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PEREON  作者: 屋久堂義尊
12/17

11.セト急襲

「早良君、倉田君」

 海自のヘリコプターから降りて来たのは坂下と渡辺だった。

「とんだ災難だったね」

 坂下は、戦いの跡を見た。そこら辺に血が飛び散っている。ペレオンの物だろう。それに、セトが吐き出した溶解液も散らばっていた。

「二体はどうなったのです?」

 丈が切り出した。渡辺がばつが悪そうな顔をする。

「ペレオンは、静岡県沖の海に落下したとの事です」

 渡辺が困ったように話した。

「ペレオンは味方ですよ」

 丈は非難するような顔をした。先程の戦いで、丈と早良を確かにペレオンは身を挺してかばってくれたのだ。それは勘違いでは無いと、丈は思っていた。

「そんな風に安易に決め付けて良いのだろうか?」

 述べたのは坂下であった。

「どういう意味ですか?」

 丈が聞いた。

「あんな巨大な存在に人間に対する味方意識なんか有るのだろうか、と言う意味だ」

「私もそれに同感です、ペレオンにしろセトにしろ、人間に恐怖を与えるのです、ただ存在するだけで」

 渡辺だった。

「しかし、ペレオンは僕達の為に傷付いてくれたのですよ」

「倉田君、それは君が都合の良いように解釈しただけで有ると私は思うよ」

「坂下先生」

 丈ははっきり言って失望した。自衛官である渡辺が言うのは分かるが、坂下までそんな態度を取るとは分からない事だった。それはきっとペレオンとセトの戦いを見る事が無かったから言える事だ。あの戦いはそういう物だ。

 丈と早良は、あの戦いを見ていたから何となく分かっていると、丈はそう思っていた。早良がどうかは知らなかったが。

「ペレオンは人を襲いません。危険なのはセトです。セトは人を食らいます、一刻も早い対策会議を」

 丈は渡辺に向かい提案した。

「確かにそれは言えています。セトに対しての作戦会議が必要です」

 渡辺は頷いた。

「作戦会議には、倉田さん、早良さんにも参加して頂きたい」

「それは、僕は構いません。早良さんは?」

 早良はどこか上の空だった。あの惨劇を目の当たりにした人間は多少なりともショックを受ける物だろう。やられたかどうかは関係無いのだ。そんな彼女が口を開いた。

「……、セトは、奴は人を食います。何とか出来ないのですか?」

「空自が言うには、セトの空中での運動性は、味方のFを凌駕する物らしいです」

「空中戦で落とすのは無理が有るというわけか」

 丈は顎下に手を置いた。

「詳しくは作戦会議でお願いします。すぐに手配出来るようにします」

「分かりました」



 二〇一五年七月二十一日、東京都新宿区某ビル。

 夕刻、丈、早良はスーツを着て新宿駅に辿り着いた。丈は水色のシャツに、漆黒の背広を、早良は白いシャツにタイトスカートという出で立ちだった。会場は分かり辛かった。ビルが乱立しているコンクリートジャングルは静岡の小さな町で過ごした彼等にとっては巨大なダンジョンだった。

「どこでしょうかね」

「分からんな。聞いてみるか」

 どれか適当な人間を探して道を聞こうと丈はした。

「すみません」

 丈は思い切って、スーツの男に話しかけた。

「あの、東王ビルを探しているのですが……て、あれ?」

「あら、倉田さんじゃないですか」

 その男は渡辺だった。

「会場はこのビルの七階になります」

 渡辺の指差している先には、「巨大生物対策会議」と書かれた看板が置いてあった。間違い無い、ここだ。丈と早良はそのビルに吸い込まれていった。



 東京都八王子市。

「お父さん良いでしょ? ちょっとカラオケに行くだけだから」

 坂下京子はスマートフォンを片手に電車を待っていた。脇には四季と、もう一人友達とみられる女子高生がいた。京子は今日、バドミントン部の練習を終えて、家に帰るのでは無く、友人に誘われるまま遊びに出掛けたかった。所がそれには、頭の硬い父親をどうにか説得する必要が有った。

