博士と助手の妹
青い空、白い雲。この景色に紫と黄色を混ぜるにはどうすればよいのだろうか?料理には調味料があり、調節が出来るが、景色を調節するのは難しい。この差はどこからくるのだろう?
「ちょっと空を黄色にしてみろ。」
「そーっすね。」
祖疎次郎が答える。一度は廃棄してやろうかとも思ったが、恥ずかしながら愛着が湧いてしまい傍に置くことにした。こんな礼儀知らずでも、まあ、あれば役に立つものだ。独り言が独り言でなくなり、寂しさが軽減される。
不意に不気味の谷という言葉を思い出した。
ゴンゴンゴン。
ロボットが人間に近づき、ある一定近しくなると不気味に感じ、そこから更に近くなるとまた不気味でなくなる、つまり、中途半端に人に似せると不気味だ、という話だが、彼は不気味でない。
ゴンゴンゴン。
「かたくりかたくりかたくりこー。」
彼が不気味でない理由は、まさに見た目だけなら人間と、彼の場合はモデルの助手と、ほぼ同一であるからだろう。助手はそういうところで無駄に才能を発揮する。我輩の発明、いや大発明はあまり手伝ってくれないというのに。
「かたくりかたくりかたくりかたくりかたくりこー。あけてー。」
……ふむ。
玄関を開けてやると、助手の妹が目を輝かせながら飛び掛ってきた。このときの為に用意した護身用機械八号を使ってやる。これはヒトが眠たくなる周波数の音波を出す機械で、二、三時間続けて使用すればどんな意思の強い者もたちまち眠ってしまう。
「かたくりかたくりかたくりこー、なにしてんの?」
きょとん、とした目で見られる。そうか、護身用の機械に必要なものをまた一つ理解したぞ。即効性だ。これで賢い我輩が更に賢くなってしまった。我輩はどこまで賢くなればその成長を止めるのか、いや、我輩は止まることなく無限に成長してゆくのだろう。これからもずっと。
それはそうと、訊かれたからには答えねば。我輩に抱きつくこやつに説明してやる。
「我輩の発明した機械で君の動きを止め、身を護ろうとしたのだ。この機械、気になるか?」
「きになるー。」
「では教えてやろう。これはヒトが眠くなる周波数の音波を出すことで、標的を眠らせる機械だ。どんな者でも二、三時間で眠ってしまう。凄いだろう?」
「すごいー。」
「だが、欠点がある。何だかわかるか?」
「うーん。そっこーせーがない、こと?」
「うむ。正解だ。流石は我が助手の妹。賢いな。」
「えへへ。」
「それを我輩は先程、自ら経験することで知ったわけだが、君は経験することなく知った。もしかすると我輩以上の才能を持っているかも知れんな。」
「それはちがうよ。よのなかにさいのうのちがいなんてほとんどなくて、たいせつなのはまいにちすこしずつでもまえにすすむこと。かたくりかたくりこはまえにすすんだし、わたしもまえにすすんでる。おなじだよ。」
「ふむ。」
こやつは時々深いようなことを言う。八歳という若さで一体何を経験したのだろうかと驚いてしまう。
よし、丁度良い。こやつの意見を参考にしてみるか。
「ところで君、料理を調味料で調節するが如く景色を調節する術を知らないか?」
この我輩でも中々思いつかないその術を、この八歳児は思いつくのか?思いついたとしてどんな方法なのか?それは可能なのか?
