ある行商人の話
わたしは長年この地を小さな馬車で行き来し、行商を営んでいました。
ここ十年街道を歩いていますが、年々農地が広がり発展しているのが景色で分かります。また、街道も歩きやすく整備されています。
以前は壊れやすい壺や皿などの製品が運べない凸凹道でしたが、大型馬車が何の苦もなく通れる街道へと変わりました。さらに、近隣で頻発していた盗賊被害も減っています。
この度、領主様ご指名で王都まで作物を売りに行くことになりました。上手くいけば店を任せて頂けるとの言葉と共に、大きな馬車を付けて頂きました。また、メイドおよび護衛の兵士も随伴します。並々ならぬ期待が感じられます。
が、わたしはしがない行商人。王都では大した伝手もなく、ネームバリューもない品物は買い叩かれてしまいます。
なんとか、高く売る方法はないかと頭を突き合わせて考えますが、わたしには言われるままの値段で売るしか思いつきません。
翌日、「やってみたいことがあります」とメイドが契約書のひな型と少量の売り物を持ち、兵士と料理店に直接売り込みに行きました。
そして、夕方戻ってきたときには、何と2店で契約を取ってきました。
卸店に卸すより少量ですが、きちんと売れました。聞いてみると、実際に売りたい作物を使って料理を作り売り込んだそうです。
ただの商人には思いつかないアイデアです。
また、商人でもないのに、わたしよりも計算が早く、売買契約書の内容も正確。メイドだけではなく兵士も同様です。しかも、下っ端の唯の兵士とメイドと言うではないですか。あの領地の教育基準はどうなっているのでしょう?
今回の事で売り込み方法が分かりました。料理作成を実演し、レシピと共に売るという方法です。ある程度の量を買う事を契約した店だけ、レシピを渡します。翌年も新レシピを持ってまた契約。
3年目はこちらから売込みせずとも、向こうから売ってくれという有様です。
少々値段を安くしたくらいでは別口の商人はこちらに太刀打ちできないでしょう。
新作レシピ欲しさにこぞってこの麦や子目を買います。
あの領地のブランドは年々作物自体の質も良くなり、質の面でも有名になっています。
この王都でも人気の料理レシピを考えたのは、何と領主様だそうです。
大口で中売り業者等の卸店に売る場合は組合に入らねばなりませんが、小口なら入らなくても売買可能です。
中売り業者には恨まれましたが、一店で小口と定義されている量以上売っておらず、文句付けられません。組合の定義は国全体で決めているの変える手間が膨大です。
こんな少量の売買のために規約を変更することはありません。向こうに打ち手なし。
精々、逆恨みに注意することとしましょう。
実演販売という商売方法は画期的です。彼らは商人と充分やっていけますよ。領主様。