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ある女給の話


ちょっと遡って、領主が結婚する頃の話。領主は出てきませんけど。



「いらっしゃいませ~」

 私は食堂の看板娘。今日も今日とて、元気よく笑顔でお客様を迎える。

 両親を亡くした私、そして同じく夫を亡くした叔母さんとの二人でこの食堂を切り盛りしている。

 村に1件だけの食堂だが、殆どの人は自分の家で食べるため、お客様は少ない。

 領主様が住んでいるような街とは違い、ここみたいな大きめの農村では来るお客様は限られてしまうため、普段は忙しくない。私たちの二人で充分回ってしまう。


 それでもやっぱり、ほぼ毎日来る常連の人というものはいるものだ。

 それが、このひげを生やした髪もボサボサのオジサンだ。

 頼むものも決まっている。

「いつもの気まぐれ『女将の気まぐれ定食』でよろしいですか?」

 オジサンは無言でうなずく。

 いつも、毎日ここで食べているが、うなづくだけで声を聞いた事もない。

 以前は数少ないメニューを毎日ローテーションしていたのだが、それを見かねた叔母さんがこの人限定で出す様になったメニューだ。

 その正体は何てことのない、叔母さん指導の下、私が練習を兼ねて作った賄い飯だ。味はまだ発展途上中だが、そのボリュームだけは保証つきだ。


「オジサンなんて言ってるけど、アンタのたった2つ上なだけだよ」

「えぇ~っ。嘘だ~」

 凄い老け顔だけど、私の2つ上ってことはまだ十代ってこと?

「ちょっと、声が大きいよ」

「ごめんなさ~い」

 お客様には聞こえなかったようだ。常連さんをじ~と見つめる。あの恰好が余計に老けさせて見えるのかもしれない。

 彼は木工職人らしい。川にある大きな水車から家の家具まで色々な物を作っているらしい。

 職人さんて頑固で偏屈なイメージがある。だから、無口で身なりに気を使わないのかな?


 それから、ちょっとだけ彼が気になっている。恋愛的な意味ではなく・・・観察対象的なものだけど。



 暇な食堂だけど、夏限定で賑わう。この農村で作っている名産を食べるためだ。

 それだけ聞くと凄そうだけど、一番の人気は青豆の塩ゆでだ。お客様はそれをおつまみにお酒を頼む。

 それが大人気で遠方から食べに来る人までいる。食堂の中だけでさばき切れず、その時だけは店の前にテーブルまで置いて対応する。


 この豆、他の土地では枯れるまで待って完熟させて収穫するのが一般的らしい。けれど、ここではまだ完熟する前に収穫して食べてしまう。

 調理法は単純だ。塩でよく揉んだ後、たっぷりの沸騰したお湯にちょっとだけ塩を溶かし、さやごと茹でる。

 すると、緑色のさやが鮮やかに色づく。

 お湯から出した後、扇であおいで冷ます。熱くても水にさらして冷やしてはいけない。色は良くなるものの、せっかくの濃厚な味わいが薄れてしまう。料理修行中の私でさえも手順を間違える事も無く簡単に出来る。

 さやから豆を取り出して、パクリと食べる。

 確かに人気なだけあって、一度食べると止まらない。幾らでも食べられそうだ。


 ここの青豆の人気の理由はこれが特別な品種だからだ。

 さやは青々とした色だけれど、ここの豆の薄皮は茶色がかっている。ここ以外で採れる青豆は薄皮は緑がかった半透明だけど、ここは全くの別物だ。香りがただの青豆と違って強い。また、コクがあって甘みもあり味も濃い。

 収穫した青豆は近隣へも売っているが、輸送の関係で時間が経つとどうしても味が落ちてしまう。本当に美味しい青豆を食べたい人で夏は賑わう。


 そんな青豆収穫期限定の賑わいだけれども、大きな鍋さえあれば対応可能だ。お酒は酒壺ごとテーブルに持っていき、手酌でお願いすれば手が足りてしまう。

 この時期はせっかくの料理の腕の振るい手がないと、叔母さんは嘆いているけれど。



「いらっしゃいませ~」

 そんな時も常連のお客様を迎える。彼は相変わらず私の『女将の気まぐれ定食』を毎日食べる。ずっと豆ばかり茹でていると、別の物を作るのが良い気分転換になる。

 以前よりは腕も上がっているはずで、そっと窺ってみると彼は美味しそうに食べているようだ。毎日見ていると、喋らなくても表情で分かってくる。

「これ、おまけです」

 青豆を潰して甘くしたあんを中に入れたおまんじゅうをそっと定食に付ける。彼は甘い物も嫌いじゃないはずだ。

 外に置いてある木製のテーブルは彼が作ってくれたらしい。そのお礼だ。




「よぉ~、ネエちゃん。酌してくれねぇか~」

 稀にいる酔っぱらいに絡まれることもある。

「ごめんなさいね~。あっちのお客様にも持って行かなきゃならないから」

 そういう時は、その声を掛けてきた酔っぱらいより見た目強そうな人をだしに断ってしまう。酔っぱらって気が大きくなっているだけなので、大抵はこれで躱すことが出来る。名付けて『虎の威を借る狐』作戦。


 しかし、この時ばかりは違った。余計なお客様が割入ってくる。

「マイハニーと同じくらいの可愛い子ちゃんっス。良いトコ見せるっスよ!」

 珍しく常連のお客様は一人ではなく、チャラそうな男性連れだった。その男性客が立ち上がる。

「そこの酔っぱらい! その娘から手を放すっス!」

 自分はカッコいい事をしていると思っているかもしれないが、何事もなく収まったハズのに。余計な事を・・・

 チャラ男の言葉に引けなくなった酔っぱらいも立ち上がる。

「あんだと~。何だお前は~」

 酔っ払いがチャラ男に拳を振りかぶる。

「・・・」

 そこへ困惑した顔で間に入った常連さんが殴られて吹っ飛ぶ。

「大丈夫ですか!?」

 駆け寄って助け起こす。

「・・・大丈夫だ」


「叔母さん! ちょっとの間、お願い!」

「こいつは大丈夫っスよ。あれっ? ちょっと、可愛い子ちゃん。これから俺の活躍が始まるっスよ?」

 バカな客が何か言っていたが、叔母さんに断って、常連さんを食堂に隣接している家へ招き入れる。

 有無を言わさず、上着をはぎ取り、傷がないか見る。大げさに吹っ飛ばされたけれど、見た感じアザが出来ているだけだ。取り敢えず、薬を塗って布を当てる。

「有難う」

 言葉少なく、彼はお礼を言う。

「・・・どういたしまして」

 あれ? 私、意識していなかったけれど、大胆な事しちゃってる?

 それにしても、今日初めて聞いた彼の声は思ったより幼い。少年の様だった。



 青豆は枝豆のことです。

 今回は以前の話でちょっとづつ触れた『豆の食べ方模索×作物の掛け合わせ=枝豆大人気→後年の大量の塩購入』という誰も気にしない裏話です。『ずんだ』にも手を出しています。

 お酒の消費量も年々増えるので、将来どこかのお嬢様は自領の作物を使って自前でお酒を作ろうとします。


 ちなみに、この叔母さんは以前領主の屋敷で通いで手伝いに来ていたおばちゃんズの一人です。


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