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PEREON  作者: 屋久堂義尊
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5.海洋調査

 二〇一五年七月十一日、静岡県静岡市清水区、清水産業大学。

「失礼しました」

 坂下の研究室から飛び出したのは早良だった。

 早良はその日、ウキウキとしていた。

 坂下から、海洋調査団の一員として参加出来ると言う旨を聞いたからだった。

 海自が主導で行うらしいが、別に地元の漁師でも、大学のスタッフでも、または海自でも、彼女は拘泥しなかった。

 明日には、駿河湾の生物達と直に触れ合える。それが楽しみで仕方が無かった。

 マッコウクジラの話なんかどこかへ吹き飛んでしまった。

「今日はもう授業も無いし、明日の準備でもしようかな?」

 準備と言っても、大学で出来るのは、図鑑やノートの用意をするくらいなのだが。

「魚じゃ無くて、ゴミばかり取れるかもしれない」と坂下には言われていたが、彼女はそれでも楽しみで楽しみで仕方が無かった。

 いそいそと、図鑑を借りに図書館へ向かう彼女を、周りの学生達は不思議そうに眺めていた。

 月曜日の彼女のスケジュールは、一限目の授業だけだ。後は特別用事は入っていない。昼食も、弁当を持参していなかった。今二限目が終わり、昼休みに入った所だが、坂下からの吉報で満腹だった早良は、空腹を感ずる事無く、図書館で本を探し回っていた。

 今日は長谷川もアルバイトで大学には来ていないはずだった。だから早良は、気兼ね無く借りる本の吟味が出来た。

 それにしても、政府が自衛隊に出動要請をしてから、何だか清水の空気はぴりぴりし出していた。あくまでも政府は、潜水艦かそれに類似した兵器が、駿河湾に潜んでいるのではないかと言う主張で動いていた。

 だがそこで疑問に思ったのは、何故海自は坂下を調査メンバーに加えたのかだった。このタイミングで海洋調査をする等、ナンセンス、無駄な動きに思えたのだ。

 昔見た娯楽映画で、駿河湾に船を次々に襲う怪物が登場する映画が有った。ヘドロから出来た身体を持ち、工場の排ガスを吸って、核エネルギーまで手に入れた巨大な怪物が、海を、陸を、そして最後は空を飛び、人々を襲った映画だった。最後は、その怪物を乾燥させる事で一件落着したのだが、まさかそれと同じ状況が待っているのではと少し考えた。

 それこそナンセンスだ。早良は自分の妄想に笑みを浮かべてしまった。

 本を重ねて持ってにやにやしている女性は少し離れてみると怖い部分が有る。怪しい人間だ。

 早良はそう思い、必死に笑いを堪えるのだった。




 一方、東京都八王子市、某高校。

「やっと授業が終わったね坂下」

 京子は年寄り臭い溜め息と共に身体を机にへばり付かせた。

「原田の現社は眠いのなんの」

 京子の前に座っている女学生が、真後ろの京子の発言に頷く。

「あいつ絶対催眠術使っているよ。「え~、ですから~、このよ~な~、周期的な~、動きが~、有り~、まして~、これを~、ジュグラーの波と~、言います~」、みたいなみたいな!?」