「カラオケ? そんな物に行って、お婆ちゃんが用意したご飯を食べないつもりだろう」

 坂下は、会議が行われる東王ビルの七階踊場にいた。突然娘から電話がかかって来たと思ったらこれである。

「何よ、お父さんだってお婆ちゃんの作ったご飯、遅くに食べたり残したりするじゃない」

「お父さんはな、仕事なんだ。遊びでやっているのでは無いの」

 電話越しに、舌打ちの音が聞こえた。

「何もオールするとか言っているわけじゃないでしょ!?」

「駄目な物は駄目だ、真っ直ぐ帰りなさい」

 坂下はきっぱり言い放った。勿論意地悪をしたいわけでは無く、彼は、娘の事を思って言っているのだた。

「大体そもそも、お前の高校は携帯電話を持ちこんだら駄目だろ? 何故今持っているのか?」

「だって、皆持って来ているんだよ? カラオケだって皆行っている。何でウチだけ駄目なの?」

 その時、電車がホームに滑り込んで来た。京子は構わず、電話から口を離さずに、周りの友達と乗り込んだ。

「良いか、真っ直ぐ帰るんだぞ。カラオケなんか、行く物じゃ無い」

「お父さんの分からず屋!!」

 車内だというのに、京子は大声を出してしまった。

「カラオケも駄目、ケータイも駄目、駄目ばっかり。一体私は何を許されているって言うのよ!! お父さんは良いわ、自分の好きな事やって、周りに認めて貰っているんだから。でも私だって、もっと我儘言ったって良いはずよ!!」

 京子は言い放つと、スマートフォンの通話終了をタップした。

「坂下、カラオケ行けるの?」

 四季が、恐る恐る聞いてきた。

 京子は満面の笑みを浮かべた。

「大丈夫、どうせあいつも帰って来るの遅く成るんだから、人の事とやかく言えないでしょう」

「だけど、親御さん心配するんじゃないの?」

 京子は一瞬、暗い顔をしたが、すぐに持ち直した。

「良いの、お婆ちゃんだけしかいないし。あいつは頭がかっちかちだから言っても無駄だし。行きましょう、これも青春よね」

 そう言うと、三人は八王子駅に降りて行った。



 全く、京子には呆れ果てる。坂下は一人ぷりぷりしていた。どこで育て方を間違えたのだろう。あんな我儘な娘にしてしまったのは自分の責任かもしれない。

 坂下は会場である大型の会議室に入った。

「坂下先生」

 早良と丈が近寄って来て会釈をする。

「ああ、君達か」

「先生私達は何をすれば……?」

「君達の見たまんまを話しなさい。もっとも、私はペレオンが味方とは思えないが」

 坂下はどこか疲れていた。京子の問題も有ったが、巨大な怪獣が人間に味方するなんて非現実的な事を述べるこの若者に対しても呆れていた。早良はともかくとして、丈はそこら辺の漁師だ。荒唐無稽な意見を述べる。学術的には有りえない事だった。

