昼
標識を見て、わたしはどうして三キロも走ったのかと思ったのか正直わからなかったが、そんなことよりもなによりも、お腹が空いてきた。腕時計に目をやるとお昼の12時20分前であった。つまり、11時40分ということになる。どうして、日本人は、正確な時間を言わずに、何分前という表現をつかうのだろうか。きっと、どこかで、時間が経つのを恐れていて、まだこれだけ時間があるよというポジティブ思考から生まれた表現なのかもしれない。
私は、丁度横に牛丼屋を発見したのでそこに入ることにした。
私は、牛丼が好きだ。一時期、牛肉の値上がりによってこの世界から牛丼というものが消滅し、豚丼なる代替品が現れた時はこの世の終わりかと思ったものだ。それくらい、牛丼が好きだった。牛丼が復活した時は、当たり前だが涙を流した。当たり前である。涙がでなければ、牛丼たんに失礼というものだ。わたしは、復活第一弾の牛丼の味は、涙の味であったと記憶している。
「牛丼並盛り御待たせしましたー」
元気な声で、フリーターらしき女の子が私に牛丼を差し出してくれた。きっと、彼女は牛丼天使牛子ちゃんに違いない。なぜならば、体型が牛のようだったからだ。まかないめしの牛丼の自由盛りの食べ過ぎで太ってしまったのかもしれない。幸せな子だ。
私は、迷わず、七味、紅ショウガを牛丼の上にかけた。そして、極めつけがごまドレッシングである。ごまドレッシングをかけることによって牛丼の味は贅沢なものとなると私は思っている。店頭にあるごまドレッシングは、サラダ用と見せかけて実は、牛丼用だと思う。私は、がっついた。一目をはばからず、勢い良くがっついた。
「ごちそうさまでした」
私は、そう心の中でつぶやいて、店を出た。
はて、わたしは何をしていたのだろうか。
私は、お腹が満腹になった途端に眠くなってきてしまった。どこかで仮眠をとりたいが、さすがにそんな都合のいいような場所はこのあたりには無い。公園で、たまに寝ているおじさんとかいるが、さすがにあれはない。先日も、公園の草むらの真ん中でおじさんが一人寝ていて、さながら公園の妖精のように見えた。なんとも神秘的であった。わたしも、公園の草むらの真ん中で大の字で寝てみれば、公園の妖精になれるのだろうか。しかしながら、洋服の中には小さな虫たちで溢れかえっているのだろう。想像しただけでもかゆくなってきた。
違う。このような話ではない。私は、逃げていたのだ。牛丼という至福の料理に舌鼓、なんて馬鹿なことをしている間に感じなことを忘れていた。私は、逃げなければならない。
私は、また走り出すことを決意した。