「しってるよーかたくりかたくりかたくりかたくりこー。」
ふむ。
ふむふむ。
我輩は先程から気になっていることがある。一つ、こやつの異常な賢さ。一つ、我輩の呼び方。前者は面白いので良いが、後者はあまり我輩にとって面白くない。
「ならそれを教えてくれんか?それと我輩のことは博士と呼びたまえ。その名で呼ばれるのは嫌なのじゃ。」
「そうなのー。じゃあー、にじゅうまんえんくれたらよびかたかえるー。ほんとはかたくりかたくりこってよびたいんだけどー、おにーちゃんがいつもおせわになってるしとくべつだよ。」
二十万、か。
「ほら、受け取るが良い。それでじゃが、何故我輩をあのような名で呼びたいのか?」
「そのほうがどきどきするからー。じゃねー。」
二十万を財布にしまうと、あやつはそそくさと去って行った。若くして将来の助手候補である彼女に敬意を示し、この我輩が手を振り見送ってやった。
景色の調節法を聞きそびれてしまったことに気付くのは、それから数分してからだった。
「はかせはかせー。あけてあけて。」
夜の十九時、我輩が寝床に向かおうと立ち上がったとき、再び彼女が訪れた。
「なんの用じゃ?良い子はもう寝る時間だぞ。」
「ふふふ、みてみて。」
「ふむ。」
筒のようなものを自信気に見せておるようだが、これは?
「けしきをちょうせつするよー。こっちきてー。」
「ふむ。」
庭に連れて行かれた。ふむ。そろそろ眠い。早くして欲しいのじゃが。
……って、景色の調節じゃと?
「えーい。ぽちっとな。」
「いやしばし待たれよっ!」
貴重な実験の際には記録を残すために様々な用意をしなければ云々かんぬん。
ヒュー、ドーンパラパラ。
「む、花火か。」
「そうだよー。はかせはけしきのちょうせつほうをかんがえるときー、じぶんであたらしいほうほうをかんがえるばかりでー、いまあるものにきづけなかったんだねー。おにーちゃんがいってたけど、はかせはいまあるものにもっとめをむければー、いまよりもっとすごいはつめいかになれるだろーって。わたしもそうおもう。」
「今あるもの、か。その進言、この天才的な脳みそに深く刻んでおこう。」
「そ、それとねー。それとー。」
「何じゃ?」
「あの、その、ね。」
珍しく言いよどんでいるようだ。どうしたのだろうか?それに、心なしか顔を赤くしているようだし、これは、照れ、か?恥ずかしがっている?それとも純粋に熱が出ている?
「はっきり言ってくれ。具合でも悪いなら医者を呼ぶが。」
「ぐあいだいじょうぶ。えーと、いうね。はかせは、なふだをつけるともっといいっておにーちゃんがいってた。わたしもそうおもう。せっかくすばらしいなまえなんだからなふだをつけないともったいないよ。」
「なんだそんなことか。」
「たいせつなことなの。じゃあねっ。」
いかにも一仕事終えた、かのような達成感を全身で表現しながら、彼女は「それだけはよろしく。」と言って足早に去って行った。
名札、か。あやつと助手、二人とも優秀な人材だが、少々名にこだわりがあるというところも同じなようだ。ふむ。優秀な助手と名に対するこだわり。これにはもしかすると関係性があるかもしれんな。いずれ実験してみよう。
「おい、何だこの薬剤は?まさかお前、また俺の名義で買ったのか?」
「うん。でもね、おかねはじぶんでよーいしたよ。」
「自分でって、それは合法的にか?」
「たぶんだいじょーぶ。はかせからもらったの。」
「へぇ。なら良いけど。」
「いいんだ?はかせをきょーはくしててにいれたんだけど。」
「脅迫!?」
「はかせがけしきのちょうせつほうをしりたいっていってたから、はなびをつくってみせてあげよーとおもって。」
「はぁ?お前、博士の為に博士を脅して金を手に入れたのか?」
「うん。」
「あー。ま、いいか。博士だし。でも、それは別として勝手に俺の名義を使ったことは怒ってるからな。」
「ふふ。おにーちゃん。わたしはね、はかせになふだをつけるようにしんげんするつもりなんだ。おにーちゃんがいったらへんたいっぽくても、わたしがいったらだいじょーぶっぽいでしょ。」
「お前。」
「えへへ。かたくりかたくりこ、か。いいなまえだね。なふだをつけてるところをそうぞうするとかおがあかくなっちゃうよ。」
「味方を得るには、共通の利益を見つけ、それに貢献すること。か。俺はお前の将来が心配だよ。」
「えへへ。」
「……けど、よろしく頼むぞ。是非とも博士に名札を着けさせてくれ。成功したあかつきには、いつでも薬剤集めを手伝ってやるから。」
「らじゃー。」