あるモノグサ令嬢の話
グータラ娘の朝は遅い。日が昇り、屋敷の中を歩き回る音が聞こえても、気にせず惰眠を貪る。
日が半ばまで昇っても、気にせず、眠る。仕事がなければ、気の済むまで眠る。
ずっと眠っていると、痺れを切らした悪魔が叩き起こしに来る。
彼女は食器が片付かないと、作り置きしていたバケットを私の口に突っ込む。クルミ入りのチキンサンドだった。ひと口噛み切る。
美味しい。美味しいけど・・・
「ムシャ、モグ。・・・食べなくてもいいから、今日はずっと寝ていたい」
悪魔は私の言葉を無視して、二口目を強要してくる。
仕方なく完食して、再び布団に戻ろうとするが、今度は部屋を掃除すると言う。
「寝てるから、勝手にやって」
「馬鹿なこと言ってないでさっさと退きなさい。全く、毎日だらしのない。坊ちゃんの駄目な所ばっかり似て・・・」
人間である私は悪魔に勝てる道理はない。強制的に追い出される。
オアシスを求める旅人のごとく、快適な昼寝スポットを探し求める。
さ迷った後、やっと安住の地を発見する。庭の木陰だ。
先客として見覚えのある犬が寝転がっていた。仔犬の頃に拾って『いぬいぬ』と名前をつけ、姉妹で世話をしていた犬だ。
よく懐いていたけど、大きくなって出ていってしまった。今では甘えたり構って貰うために時々、顔を見せる。
流石は半野良。動物は本能的に良いスポットを嗅ぎ分けるようだ。久しぶりにフサフサの毛を触ってみる。犬は薄目を開けたが、嫌がる様子はなく、気にせずされるがままにまどろみを続ける。
自分も犬の横に寝転がり、昼寝をする。
・・・風が涼しい。心なし、水分を含んでいるように感じる。昼寝にはちょうど良いが、今年は冷夏になるかもしれない。
--気が付いたら日が沈んでいた。・・・いつの間に? 犬は既に何処かへ行ってしまったようだ。
「ちぃ姉さま。起きて~。晩御飯だよ」
妹が起こしに来た。
「今日はわたしが作ったんだよ!」
「・・・それは楽しみ」
手をつないで屋敷に戻る。妹の手料理を食べて寝る。
実に素晴らしきは、権力者の娘という立場・・・かな?
◇◇◇
ただし、やむを得ず、起きねばならない日もある。3日に1日程度、昼過ぎに起きる。そして、妹に作ってもらったおやつを手に街へ仕事へ出かける。行先は領主直営本店だ。
寝癖も付いたボサボサ頭だけど、私がお客様対応するわけではないから気にしない。私の仕事は主に会計業務だ。
1軒間を挟んだ隣の2号店は大量仕入れした一般品を扱うが、こちらはお取り寄せ品を扱っている。
ただ、近所なので本店・2号店をまとめて仕入れ・販売状況確認を行う。
『お花の種』って、姉様の注文かな? ついでだから、花が綺麗で実が食べられるのにしよう。
「今年の秋は収穫が減りそうだらから、輸出は控えめに。契約済みの分はそのままだけど、新規売却契約は無しの方向で」
購入・販売品目と量の短期方針を立て、指示する。
その後、1時間程度、各支店の会計を確認する。頬杖をついて、屋敷から持って来たおやつを食べながら担当者の報告を聞き流す。
今回は4号支店から来た商人が、さも重大事の様に声を潜めて下らない事を報告してくる。
「お嬢。5号店の店長が店の情報を流しているらしいですぜ」
「問題ない。仕事をしっかりやってくれれば、幾らでも流して構わない。どうせ、知られて困る情報なんてさほどない」
「お嬢~。そうは言うけど・・・」
「既に出入り商人の4割は密偵兼務。気にする必要はない」
貴方が持ってきた品の購入交渉した人は、確か2つ隣の領地からの密偵さんだったかな?
「・・・マジで?」
「下心がある商人の方が安く売ってくれるし、高く買ってくれる。誰が取り扱おうと、品質が保たれていれば問題ない」
そんな些細な事、どうでも良い。それよりかは、夕食のメニューの方がよっぽど気になる。仕事をすると、お腹がすく。
今日のメニューは何だろう?
そもそも、この商品も各支店でその土地の情報を確認、本店に報告しています。商人にとってマーケティングは重要ですから目くじらを立てることはありません。
彼女は 2日休暇→仕事→2日充電→仕事→2日瞑想 という多忙なサイクルで生活しています。