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PEREON  作者: 屋久堂義尊
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7.龍の戦い

 二〇一五年七月十五日、静岡県静岡市葵区。

「どけ、どいてくれ!!」

 逃げ延びようとする人間なのか、それとも集まった野次馬なのか、丈は大量の人の波を掻い潜って海を目指していた。

 あの日、自分と船長を襲ったあの巨大な鎌。それが、鎌だけで無く、全身を現したのだ。

「この先未確認生物出現の為通行止めです」

 小太りの夏服を着た警官が、丈の前に立ちはだかった。

 丈は舌打ちをすると、列車の線路に乗り込んだ。

「こら、お前、そこは……!!」

 警官が丈を制止しようとすると、そこに大量に濁流のような逃げ惑う群衆が押し寄せて来た。哀れな警官は、その人のごみに飲み干されてしまった。

 丈にとっては好都合だった。

 電車もこの騒ぎで止まっていた。丈は必死に走った。線路から出て、道端に乗り捨てられていた原付バイクを拝借した。ヘルメットも置いて有ったしキーも差し込んだままだった。

「助かる」

 丈は何の迷いも無く、エンジンを吹かし、周囲の人間の流れに逆らって、バイクを走らせた。

 国道まで出て庵原まで出た辺りで、彼はバイクを留めた。

 そして見た。

 巨大な町の中央に“それ”が陣取っているのを。



 早良はこちら側に背を向けたまま海を見つめるその姿を立ち止まって見てしまった。鎌が大きく宙にぶら下がっている。ただ聞こえるのはパニックに陥った市民の声と、“それ”の息遣いだった。

 その時だった、海面が光った。いや、中からだ、海中で何かがスパークした。

『GWOOOOO、GWONWONWON!!』

“それ”に動きが有った。鎌を構えたまま、今度は海の方に突進していった。海が再び光ると、所々爆発し、その衝撃か、大津波がこちらに迫って来た。

 突進した“それ”は、津波の一番高い所に衝突し、勢いに飲まれて内地の方へ引き摺られて行った。

 そして早良は見た。引いていた大波の一番大きかった所、そこに四つん這いでうずくまる何かを。そしてそれが、二本のたくましい足で立ち上がったのを。

「……龍?」

 そこに立っていたのは、橙色の龍だった。頭に二本の二又の角を持ち、金色に光る中、黒目がはっきりと見えた。鼻先にも小さな角が生え、そして頭の角の生えている部分から、エメラルドグリーンの髪の毛が肩にまでかかっていた。腹部は蛇の腹のように波打ち、それがしっぽにまで達していた。二本の腕は小さく、しかし上腕の二の腕との関節部分から、骨が飛び出していた。

 龍はこうべを上げた。現場は更にパニックに成っていた。その中を龍は吠えた。

『PAAAAAAAAAAAAAAARGH!!』

 龍は、身体を前に少し屈めると、“それ”に向かって身体を固めた。

『GWOOOOOOOOO!!』

 龍の姿を見るなり、“それ”は突進した。真っ直ぐに龍にぶつかる。龍が足で踏ん張り、その衝撃で雑居ビルのガラスが粉々になる。龍は、両腕を使い、“それ”の攻撃を防いでいた。しかし、巨大な鎌からのリーチの長いその攻撃を防ぐだけで精一杯なようだった。“それ”はがら空きに成った龍の腹部へ噛み付いた。

『AAAAAAAAA、AAAAAAAAH!』

 龍の顔が苦悶に曲がる。噛まれたカ所から龍の赤い体液が漏れ出していた。

 龍は身体を徐々に海岸に近付けていった。押されているのだ。

 しかし龍は反撃の時を待っていた。相手のリーチの有る鎌を上に思い切り持ち上げると、一気に身体を引き寄せてから、身体を低くして回転した。龍の長い筋肉質な尾が命中して“それ”倒れた。そこがチャンスと態勢を建て直す“それ”を、龍が思い切り蹴り飛ばした。さらにそこに体当たりをくらわせた。“それ”は西の方へと動かされ内陸に追い込まれていった。