「坂下先生も、あの戦いを見れば見方が変わりますよ」

 丈は挑戦的だった。それが坂下には気に入らなかった。

 坂下は、自分のネームプレートが有る席に座った。その坂下を挟む形で、丈と早良は席に着いた。

「それでは、ただいまより巨大生物対策会議を行います」

 司会は渡辺だった。

 坂下は溜め息を一つ吐くと、会議に臨むのだった。



 山梨県大月市上空。

 高田は、ファントム91に乗って、哨戒活動をしていた。そしてその最中に、それと再び出会ってしまった。

 夜も更け、月が空に輝きだした頃、雲海の中で煌めく翅を見付けたのだ。セトだった。

「司令、こちらハルファス1、大月市上空にセトを確認」

「了解した、こちらも捕捉、海上に誘導し排除行動に移れ」

「ラジャー」

 高田は威嚇射撃を行った。バルカンが火を噴き、弾がセトに吸い込まれていく。しかし、セトは全く動きを見せなかった。

「司令、こちらハルファス1。目標はこちらに関心を示しません」

「進路を塞げ」

「やってみます」

 高田はアフターバーナーを吹かすと、一気に加速して、セトの前に機体を運んだ。だがセトはそれでも動きを見せなかった。

「司令、効果有りません」

「ミサイル発射を許可する」

 高田は機体を宙返りさせると、上空からセトをロックした。機体下部よりミサイルが発射される。ミサイルは、セトに一気に向かって行った。爆発。

「命中しました」

 高田が報告する。所が……。

「目標健在、繰り返す、目標健在」

 高田は煙の中、翅を動かして進むセトを捉えていた。しかし、もう残弾は無い。

 そして、ここに来てセトに動きが有った。セトは雲海の下に、降下していった。

「目標降下、繰り返す、目標降下」

 高田は報告すると、機体を別方向へと向けた。帰還するより他に方法は無かった。



「楽しかったね」

 京子は四季と一緒に八王子の駅へと向かっていた。もう一人の学友は、京王八王子に向かう為別れた。京子は横浜線ユーザーであり、四季は八高線ユーザーだった。

「しかし良かったのか、坂下? お父さん、怒っているんじゃないの?」

 四季が心配そうに話したが、京子は呵々と笑った。

「そんなの相手にしていられないよ。大丈夫、どうせあいつも帰って来るの遅く成るだろから、私が遊んでいるのも知らないだろうしね」

 京子はそう言うと、ピースサインを見せた。

「あ、ねぇ、プリやっていかない?」

「プリクラ? 別に良いけれど?」

 四季と京子は駅前のゲームセンターへと向かう方向を変えた。

「?」

 突然、四季が足を止めた。

「どうしたの?」

 京子も足を止める。

「何か、変な音聞こえない?」

「え?」

 京子は耳を澄ました。駅の案内音、列車の発車メロディー、ゲームセンターの音、そして雑踏、色々な音が聞こえた。しかし、特別おかしな音は聞こえなかった。

「何も聞こえないけれど……」

「ううん、「ブーン」ていう音が……、段々近付いて来る……!!」

 京子はもう一度耳を澄まそうとした――しかしその必要は無かった。

 八王子駅の界隈を歩む誰もがその音を聞いた。ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥンと言う音。月夜にそれは浮かび上がった。セトだった。

「何あれ」

 京子は降下して来るセトを見て、まずスマートフォンを取り出した。写真に収めようとしたのだ。

 そんな彼女の行動に関係無く、セトはスピードを上げて、一気に八王子駅の北に着地した。

「きゃああ!!」

「うわあ!!」

 人々を恐怖が襲う。降り立ったセトは、鎌を振りあげて、町を壊し始めた。

「坂下、逃げるよ!!」

 人の波が一気に駅の方になだれ込んできた。四季は、まるで魅入られたかのようにぼーっとしていた京子の腕を掴むと、駅ビルの方に走った。

 セトがこちらを振り向くのが京子には見えた。その腹がスパークする。セトが口から溶解液を吐き出した。それが八王子駅ビルに直撃した。駅ビルは、ガラガラと音を立てて、北側の入り口を塞ぐように崩れた。

「ちっ!!」

 四季が舌打ちをする。駅ビルへの退路を塞がれた群衆が淀みを作る。その人の波に呑まれた四季は、京子の手を放してしまった。

「坂下!!」

 四季はもう一度、京子の腕を掴もうとしたが、人の波に流されて、京子とは別方向に流されてしまった。

 セトが一気に八王子駅に飛びかかる。バスロータリーを踏み潰し、八王子駅の北口眼の前にぶつかった。

「きゃあああああああああああああ!!」

 京子はパニック状態に成った。向こうに遠ざかって行く四季を見て、彼女は更に恐怖を感じた。

 その目の前に、セトの焦げ茶色した鋭い脚が突き刺さる。京子は、人の流れに従って、駅前の地下通路に逃げ込むのだった。

 地下に籠った彼女は上の方でがりがりと地面を引っ掻く音を聞いて蹲っていた。

 自分が入って来た入口を見ると、セトの尻が見えた。そこから、何かが溢れ出ていた。鳥もちのようなそれは糸だった。

 京子は他の出入り口を目指して、すっかりへっぴり腰に成ったまま、向かった。その上を、セトが歩いているのが分かった。ガラガラと音を立てて、何かが差し込まれた。セトの腹部だった。

「嫌ああああああああああああああああ!!」

 京子は力の限り叫ぶと先程の場所まで逃れようとした。

 地下通路の入り口に戻ると、一緒に逃げ込んで来た多くの哀れな群衆が、糸で閉じられた入り口から必死に逃れようとしていた。しかしそれは無駄な行為だった。彼等は逆に、粘ついている糸に身体を縛られた。

