ある親戚の小母様の話
「奥さま。宜しいでしょうか? 隣に派遣してた部下が戻りましたのですが・・・」
わたくしが執務室で書類に目を通していると、ノックをした後、執事が報告に来ました。
何時もなら、お茶を用意する際にその手の話を持ってくるはずなのに珍しいわね。
早急の話でもあるのかしら?
「では、報告を聞きますから通してください」
「それが・・・、その~」
執事の歯切れが悪い。
どうかしたのかしら?
執事が口を開く前にボサボサ頭にゆったりとした服を着た少女が入ってきました。一見無表情ですが、半目で全身から眠気を発しています。
「お嬢様、勝手に入ってきては困ります」
メイドが少女を追ってきましたが、少女は気にせず執務室のソファーに身を投げ出し、片手をあげます。
「へろ~、小母様。お久しぶり」
そこにいたのは次男のお嫁さんの妹令嬢でした。
「何でここにいるのかしら? それにその格好・・・ 」
「馬車で移動中、ずっと寝ていたから、寝癖?」
「そのような格好で奥さまの前に出るのは困ります」
メイドがソファーから引っ張り上げようとしますが、非力なメイドでは引き離すことは叶いません。
「え~、面倒・・・」
彼女は移動する気がないようです。
いつもの如く、自由な子ね。全く、親の顔が・・・別に見たくはありませんわね。
それにしても、淑女としての恰好があるでしょうに。
「キチンとした格好をしなければ、話は聞きませんわよ?」
「えぇ~~」
眉を下げて、抗議のうめき声を上げてきますが、引きませんわよ。
「・・・」
諦めて、メイドに引き連れられて出ていく。彼女が着替えさせられている間に部下の報告を聞く。
「移動にうちの密偵を気軽に使わないでほしいわ」
彼女は商人に扮した密偵の馬車に乗せてもらってここまで来たようです。
「どうせ、報告に戻る日に重なってたんだからちょうどいい」
わたくしの文句はどこ吹く風と聞き流される。
「何故、貴方が密偵の報告日を知っているのか言っても無駄なんでしょうね」
「人と金の動きを見ていれば、大体判る」
ーーその言葉に、ため息しか出ません。
髪をすいて、ワンピースタイプのドレスを着せられた彼女はお人形さんの様に可憐ですわ。今度はちゃんと令嬢に見えます。
「可愛いんだから、きちんとした格好しなさい」
それと、その無精面を改善すれば、ずいぶん可愛くなります。背筋もきちんと伸ばしなさい。
「窮屈で面倒。この髪飾り売ってもいい?」
「駄目に決まっているでしょう。どうしても欲しければ、うちの養女に来ないかしら?」
子供は息子しかいなかったし、その息子も手元にはいません。一人は仕事で王都にいるし、もう一人はこの子の姉と結婚して向こうにいます。
長男のお嫁さんは諸般の事情で無理ですが、可愛くて優秀な娘なら、ひとり欲しい。
「・・・こき使われそうだから嫌だ」
「三食昼寝付きは保障しますわよ。嘘ではありませんわよ」
「その代わり、夜中働かれされそうだから・・・ 嫌」
あら、残念。ばれてしまいましたか。
「で、今日は何かしら? いつもは手紙なのに、わざわざこっちまで来るなんて久しぶりよね。醸造職人手配の件なら、まだ数がそろってないわよ」
今、彼女と取り掛かっている共同経営の一つ、新たな酒やその他を試作量産する工房はまだ建物だけで職人は一部だけしかそろっていません。予定人数に達するのはもう少し先です。
「それは予定通り、来年までで構わない。今回は、お金を借りに来た」
「何に使うのかしら? 貴方お金に困ってないでしょ?」
今回の報告でも彼女の領地に特に問題はないようです。
「妹の旅立ちの資金。ついでに、色々仕入れる」
「妹の旅立ちって・・・? 武者修行の旅にでも出るのかしら?」
「そんな無茶するのは小母様の実家の人間くらい。妹は料理修行の旅に出る」
そちらの方が珍しいですわよ。
でも、その言い方は失礼ですわね。強者を探して剣一本で諸国を漫遊するなんて・・・少女のロマンを感じないかしら?
