゃないか!?
「これも見るか? こっちは手回しの取っ手を回すとウサギが飛び跳ねるカラクリだ」
最初は嫁への贈り物で作ったが、他でも欲しいと追加で作った物だ。
「すげ~」
気を良くして、太っちょに今まで作ったカラクリ作品を説明する。
「老け顔のくせに、ガキみたいな声だな」
しまった、熱くなり過ぎた。
昔から、顔と声のギャップでからかわれていたので、普段は出来るだけ喋らないようにしていた。だが嬉しくなって、ついつい喋り過ぎてしまった。
「まっ、それはいいや。お前、これ読むか?」
冊子を出してくる。
何だ、これ?
「オレがハマっている空想物語だ。ここに出て来るカラクリ装置ってできないか?」
にかっと笑う。もう、声は気にしていないようだ。
「難しい文字は読めないんだが・・・」
「ええっ? マジ?」
太っちょは驚いているが、普通はそんなモノだ。自分の名前さえ書けない奴は結構いる。
自分は数字や簡単な文字なら問題ないが、本が一冊読める程ではない。
「一般の人はそんなモンっスよ」
そう言うお前は読めるのか?
「読めるっスよ」
な、何だと!? くっ、屈辱だ。馬鹿に劣るのか・・・
「お前、どうせ暇だろ? ちょっとコイツに文字を教えてやってやれよ」
太っちょと馬鹿の間で自分に文字を教えてくれることで決まった。
馬鹿にモノを教わるのは少し悔しいが、文字は知っておいて損はない。
「礼にさっきの図面を書き直して、作ってやる」
何個か試作品を作ってみないと解からないが、余計な部品をなくしてシンプルな造りにすればイケるだろう。
複雑なカラクリも良いけど、やっぱり目的に沿ったシンプルな機構こそ美しい。
「領主様。帰りに食堂に寄るっス。こいつのお嫁さんが給仕してくれるっスよ」
お前はどこも寄らず、さっさと帰れ! ・・・といか、この太っちょ、領主様かよ!?
恋愛パートはすっ飛ばして結婚しちゃっている木工職人さんでした。結婚するまでのこそばゆい恋愛模様は省略です。
ここで作ろうとしていたのは足踏み式揚水機『踏車』と言われるものです。名前のインパクトが強い竜骨車の方を作ってもらおうかとも思いましたが、後のメンテナンスが大変そうなので、こっちにしました。
この後も下らないモノを含め彼に色々な物を作ってもらっています。
さて、領主が実施した(と勘違いされた)功績のひとつを枡の大量発注に託けて説明しようかと思いましたが、途中まで書いたところで気づきました。
この三馬鹿では領主本人を含めて、そうなった経緯を少しでも理解している人がいない・・・
なので、その事は別話に繰り越しです。便利な道具を作っただけでは残念ながら名君とは言われません。