「ちょっと四季ちゃん物真似激似なんだけど!!」

 思わず京子は苦笑してしまった。

「でしょでしょ。原田のマネならば得意なんだから」

 四季と呼ばれた少女は堂々と胸を張る。

「四季ちゃん、そんなの何の自慢にも成らないよ」

 そうか、と四季は頭を掻いた。

「どうでも良いけどご飯にしない? 私もうお腹ぺこぺこ」

 四季が提案した。

「モチ、食べようか」

 京子は四季と机をくっ付けた。二人共弁当を持参していた。

 四季のは、手作りなのだろうか、鮭のフライが入っていた。

 一方京子はミートボールだった。これは恐らくインチキだな、と京子は思った。

「じゃあ、一切万物に感謝して、頂きます!!」

 四季が気合いの入った挨拶を見せた。

「私も、お父さん以外の神羅万象に、頂きます!!」

「ちょっと坂下、お父さんに冷たくない?」

 鮭のフライをほぐして、小骨を箸で器用に摘み上げながら、四季は京子の挨拶に突っかかって来た。

「だって超うざいんだよ。この前だって、「飯食っている時にテレビは見るな」とか言っちゃってさ」

 京子はこの前の土曜日の朝の出来事を話した。

「ウチも昔はそうだったなぁ。何かご飯食べる時はそれに集中しないと失礼だ、みたいな感じでさ。坂下の家もそうじゃないの?」

 京子はミートボールを咀嚼し終わると答えた。

「でもお父さん自分は新聞読みながらご飯食べてるんだよ。それこそ集中してご飯食べなよ、って話じゃない?」

 ぷりぷりしながら京子は白米を食べた。イネが選んだ上質の発芽米だそうだ。

「あはは、それはお父さんの負けね。面白いなぁ」

 四季はキャッキャと笑った。

 一方京子は頬を膨らましている。

「笑い事じゃ無いよ、もううざいったらありゃしない」

「坂下のお父さんって仕事何やっているんだっけ?」

 一口サイズにばらされた鮭のフライを四季は口に入れた。その香りは京子にも届いた。

「私のお父さんは大学の先生やっているよ」

 四季が一瞬固まった。喉が動き、口の中の物を食道に流す事が出来たのを京子は見守った。

「大学の先生? 凄いじゃん、格好良いな」

 四季の眼には光が満ち溢れていた。

「まぁ、大学って言っても全然有名じゃ無い所だけれどね。Fランクだし」

「でも凄い事だよ。はぁ、感心しちゃうなぁ。ウチなんかしがない古本屋チェーンの店長だからなぁ」

 四季はすっかり自分の世界に入ってしまっていた。陶酔していると言う表現が正しいかもしれない。

 だが京子は、冷やかな笑みを浮かべるだけだった。

「大学教授だからってピンからキリまでじゃん。有名大学教授がセクハラした、なんて良く聞くニュースだしね。私の所もそうなるんじゃないかって不安でしょうがないよ。あの人どん臭いから、女学生相手にちゃんとやって行けているか疑問だもの」

「ふぅ~ん、そんなもんなのか。でもそっか、大学の先生じゃ新聞は仕方ないかもなあ。世間を知らない先生って嫌だもの」

「え~!? 四季ちゃんまでそんな事言うの!?」

 京子はがっくり肩を降ろした。



 二〇一五年七月十二日、静岡県富士市蒲原。

 麦わら帽子を被った早良は日焼け止めクリームを半袖のシャツから出ている腕に塗りたくった。

 今日は快晴である。ギラギラと太陽が海に反射している。このまま海水浴をしたい気分だった。

 彼女はリュックサックに日本語、英語、独語の生物図鑑を背負っていた。これだけ有れば、どんな生物が来たって対応出来るだろう。或いは新種の発見と言う可能性も有る。今からドキドキである。

「お待たせ」

 遅れて坂下がやって来た。アロハシャツに短パンと言うラフなスタイルに救命胴衣をもう着用している。

「まだ時間有りますよね?」

「ああ、もう少し有るぞ」

「お弁当食べても良いですか? この暑さだと傷んじゃいそうなので」

 弁当を用意して来た彼女の“女子力”の高さには坂下も驚いた。私なんか、駅の立ち食い蕎麦屋だ、と悔しい部分が有った。イネに今日は昼飯不要と言ったのは彼だったのだが。

 早良の弁当は三色弁当だった。卵、そぼろ、海苔がご飯の上に乗せられたシンプルな物だ。それを彼女はあくまでもマイペースに食べていた。

 まるで遠足気分だな、と早良は自分で思ってしまった。

 早良が弁当を食べ終わった後、すぐに渡辺が姿を見せた。

「そろそろ出航致します」

 渡辺はそう告げると、二人を今回の調査船へと誘った。「巡視船おおとり」と書かれていた。

 船は直ぐに港から出た。外海の方へ、駿河湾の奥の方へと向かって行った。

 船は、あるポイントで停止した。

「ここはこの前の海保の船が沈んだ地点です。網を投げます」

 船から底引き網が曳かれた。早良は緊張した面持ちでそれを見つめる。

 数分、網が海底に辿り着くまで皆待った。と、その時だった。

「ソナーに反応有り。何かがいます」

 早良はその報告を聞き、一気に恐怖心に包まれるのを感じた。

「網を引き揚げろ」

 モーターが回り出し、網が引き上げられていく。が、止まった。それ所か、逆回転をしている。モーターの力を上回る何かが網を引っ張っているのである。船が後ろ向きに引き摺られて行く。

「潜水艦か!?」

 渡辺が切羽詰った様子で船内に入った。

「潜水艦にしては動きが変です。浮き沈みも並みの速度では無いです」

「新兵器か?」

「分かりません。しかし今は船が危険な事が重要です。底引き網をパージして下さい」

 渡辺は急ぎ、船の最後尾に走った。

 そして、モーターの電源を切った。

 底引き網は、勢い良く海底へ引き込まれ、やがて全てが海中に消えた。

 甲板で海の中を眼を凝らして見ていた坂下だったが、それが兵器なのか、それとも何か別の存在なのか、分からなかった。

 おおとりは、静まり返った海の上で、ただぽつ然と揺れていた。

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