ある駄メイドの話
ここの屋敷の末娘のお嬢様が旅に出ることになった。まだ、十歳なのに、だれも反対しないの?
まあ、最近は女子供が歩いていても問題ない治安だ。人さらいなど企もうものなら、すぐに衛兵が飛んできて御用だ。
ーー何故か、あたしが付いて行くことになりました。何で?
最近は兵士の訓練にも偶にしか参加させてもらえないし、屋敷で掃除や洗濯をしているより百倍良いから、良いけどね。
あんなチマチマした作業はストレスが溜まってあたしには無理だ。
お嬢様って言うくらいだから、馬車とかで行くのかと思っていたら徒歩だった。歩いて色んなところを見てみたいそうだ。あたしとお嬢様の二人旅。
野営の準備の入ったリュックを背負う。
大人の足なら1日の距離でも、子供の足では倍はかかる。野宿の回数は増えるだろう。
「これ買ってくる」
出発の朝、お嬢様の二番目のお姉さんが差し出してきた袋はあたしにそのまま預けられる。
中を見ると、金貨がギッシリ。
これ、あたしの何百年分の給料に相当するのだろう。ふと、邪な考えが頭をよぎる。
「持ち逃げしたり、無くしたりしたら、・・・どうなるか解ってる?」
お姉さんがボソッと耳元でつぶやく。
無表情で言われると、怖いって!? そんなこと一切考えていませんから。一切合切心配無用です。
気を取り直し、買い物内容を訊いてみる。正直、あたしにはこの金額に見合う貴金属とか言われても、サッパリ判らない。
「・・・一体どんなお土産を買わせるつもりなの?」
「これがお買い物リスト」
お嬢様が見せてくれたが、お買い物リストは細々とした品目が並んでいる。
だがその品目はお土産としては首をかしげる物ばかりだ。塩や砂糖って・・・どこかの店で買えよって品物一覧。
あの金貨なら個人では消費できない量が買えるんじゃない。一体どういう事?
今日は初めての野宿だ。というか、一日目から野宿だ。お嬢様育ちの彼女にはキツイのではないだろうか。
「って言うか、お嬢様は何持って来てるんですか?」
小さな背負い袋の中身は各種調味料と塩漬けの乾燥した肉のみ。すぐ食べられる食料がない。まあ、お嬢様育ちの子供に期待していなかったけれど。
「大丈夫だから、薪になるモノを取ってきて、火を起こしてくれない?」
お嬢様は被っていたヘルメットに水を汲んできて、逆さにして取っ手をつける。
もしかして、鍋の代わりですか?
「中蓋をつければ蒸し料理も出来る優れ物!」
お嬢様は自慢気だ。
さらには山を分け入って野草を採ってきた。
「お嬢様のくせに、どこでそんな知識を得てきたんですか?」
「えっ? こんなの常識でしょ?」
お嬢様はあっさり言うが、あたしは食べられる野草の見分け方なんてさっぱり分からない。
今晩の夕食は野草に干し肉の塩味がきいたスープだ。ピリ辛の香辛料も入っているし、中に入っているぐるっと巻いた葉っぱも、やけに美味しい。
「それ、まあまあの味でしょ。持っていくとこに持っていけば、1週間分の宿代くらいにはなるんだから」
即席料理だから、あまり美味しくないと言っているが、野外料理としては充分ではないだろうか。
あたしはビーフジャーキーに乾パンの予定だったんだから、雲泥の差だ。
そもそも、お子様に料理を作ってもらうあたしの女子力って・・・
いやいや、あたしは料理担当じゃなく、護衛としてお嬢様に付いてきてるんだから問題ない。
ーーそう思っていた時期があたしにもありました。
一応護衛のはずだけれど、危険なことは一切ない。護衛の力が全く発揮できない。むやみやたらに喧嘩を売る訳にもいかず、剣を振るうのは朝の自主訓練の時のみだ。
昔は盗賊なんてものがいたそうだけど、隣の領主夫人様が周囲の土地を含め撲滅させたらしい。
容赦なく盗賊を切り捨てる姿に、一部の人間には彼女は恐怖の代名詞ともなっている。
訪れた海辺の村では、塩の売買契約を結ぶ話になってました。
お子様が契約書を交わすって? 形だけでもあたしが前に出た方が良い?
「じゃあ、お願いして良い?」
お嬢様から渡された契約書を見ると、今買う分じゃなく、今後十年分の継続売買の内容だ。しかも、1回の輸送がトン単位の。
袋から一掴み分の金貨を渡す。手持ちの金貨は単なる手付金? まさか、毎回こんなに買う契約を結ぶの?
ーー結論。このお子様はオカシイ。いや、あの屋敷の人間は皆オカシイ。
あたしは普通の人だけど。
国中どころか隣国まで足を延ばし、各地を巡る。メジャーなところでは塩・油・砂糖・香辛料。珍しいところでは乾燥した海藻なんかも買う。遠隔地だから、すぐ腐るモノは除外するが、これはとお嬢様が思ったモノを種々買い込んで故郷に送る。
そして、お嬢様は訪れた土地でその郷土料理を食べ、味を盗む。その種類は千差万別だ。作り方が分からないモノは食堂の調理場を覗き込んだり、その料理人に実際に料理を教わったりする。お嬢様は代わりに違う土地の料理を教えている。
・・・あたしの役割は食べるだけ。
いけない。あたしの価値が、単なる荷物持ち以下に成り下がっている。
剣を振るう意味がダイエットにシフトしてきているのは気のせいじゃないはずだ。
ぷにっとした二の腕をつまみ、明日から訓練の時間を増やそうと心に誓う。