了
「つらいのに、人間が仕事をするのはなんでだと思う? 単に、生きるためだ。そこに〈やりがい〉だとか〈認証欲求〉だとか変なものを混ぜると、肝心な、本来大切な、それでいて純粋な〈生きる事〉がつい疎かになってしまう。……では革命の理由はなんだと思う? 大量の犠牲を出してでも行う理由は何だと思う? そう、単に、今ある政府よりも次の政府に期待が持てるからだ。虐げられた側が、楽になるためだ。〈民衆が〉とか〈宗教家が〉とか〈志士が〉とかいった主語は、はっきり言って無意味だ。そんなもの、誰でもいいのさ。そして、その〈理由〉が疎かになったら? 動機に酔い、自らの生きざまに酔い、自分の精一杯考えた、他人への稚拙な批判に酔い、怒れる自分に酔い、恨み憎み否定し続けた筈の権力を・手にした途端に酔い、人を馬鹿にして自分だけ偉い気になって、敵を四方八方に作り、厚顔無恥な醜態を晒し、〈弱者〉を疎かにする。いや、〈改革の為〉とかいう信念の為に、犠牲にする。大規模な〈改革〉ばかりではない。今までの〈革新派の失敗〉なんてものは、全てそれさ。〈保守〉を無能だと思いたい〈革新派〉の欺瞞さ。……だが宗英、保守が腐ったのならば、どうしたって革新は避けられない。〈大多数の弱者〉は、優秀な人間が革新派にいる事をひたすら祈るしかできない」
「知仁様、それは一体……」突然の知仁の言葉に首を傾げる大橋。
だがそれには答えずに、「『青龍』らの『駒』の『向き』、変わった事は無かったか?」と、にやりと笑みを浮かべて聞く。
大橋はどきりと核心を疲れたように黙る。そして額から汗を垂らしながら、「今まで我々の『駒』の向きは上、敵方の『駒』の向きは下。そして初めて『青龍』を観測した日、それは円形で、どちらの向きも向いていませんでした。なのに……なのに、あの日から、『青龍』と『白虎』がやり合ったあの日から、形が変わり、『青龍』が右を向き、『玄武』『朱雀』『白虎』が左を向きました。……これは、どういう……」
「簡単な事さ。『ジンム』が観測し、判断したのさ――第三・第四の勢力を。我々上下の〈保守勢力〉と、左右の〈改革派〉だ。右を向くのは〈壁の破壊〉を望む勢力で、一種の〈カルト〉だ。左を向くのはこの国の力関係を崩そうとする勢力、言うなれば〈下剋上〉の勢力だろう。やがて、女性科学党から離れて〈大衆主義〉となり、大きな勢力になる。……全部予想だけどね」知仁は優しく微笑む。
「それは……その……一体…………」大橋の身体が震えている。
「人と人との闘争が始まるということだ。『ジンム』のお遊びが、殺し合いへと転じたのさ。これは確かだ。避けられない。そして犠牲になるのはいつでも〈弱者〉だ。さて、〈繁栄神〉〈破壊神〉と役者がそろった訳だ。誰が、何が〈創造神〉となるかな」知仁はさも楽しそうに、くすくすと笑った。「〈外〉に〈内〉が〈観測〉された。世界は変わらざるを得ない」
――幸於と相手『駒』である『青龍』との戦闘により、〈壁〉が一時的に破壊され、女性科学党からの脱走者二名を〈外〉へと逃がしてしまった。これは確かに嘆くべきことであるが、『青龍』の『成った』『神龍』は、非常に強力で、『霖鬼』とさえも互角に渡り合った。その強力な相手に善戦した幸於を責める事は勿論出来ないし、他の『駒』についても、突然襲撃してきた『玄武』『朱雀』『白虎』相手の足どめが精一杯で、助けることなどできる状況では到底できなかった。何より、この戦闘によって谷川幸次は全治三カ月の怪我、また石破幸於にいたっては、右腕の機能を完全に失ってしまった。機械義手によって、リハビリ次第でもとの機能を取り戻す事も出来るが、『駒』としての復帰は絶望的。研究員として残る事も出来たのだが、既に本人は希望退職の願いを提出しており、犬山市での就職も視野に入れて、その手筈は整っている。本人の意向に従うのが、負傷してしまった隊員への、隊としての務めであり、誠意であろう。しかし、強力な『駒』である『角将』が『落ちる』事については、隊に、延いては国の防衛に、甚大な影響を及ぼさざるを得ない――




