ある領民たちの話
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ある農民の話
領主様が代替わりした年は不作の年でした。
税として収穫した作物を納めると手元に残るのはほんの少し。いつも通りなら、冬を越せない者も出たことでしょう。
しかし、それを憂いた領主様は我々を集め仕事を与えました。腹一杯の食事が出て、飢えることはありませんでした。
子供が養えずに手放さなければならなくなった家では、領主様が代わりに引き取り育ててくださいました。
それどころか、教育・新しい農法まで教え込んで下さり、成長して戻ってきた子供たちのおかげで耕作地が大いに発展しました。
領主様のおかげでもう飢えることは無くなりました。有難うございます、敬愛する領主様。
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ある領主夫人の話
私は日々の食事にも事欠く孤児でした。
ある日、領主様がスラムを訪れたことで転機が訪れました。
領主様は私たち孤児に温かい食事と寝床を与えていただきました。さらにお屋敷でメイドとして雇って頂き、お仕事まで与えて頂きました。
領主様は下々の方にもお優しく、領民の暮らしを良くしようと常にお考えでした。彼に救われた人々は数知れません。
お慕い申し上げていましたが、私は元々はスラムに住んでいた孤児。領主様とは身分が違いすぎます。
しかし、想いが通じ、部屋にお召しになりお情けをいただきました。
あろうことか妻にまでして頂きました。
他の貴族様は愛人を持つのが当たり前で、何人もの妻を抱えると噂を聞きますが、領主様は違いました。
私だけを愛してくださり、三人の子宝に恵まれました。生まれたのは全て女の子でしたが、跡継ぎを産めなかった私にも優しい言葉を掛けていただきました。
後に一番上の娘が婿を取り、跡継ぎ問題も片が付きました。
毎日が幸せです。いつまでもお慕い申し上げています。私の愛しい旦那様。
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ある家令の話
「我が息子ながら覇気がない。あれではワシの代わりに領主は務まらんだろう。お前が領主代行をせよ」
前領主様より領主代行を命じられ5年の時が流れました。とある事故で前領主様が亡くなり、ご子息である現領主様が若くして跡継ぎとなりました。
それまでの領主様は部屋でごろごろして書物を読むか、時々農民に混じって泥遊びする
興味があるのは食べることくらいでした。ぶくぶく太り、武芸の練習もしない。なるほど前領主様が心配するのももっともだと思っていました。
しかしながら、それは間違いだと気づきました。以前より、書物を通し知識を深め、領民に混じり問題点を考えていたのでしょう。
後を継いだ途端、雌伏の時を待っていたように精力的に働き始めました。
公共事業として道路整備をするのを手始めとして、スラム対策として孤児を自ら引き取り、育て始めました。街から子供の物乞いやスリが無くなり、後年領内を支える優秀な人材へと。
税改革や特産品の開発にも着手し、そのどれもが目覚ましい成果を上げました。
けれども、これほどの実績を誇ることもなく常に領民のことを考えていました。
わたくしも年を取り、もうお仕えすることはできません。そろそろ前領主様の元へ参りますが、素晴らしい土産話が出来ます。
これからも草葉の陰から応援しています。領主様。
様々な改革を成し遂げ、後の世に名君と称えられた領主は多くの子供・孫に囲まれ亡くなりました。かの地の領民は彼の死を悼み喪に服したと言います。