 京子が振り返ると、そこにはまだセトの腹部が有った。良く見ると、セトは何かを地面に規則正しく並べていた。全部で四つ。光沢を放つその球状の物体を見て、京子はそれが何か察しがついた。それは、セトの卵だった。

「どうしたら良いの……?」

 全ての出入り口を塞がれた京子は、蹲ると泣き出すのだった。

「そ、そうだ……。電話……」

 京子はポケットからスマートフォンを取り出した。



「ペレオンは、僕達の味方だと言えます」

 丈は自分の論を対策会議のメンバーに告げた。殆どの人間が訝しげに聞いていた。丈は構わず続けた。

「ペレオンを攻撃するのは間違っていると思われます」

「その根拠は?」

 髭面の男が手を挙げて発言した。

「僕達を危機から救ってくれました」

「それは君の勝手な思い込みなのではないのかね?」

「思い込み……?」

 丈は口を塞がれた気だった。ペレオンが味方だという根拠は、彼の体験の上でしかない。それを周りにどう伝えるかだが、丈にはそのようなスキルは持ち合わせていなかった。だから彼は、早良に助けを求めるのだった。そのアイコンタクトに早良は気が付いたようだ。

「坂下先生が細胞の検査をして下さいました」

「調べてみたが?」

 坂下は自分の名前が出された事に特別驚いた感じでは無かった。むしろ、やはり来たか、と思っていたようだ。

「説明して頂けますか?」

 坂下は立ち上がると、会議室のプロジェクターを起動し、スクリーンを降ろさせた。

「これが、ペレオンの物と思われる細胞です。全くもって未知の物です。爬虫類に近い組織ですが、染色体の数もどの生物にも当てはまりません。そしてこの組織……」

 スクリーンに映された細胞がクローズアップされる。

「ミトコンドリアとは違う別の共生組織です。具体的な活動は、免疫のようです。壊れた細胞を修復する機能も持っています。しかも、とてつもないスピードで。こんな物は見た事も聞いた事も有りません」

 坂下がキーボードを叩くと、次の画像が現れた。

「一方これは、セトの物と思われる細胞の組織です。これも一見現存する生物とは異なるように思えますが、実は古代の節足動物の系譜になります。アノマロカリスのような物を先祖に持っているのでしょう。それが、海中での核実験で、あのような巨体に生まれ変わったのだと考えられます」

 坂下はプロジェクターの電源を切った。

「それで、坂下さんの意見を聞いて何だと言うのか?」

 面長の眼鏡の男が早良に聞いた。

「ペレオンは、神なのではないかという事です」

 一気に会場にどよめきが生まれる。この発言には、坂下は勿論、丈も驚かされた。しかし早良は続けた。

「ペレオンは、裁く者です。セトという生まれてしまった超自然的存在を、ペレオンが裁いているのではないでしょうか」

「面白い意見だ」

 面長眼鏡が笑う。ねちっこく笑う。その眼は完全に彼女を馬鹿にしていた。

 その時だった。

「失礼します!!」

 突如ドアが開き、若い自衛官らしき人物が入って来た。

「何だ、今会議中なのだぞ!!」

 髭面の男が怒りを露わにした。

「は、緊急の伝達事項です。八王子に、セトが出現しました」

「八王子だと……?」

 辺りには、先程早良が作り上げた物とは違うざわめきが生まれた。

 坂下は、まさかと思った。急いでスマートフォンを取り出すのだった。京子の連絡先を導きだすと、そこに電話をかけた。



 京子のスマートフォンが震えた。京子は先程から、父に電話をかけようかけようとしていたが、震える指先で、彼の連絡先を探す事は出来なかった。そんな時に、向こうから電話が有ったのだから幸運だった。京子は指先を震わせないように慎重に運び、耳元にスマートフォンを当てた。