 東京都千代田区霞が関。

 そこにいた誰もが眼を疑った。

 甲殻類のような巨大生物と、それと戦う龍。潰されていく町の中、二体は組み合い、離れを繰り返した。

「一体これはどういう事なのだ!?」

 着席していたお偉いさんの一人が怒号を上げた。

 あまりにも非現実的過ぎる光景に、自分が馬鹿にされているとでも思ったのだろうか。

 しかし、坂下は分かっていた。

 これはフィクションなんかでは無い。事実今起こっている出来事なのだ。あの海洋調査の日どちらかが網にかかったのだろう。そして、今日この場に呼ばれている事こそ、万が一の為の決定だったとしても、今戦っている巨大生物達の存在を否定出来ない事実だった。

 そして坂下は、この非日常がもしかすると日常に成るかもしれない恐怖を感じていた。


 早良は高台の上に避難していた。辺り一面は茶畑だった。

 二体の巨大な姿は、まだ早良には信じられない光景だった。

 しかし、事実は事実なのだ。

 彼女はその戦いを見守る事しか出来なかった。

 形勢は一進一退だった。龍は、相手の鎌を両手で押さえ、両腕を塞がれていたが、パワーでは負けていない様子だった。一方“それ”は、しきりに龍の腹部を狙って顎を動かしていた。

“それ”は、一度素早く後方へ下がった。龍の手から鎌が解放される。龍は突然のその動きに身体を間に合わせる事が出来なく、大きく前につんのめった。そのがら空きの頭部に鎌の一撃が炸裂した。

『AAAAAAAAA……!!』

 悲鳴と共に、龍は大地に身体を沈めた。

 勝ち誇る“それ”は、鎌を口で舐め始めた。

 しかしその時だった。龍が“それ”の脚の下に頭を押し込み、角を使ってカブトムシのごとく突き上げたのだ。“それ”は、一気に突き飛ばされ、国鉄の線路と早良の頭上を通り過ぎて、東名高速道路の側へ落ちた。

 龍は立ち上がると、大きく息を吸い込んだ。一方、立ち上がった“それ”は、、龍や早良に背を向けて、背中の甲殻を開いた。中から白銀の翅が現れた。

「逃げるつもりよ」

 早良は動きだしたその翅を見た。砂埃がまき立ち、早良のいる辺りまで風がやって来る。

 次に早良は龍を見た。龍は動かずしかし僅かに仰け反っていた。

 だが次の瞬間、早良は更に非現実的な光景を目にした。仰け反った龍が、まるで弓が矢を放つように、全身の力を前へと集中させた。そして、その口から、オレンジ色に輝く火球を吐き出したのだ。それは真っ直ぐ翅を動かす“それ”に吸い込まれて行った。大爆発だ起き、早良も爆風を感じた。もくもくと煙が“それ”のいた所から立ち上る。

 ブーンと言う音が聞こえ、煙が弾け飛ぶ。その中から無傷の“それ”が、空中に現れた。脚を腹部の下に折り畳むと、鎌を獲物を狙うカマキリのように胸の前に折り曲げて、“それ”は内陸の方へ飛んだ。

「あの龍は空を飛べないんじゃ……?」

 早良は龍を見た。龍はビル街に身を隠すように四つん這いに成った。すると、龍の背中から突起物が二本、天に向かって生えた。それが広がる事によって、龍の背に長い菱形の翼が現れた。それが紅い色に発光したと同時に翼から気流が噴き出すのが分かった。龍の辺りをジェットの煙が覆うと同時に、龍は上空高くへと飛び去って行くのだった。

 残された早良は、今みた光景をどこか夢を見ているように感じた。

 しかしそれが夢で無い事が、煙の立ち昇る町を見て分かった。



 東京都千代田区霞が関。

 ざわめきが会場を包んでいた。

 防衛省の人間だろうか、一人がしきりに「総理に自衛隊出動の許可を」と叫んでいた。

 坂下は、自分の考えが決して間違いでは無かったと知った。

 駿河湾には怪物が潜んでいたのだ。それも二体も。

 坂下は自宅に連絡をした。

「あ、母さん。悪いんだけど、今日帰れそうに無いんだ。京子をよろしく」

 同時に彼は、静岡までの新幹線を予約するのだった。

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