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ある婚約令嬢の話


「お嬢様。お時間ですよ」

 侍女に言葉を掛けられ、素振りを止めて練習用の模擬剣を降ろす。

 通常の貴族令嬢なら剣を振り回すなんて眉を顰められてしまうが、当家は武闘派貴族として代々続いてきた家柄だ。女性が剣を持つことも許されている。

 貴族令嬢ながら、腕前は中々のものと自負している。

 一部の軍部貴族は武芸だけに偏っている者もいるが、当家は文武両道を目指している。

 わたくしも剣だけでなく、一般教養を含め貴族としての知識も勉強している。

 結婚すると王都に常駐することになるであろう夫に成り代わり行う領地経営に関しても誠意勉強中だ。


 いつもは領地にいてめったに来ることのない王都だが、今回は領主に就任した婚約者殿にお祝いの言葉を届けるために会いに来た。

 日課の素振りを終え、用意をしなければならない。


 王都に常駐している貴族ならともかく、地方の貴族は結婚相手に会うのは片手で数えるほどだ。実際、家同士の結びつきの、いわゆる政略結婚が主流なのだから本人同士の意思は関係ない。

 離れた領地に嫁ぐ場合、結婚相手に会うのは結婚当日というのも珍しくない。


 けれども、やっぱりどう思っているのかお互いに意識合わせをしたい。

 降って湧いたこの機会に、じっくり婚約者殿と話してみましょう。

 わたくしだって、女の子なのだからちょっとくらい恋に恋してみたいお年頃ですもの。


 剣を握ることもあり、領地では活動的な服を着ているけれど婚約者殿に会うのにいつもの格好で会う訳にはいかない。

 けれども、どのような装いが相応しいのかはこの侍女任せだ。

「これ、派手じゃないかしら?」

「今の夜会の流行はこれですよ」

 侍女は有無を言わさず、真っ赤なヒラヒラのドレスを押し付けてくる。背中もパックリ開いて丸見えだ。

 自分としてはもっと肌が隠れて淡い自然な色合い方が好みだ。しかも、化粧が濃すぎないか? どこのアバズレかしら・・・? こんな格好が流行りなんて、大丈夫なの? 破廉恥じゃないの?


「良いですか? 夜会というものは昼間と違って薄暗いものです。この場ではくどく見えます。しかしながら、夜のシャンデリアの光では、いつもの薄化粧やドレスでは埋没してしまいます! この赤もお化粧もそれを計算に入れた設計なんです!」

 侍女にそう言われると、言い返せない。わたしは領地に籠りきりで夜会に出席した回数など片手で足りる。

 自信たっぷりな侍女に「はい、そうですか」としか答えようがない。


「仕上げはこれです。これをひと吹きしてください」と香水を渡してくる。ちょっと嗅いでみるが、強く甘い香りだ。

「さあ! 婚約者殿をそのまま夜会に誘って来てください。 今日はお泊りでも、構いませんよ?」

 今夜、婚約者殿と一緒に有力貴族の夜会に出席する手配済みらしい。

「そんな破廉恥なこと出来る訳ないでしょ!?」



 どんな方に嫁いでも問題ないように自分を磨いてきた。

 『日々の努力は自分を裏切らない』お父様の言葉だ。

 では、婚約者殿に会ってきましょうか。


 馬車での移動中、気合を入れ、仕上げに香水をたっぷりかける。

 馬車の中に凄い香りが充満してしまったけれど、こんなに強い香りが流行なのかしら? 信頼している侍女の言葉に間違いはないでしょ。

 駄目ね。緊張しているから弱気になるのかしら? 貴族令嬢らしくびしっと行かなくっちゃ!


 ひと目見た婚約者殿の印象は末っ子の子豚さんだ。つまり小太りで気弱そうな少年だ。

 以前会ったのはまだ子供のころだった。その時もひ弱なお坊ちゃんという印象だった。

 これで領主が務まるのだろうか? こんな領主では領民に舐められてしまう。

 わたくしがしっかりしなければ! そのための勉強もしてきた。ここ1年は弟と共同ではあるけれど、領主代行の仕事も一部こなしてきた。




「わたくしと結婚できるなんて光栄に思いなさい」


 結婚したら、わたくしが領地経営は万事取り計らってみせましょう! 安心なさい、婚約者殿!


「・・・・・」

「・・・・・」


 わたくしの宣言を聞いて喜ぶどころか、無言の時が過ぎる。

 何か間違ったかしら? 殿方ってどんな話が良いのかしら?

 見るからに運動とは無縁の婚約者殿に今日の素振りの型がすこぶる良かった話をしても駄目でしょうし・・・


 え~と、話題、話題・・・、彼が持っている箱に目が行く。

「そちらの大事そうに持っている箱は何かしら?」

「領地経営の資金調達の足しになればと、売却を予定している宝石です」

 婚約者殿が見せた宝石箱には幾つもの宝石や装飾品が並んでいる。


 --が、これって国王様からの勲章よね? これを売る? なんて罰当たりな事をおっしゃるの!?


 それに、紫色の宝石のついた指輪・・・わたくしの見間違いでなければこれは婚約の証に両家で交わした婚約指輪のはず。

 全く同じものをわたくしも対で持っているから間違いない!

 これも売るって言うの? わたくしの目の前で堂々と言い切る婚約者殿と指輪をまじまじと見比べる。


 これはもしかして、婚約破棄の宣言ととって良いのかしら?

 前領主であるおじ様が死んだ今、王家にも媚びないし、家との関係も白紙だと!?

 それとも、剣を振り合わすような女は女性と認めないとか?


「あなたとの再会の記念に差し上げます」

 そう言って呆然とするわたくしの手を取り、『差し上げます』という建前で指輪を返却してくる。


 間・違・い・な・い。


 全くふざけている!! これほど馬鹿にされるとは!! わたくしの覚悟を踏みにじる気なの!?


 怒りに叫びそうなのを堪える。

 --いけない。ここで叫んでは貴族失格よ。

 大きく息を吸って顔を上げる。が、怒りで顔が赤くなっているのは隠せない。


「この事はお父様へご報告させていただきます」

 そう言うのがやっとだった。



 ・・・あっ、夜会。お断りの連絡をしなきゃ・・・


 まったく! 決して許しませんわよ!? も・と・婚約者殿!




 令嬢は夜会用の化粧・服装のまま来てしまいました。昔は今のような明るい照明ではなかったので、夜会は薄暗いものでした。そのため目立つように派手な格好だったのです。

 しかし、侍女が香水を『ひと吹き』と言っているのに『たっぷりかける』ボケぶり。いや、きっと緊張していたからです。


 本来、彼女は努力家で素直で良い娘なんですよ。本当に。

 彼女は別の良い人と結婚して、ちゃんと幸せになる予定です。というか、その後の彼女の話は書き終わっちゃってます。出すのは時系列的に領主話を最後まで投稿した後の番外編扱いですけどね。



補足:領主が売り払った宝石箱の中身

 父親が国から貰った勲章

 父親が上司などから褒美として頂いた宝石類

 婚約の証として両家の父親同士で揃えた指輪

 父親が妻との思い出として残していた装飾品

    以上


 元婚約令嬢は出来た人なので、自分の指輪のこと以外は口外しません。王様からの勲章を売り払ったと知られたら、怒られるどころじゃないです。即、物語終了です。

 元部下さんは勲章を見たことないので重要性に気づいていません。ここ20年で国王から勲章を貰ったのは主人公の父親・彼女の父親を含めて片手で足りる程しかいません。


 領主は知らずに、母親の形見を売っちゃってます。


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