「……もしもし……?」

「京子か? お前今どこにいるんだ?」

「お父さん、私、私ね……、今八王子にいるの」

「八王子!? 真っ直ぐ帰ったのじゃないのか!?」

 京子は泣いた。泣くしか無かった。

「お父さん、ごめんなさい……。私今、セトに閉じ込められてしまって。卵が、卵が植え付けられているの……」

 京子は慟哭にのまれていった。



 坂下は氷のごとく固まっていた。

 スマートフォンを耳から離すと、大声で叫んだ。

「早く、早く自衛隊を出してくれ!! 救出作戦を実行してくれ!!」

「坂下先生、どうされたのですか?」

 早良は驚いた。こんなに取り乱している坂下を見るのは初めての事だった。

「娘が、京子が閉じ込められているんだ!!」

 坂下は叫んだ。渡辺がばつが悪そうな顔をする。

 髭面が先程入って来た自衛官に、何事か耳打ちした。

 丈はその展開に、どうしたら良いのか考えていた。状況が分からない。どうしたら坂下は満足してくれるだろうか。

 自衛隊が突入するのは簡単である。しかし、閉じ込められているのは坂下京子だけなのか。そんな事は無いだろう。救出作戦を立てるのも情報が無いと始まらない。

「坂下君、落ち着きなさい。娘さんは、一人で監禁されているのかい?」

 髭面がゆっくりと話す。

「聞いてみます」

 坂下はもう一度スマートフォンを耳に当てた。

「京子以外にも何人か人質が、地下通路にいるそうです。入り口は、片方は糸で塞がれていて、もう片方はセトの腹が壁と成っているようです。え……? 卵、卵も有るようです」

 坂下の発言に髭面が難しい顔をした。

「卵が有ると言う事は、時間が無いと言う事だな。救出隊を急ぎ作りあげよう」

「お願いします」

 坂下は頭を下げた。

「取り敢えず、スマートフォンを切るのだ。電池が無くなれば、娘さんの安否の確認が出来なく成る」

 坂下はハッとした。確かにそうだった。

「京子、一度切るからな。良いか、余計な事に電池を使うんじゃ無いぞ。必ず、必ず助けが行くからな」

 坂下はそう述べると、恐る恐る通話を終了した。

「坂下先生」

 早良が心配そうに覗き込む。

「大丈夫だ、きっと大丈夫だ」



 その日、政府は東京都全域に、緊急避難警報を発動させた。

 同時に八王子駅前に閉じ込められた京子達民間人を救出する部隊を自衛隊が形成した。

 丈、早良、坂下は立川のホテルで休んだ。坂下は始終黙りこんでいた。それに対して早良はまだ楽観的だった。だから彼女は坂下に、自衛隊が翌朝に救出作戦を展開するから大丈夫だと必死に述べていた。

 だが丈は、そんな事が叶うのかと疑問に思っていた。彼には、敵の神経を逆撫でするだけだと思えてならなかった。

 一方坂下京子は、眠れぬ夜を過ごしていた。セトの腹が波打ち、卵が異様な光を放っていた。京子は見てしまった。薄い卵の殻の向こうから、ぐるりと何かが蠢いていた。孵化が近いのか。もし生まれたら、餌は私達だ。京子は確信した。