「タダで貸してとは言わない。こっちにも仕入れたモノを融通する」
彼女が提示した仕入れリストを見る。塩・砂糖・油、色々な物品が並んでいる。
特に塩は重要です。ここは海に面していないし、岩塩も取れない。専売の商人から仕入れるとどうしても高くなります。こちらも長年の付き合いがあるため、今は専売の商人以外とは取引していません。
この値段は通常より安いけれど、更なる交渉の余地はあるかしら。
「お金を貸すだけじゃなく、融資しても良いけど・・・もう少し値段下がらないかしら?」
「無理。それ以上は下がらない。それが想定原価」
にべもありません。表情も言葉も硬いから、彼女を良く知らない人は喧嘩を売っているように感じるでしょう。交渉には不利な娘ね。
「愛想くらいは見せなさい。それと、始めは高めに設定して、妥協点を模索していくものでしょう?」
「価格交渉なんて面倒くさい。嫌なら断れば良い」
そもそも、原価を相手に提示しちゃ駄目でしょう。少しは利益を考えなさいよ。
「ついでに、担保」
彼女は図面を見せてきました。
何かの設計図かしら? 踏み板? 水車みたいなモノに羽根をつけて回す装置? 似たようなものを以前見た記憶が・・・
「足踏み式の脱穀した穀物選別機。密偵さんが旧式の手回し式の図面を入手してるだろうけど、こっちがもっと効率のいい改良版」
--それって、1ヶ月前に入手した設計図のことを言ってるのよね?
「解かったわよ。 で、いくら欲しいのかしら?」
うちの領地ではあまり必要ない技術だけれど、量産してほかの場所に売ることも出来ます。
無言で控えていた執事にお金を用意させます。
「想定より、少ない?」
渡した金貨の枚数を確認して、彼女がつぶやきます。
「貴方ねぇ~・・・ 仮にも融通してくれる相手の目の前で言うのは駄目でしょう。心配しなくてもそれは、さっきの設計図の分ですわ。もちろん返さなくて良いですわ。差し上げます」
「その分なら多すぎる。貸してくれるだけで良い」
「貰っておきなさい。お貸しする分は、妹さんをこっちに寄らせなさい。その時に渡しますわ」
「え~、今貸して~」
猫なで声でお願いしても、駄目ですわよ。そのつぶらな瞳を向けるのもやめなさい。
「今なら、図面だけじゃなく現物も持ってくる」
・・・仕方ありませんわね。確かに、一度に渡してしまった方が手間が省けると思わないでもないですわ。
「それにしても、妹さんって、まだ子供でしょ。護衛を貸してとは、言いませんの?」
「言わなくても、色々なところから密偵さんがコッソリついてくると想定。貴方の所もどうせ、一人くらい付けるはず。公式にはお金を融通してくれれば良い。護衛は他の人にも声を掛けてる」
「・・・」
確かに、お金を貸す時にここに寄ってもらって誰か人をこっそり付ける予定でしたけれども。
「駄メイドも付いて行くし、問題ない」
わたくしの思考を遮り、彼女はさらに言葉を続けました。
駄メイドって、うちの実家から出奔した再従兄弟の娘さんでしょ?
「全く・・・ お父様も何で、あの娘を手放すかしら?」
「手放したのではなく、勝手に出て行った」
武者修行の旅に出たはずの親類の消息を隣で聞くなんて。まさか、あの不器用な娘がメイドをやっているなんて驚きですわ。
「全く、何処かの田舎で餌付けされていれているなんて、頭が痛いわ」
片田舎でくすぶるには勿体ない腕ですわよね。でも、あの娘なら最低限の実力はありますわね。
「あの出不精にも、こっちにも挨拶に来るよう伝えておきなさい。動かないと、益々太りますわよ。全く 、たまに息子の顔を見に訪ねてみれば、居留守ばっかり・・・ 仕舞には殴り込むわよ」
「分かった。デブ性にもっと痩せるように伝えておく」
何か、微妙にすれ違ったような・・・、まあ良いですわ。
最後に、彼女に言っておかなければならないことがあります。
「そ・れ・と、貴方のところはライバル相手なんですから。お互いを蹴落とす心算でいないと駄目ですわよ! そこのところ、キチンと分かっていますか?」
「・・・分かっている。精々お互いを利用して自分の利益のために頑張る」
「分かれば良いのですわ」
その言葉に満足してうなずきます。が、彼女は一言余計な言葉を紡ぎます。
「他人を利用しようとする人はそんな事言わない。・・・面倒くさい人」
ーー何か空耳が聞こえたようですわね。
ちぃちゃんは面倒くさがりですが、家族大好きなので末っ子ちゃんの安全のために陰で色々手を尽くしているというお話。
優秀で人が良い小母さんのことも結構好きです。
話中に出てきた設計図面は『唐箕』と呼ばれる物の改良型です。元はハンドルを手で回して風を起こし、穀物とゴミ等を選別する機械です。
しかし、彼女は無口キャラという設定にしたかったのですが交渉事になってしまうと否応なく喋らせなければならないのが悩みどころです。無口と言うより、ぶっきらぼうですね。