ビバ黒髪
ヨブの国では、十年に一度、異世界から黒髪の美女を召喚する。
何故、黒髪なのかというと、ヨブの国では、黒が最も高貴な色とされており、ぶっちゃけ黒髪ならば、他がどんな造型をしていようと、美人のカテゴリに入るのである。
瞳も黒ならその美人度が増し、絶世の美女と呼ばれるが、それは偶然に期待するしかない。
そして何故、召喚をするのかというと、千年前この国が建国された当時から行われていた事で、現在暮らす人々の中で、正確な理由を知る者は存在しない。
だが、理由などいいのだ。
美人を召喚する事に意義があるのだ。
ビバ美人。ビバ黒髪。
今年はその十年に一度の黒髪召喚祭りが行われる年になり、ヨブの国の青年たちはいつにない興奮ぶりを発揮していた。
召喚の行われる神殿の周囲には、すでに男たちが集結して、今か今かと神殿建物の上部に配置されている鐘を見上げている。その鐘が鳴り響く事は、召喚が終了した証なのである。そしてその後召喚された美女が、神官長から白い水晶を手渡されると、彼女の伴侶となるべく人物へとその水晶玉は導かれるのだ。
そうした神殿の外での騒がしさは、神殿内部にある召喚部屋までは届かず、その部屋はとても厳かな雰囲気に包まれていた。
その部屋の中央部分には、六方陣が描かれており、それぞれの頂点に黒いローブを纏った魔道士が鎮座していた。神官長の「それでは始めよ」という低い声と共に、彼らは一斉に中心部へと術を施し始めて間もなく、六方陣の中心が光り輝き、そこから一人の女性が姿を現した―――。
彼女の姿を見て、神官長も召喚を行った魔道士たちも一斉に顔を青褪めさせた。
何故なら、彼女は黒髪ではなかった。
腰まで伸びたその髪は、紫色をしていた。
唇も紫色をしていた。
瞳は黒かったが、眉毛はなかった。
彼女は、スカートではなくズボンをはいていて、上半身は胸にサラシを巻いただけで臍が見えていた。その上に、足まで届く白いコートを羽織っていて、そこには『喧嘩上等』という漢字四文字が書かれていたが、その文字を神官長たちは読む事は出来なかった。しかし、その迫力ある文字を包みこむように描かれた龍の絵は、とても恐ろしいものに見えた。
さらに、彼女は鉄の棒を両手で握りしめており、その先端は赤い血に染まっていた。
杏奈は、突然変化した景色に、そのまま動きを止めて辺りを囲む黒いローブの男たちを見やった。
―――何だ、ここ。
今まで杏奈は、最近やたらと目につく行動の多い、隣地区のレディースを収めるために、その頭である雅美とタイマンを張っていた最中だったはずなのに、何故だか、血だらけ半泣きになっていたはずの雅美は消え、代わりに黒いローブの男たちが半泣きになっている。
杏奈は眉をしかめると、しゃがみこんでいる黒いローブの中、一人だけ違う白いローブの格好をしている白髭の爺さんが突っ立っているのに気付くと声をかけた。
「おい、てめぇジジイ。ここ、どこだよ。つか雅美はどこ行った?」
固まったまま答えない爺さんに向かって、杏奈が「おいこらてめジジイ」と再度声をかけると、その爺さんは、はっと我に返った様子で目を泳がせながらも、杏奈に話し始めた。
「ぇうぉっほん、あなたはこの度、我がヨブの国へと召喚されたのでございます。遵いまして、これk」
「うっせジジイ。いいから雅美どこだ。マジあいつぶっ殺す。武器禁止っつったのに、こんなモン持ち出しやがって」
杏奈はその爺さんの言葉を遮り、不機嫌な顔を隠さずに唸ったが、やっとこさ自分の置かれた状況が尋常ではない事に気付くと、ゆっくりと鉄パイプを持った手を下ろした。
「なに、マジここどこ? あんた誰?」
それから、先ほどそこでガクブルに震えている爺さんの言葉を思い出し尋ねる。
「ショーカンって何? もしか、ここ鑑別? それとも家裁?」
杏奈は自分の記憶がおかしくなっているのかと思い、眉をひそめて考えていると、爺さんがおずおずと杏奈に説明をし始めた。
その説明の間、杏奈の「あ?」「で?」と神官長の「すいません。ごめんなさい」という言葉以外は、スムーズに事が進み、杏奈にもなんとか理解する事が出来た。
杏奈はしばらく目を閉じて考え込んだ。
そして行き着いた回答。
「おし。夢だ、夢。起きろ、あたし」
そしておもむろに手にした鉄パイプを自身の額に叩きつけた。
ごきっと鈍い音と共に、杏奈はその場で仰向けに倒れ気絶した。
そんなこんなで意識の飛んだ杏奈にこれ幸いと水晶玉を即座に持たせた神官。その水晶玉が選んだ相手は、ヨブの国の王子様。
ふよふよ浮かんできた水晶玉に恐れをなして、国境こえて途中で盗賊団捕まえたり、蜘蛛の巣にひっかかった蝶を助けたらそれが大妖精の子供でお礼に飛竜もらっちゃったり、石像だらけの町にいた魔物倒したら石像が人に戻って平和を取り戻したり、砂漠で非業の死を迎えた恋人たちの霊を逢わせたらオアシス出来たり、岩に刺さっていた剣抜いたら、勇者の剣で魔王倒せとか言われたけど、結局魔王と会ったら幼女だったから協定結んでみたりしてまで逃げ回ったが、半年後にあっさり(いや違)捕まる。
泣く泣く舞い戻った国の塔に幽閉(え?)されていた黒髪黒目眉有の美人杏奈に一目惚れ。
今度は杏奈が王子と魔王幼女から逃げ回る羽目におちいる話はまた別の話。