「お願い、助けて……」

 セトは八王子の駅前ロータリーに腹部を埋めると、鎌をたたみ、脚を折り曲げて、所々融解した八王子駅ビルに頭をもたれけて眠っていた。



 二〇一五年七月二十二日、東京都立川市、日付変更時間を周ったころ。

「何ですって!?」

 坂下は思わず大声を上げる。それは、彼の娘が八王子の駅前に取り残されていると説明した後だった。

「今後、セトの横行を見過ごすわけにはいかないんだ。分かってくれ、坂下君」

 その発言に憤りを感じているのは坂下だけでは無かった。

「あのまま、閉じ込められた民間人諸共吹き飛ばすつもりですか!?」

 早良が食って掛かる。丈は、こんなに怒った彼女を初めて見た。

「だからそうとは言っていない。救出隊を送り込む」

「でも、それが失敗したら……」

 坂下に詰め寄られた髭面の自衛官は頷いてみせた。

「救出隊と言うが具体的な作戦案が?」

「ヘリコプターで、奴を誘い込む。その隙に奴の巣となった地下通路を覆う糸を取り払い、そこから民間人を救出する」

 早良が息を飲んだ。

「そんな幼稚な作戦しか思い付かないんですか!?」

「幼稚?」

「もしもセトが、ヘリコプターに興味を見せなかったらにっちもさっちも行かなく成りますよね?」

 早良は眼を細めてその自衛官を睨み付けた。

「それはそうだが」

「奴は、空自の攻撃も無視して八王寺に飛来した模様です。ヘリコプターに興味を示すかどうかは怪しい面が有ります」

 渡辺が冷静に応じる。

「ではどうしろと言う? たった数人の為に、何倍もの民草の命を危機に晒すと言うのか?」

「たった数人を犠牲にする作戦等、自衛隊として許される物なのでしょうか?」

「海自の小僧め、黙っていろ!!」

「いえ、ここでは退けません。セトは幸いにも動かないでいます。そこの所を考慮すれば……」

 渡辺が語るのを髭面の自衛官は机を叩いて妨げた。

「奴が動かない今だからこそ、攻撃のチャンスが有るのだ!! 空自のFも、あいつの空中での運動性には対対応出来ない。しかし今、奴は一カ所に留まっている。チャンスなのだ!!」

 髭面の自衛官は声を荒げて渡辺を怒鳴り散らした。渡辺はその唾の嵐を浴びたが、全く怯まなかった。それ所か、ますます冷静さを深めていった。

「……、では、救出隊には私も加わります」

「勝手にしろ。だがな、所轄は違えども私の指示に従って貰うぞ」

 渡辺は、不敵な笑みを浮かべた。

「坂下先生、希望を捨てたら駄目ですよ」

 早良が窓の外の闇に眼を凝らしていた坂下にそっと微笑んだ。

「そう思いますよね、倉田さん」

 突然話題を振られて、丈は、ああ、と返すしか無かった。



 立川駐屯地近辺。

 救出隊がそろそろ発つ予定だった。

 丈は早良を管制塔前に呼び出していた。

「倉田さん、何か用ですか?」

 早良が、少しおどおどとしながら丈の前に現れた。何故か、肩で息をしている。

「早良さん、早良貴子さん、聞いて欲しい事が有るんだ」

 早良が首を傾げる。

 それを丈はイエスととった。

「早良さん、僕と付き合って下さい」

「え?」

 早良の顔面が一気に真っ赤に成った。丈はそれを見て、早良が次の言葉を発するまでに自分の想いを全て打ち明ける事にした。

「早良さんの事、一緒にセトの危機から助かった時から意識していたんだ。こんな形での出会いだけれど……、僕、早良さんみたいに頭良く無いけれど……、それでも君の事が好きなんだ。一緒に、これから時を過ごしたい」

 丈は、彼から眼を逸らしたままの早良に向かって頭を下げた。

 真夜中の二人は誰にも邪魔される事無く、時計だけがただ回るのだった。

「……良い、ですよ……」

 丈は顔を上げた。頬を真っ赤に染めた早良が右腕を押さえて立っていた。

「良いですよ」

 もう一度、小さな唇が動いた。ポニーテールが闇夜に煌めいていた。

「良いの? 本当に良いの、早良さん?」

 早良は頷いた。

 次の瞬間、早良は丈の腕の中にいた。嬉しさのあまり、丈が飛びついたのだ。

「有り難う、有り難う早良さん」

「ううん、そんな事言わないで良いんです。私はこれで良いのです」

 早良はにっこり微笑んだ。

 丈はその早良の唇に、ゆっくり近付いていった。

 だが、彼女は丈のそんな“邪な”心とは関係無い事を口走った。

「そうなんです、倉田さん!!」

「丈だ、丈と呼んでくれ」

「じゃあ丈さん、実は坂下先生がどこにも見当たらないのです」

「え? 坂下先生が?」

 丈も、それを聞いて、今は青春ムードに身を置いて良いとは思わなかった。あんな事が有った後だ、もしかしたら坂下は……?

「早良さん!!」

「え?」

「坂下先生は八王子に行ったんじゃないか!?」

 早良の眼が大きく見開かれる。

「まさか……そんな……?」

 丈は考えた。坂下が愛娘の為に自分の身を投げ捨てる事は、決して有りえない事では無い。いや、あの様子の坂下ならやるかもしれない。

「早良さん」

「はい」

 丈は西の方を睨み付けた。

「僕達も、八王子に行こう」

「……はい!!」

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