気持ちをアップデート
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朝、ベッド脇に置いてある時計を見て、午前七時半過ぎになると起き出す。体は疲れきっていた。連日ずっとパソコンに向かっているためだ。ベッドから抜け出すと、起き上がり伸びをする。さすがに自由業というのは時間の使い方が大変だ。あたしは自宅で複数台のパソコンを使い、デイトレードをやっていて、ずっと株価を見続けている。大概、株取引は儲かるときは儲かるのだが、損をするときは大損するのだ。そういったことは承知でずっとマシーンを使い、ネットを通じて株を売ったり買ったりしていた。この繰り返しである。だから起床時間も普通の人より遅いのだし、就寝時間も日付が変わって午前一時過ぎとか二時など、とても遅い時間となっていた。疲れるのだが、これが株を操る人間の実態である。ずっとパソコン上にリアルタイムで表示される株価を見つめていた。朝は電機ポットでお湯を沸かし、コーヒーを一杯淹れて、トースターで焼き上がったトーストを一枚齧る。そしてパソコンが設置してある仕事場へと向かう。電源を入れて起動させてから、すぐにネットでも株価の表示されている画面に繋ぐ。ずっと三台のパソコンが同時に起動し、値上がりしそうな株があったら、自動で報せてくれる。すぐに買い注文や売り注文などが殺到し、デイトレードの世界は朝から沸き立つ。時折立ち上がってコーヒーを淹れ直し、ブラックで飲みながらまた仕事場へと舞い戻る。そういったことがずっと続くので単調だった。だけど自宅で株をするのは通勤時間も要らないし、楽だ。儲けになるかならないかは別として……。
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三十代前半だが結婚してない。都内の大学を卒業後、証券会社に勤め、株式に関する知識を絶えず仕入れていた。さすがに一流大学を出ていても、極めて就職が困難だった十年前ぐらいに運よく入れた会社で会社員をしながら、ずっと株を見るのを専門としていたのだ。十年前だと二〇〇一年で、ちょうどパソコンが一人一台となりつつあった頃である。キーを叩きながら関係書類などを作成し、上の人間のアドレス宛に添付ファイルで送る。ネットは十分普及していたので、メールなどを通じ、業務連絡が行なわれていた。あたしのいた証券会社は小さなところで、新宿のビルの一室を借り切ってやっていたのだ。社員が十五名ほどで吹けば飛ぶような会社である。そういったところで仕事をしながら、毎日業務が終わる頃になると、
〝今日も一日終わったわね〟
と思い、業務報告関係の書類を同じフロアに詰めている主任のパソコンのアドレス宛に送り、
「お先に失礼します」
と言ってパソコンを閉じ、歩き出す。疲労は極度に達していたのだが、何とか乗り切れた。ウイークデーは失語症になってしまうぐらいずっと黙ってキーを叩き続け、週末も一人で過ごしていた。今のトレーダーの仕事を始めたのは三年前の二〇〇八年で、メールを通じて誘いを受けてからだ。最初は軽い気持ちだった。単に自分が会社員時代に得てきた知識を応用するだけだ、とぐらいしか思っていなかったので……。だけど実際株を扱うのは面白い。嵌まるというのはまさにこういったことを差して言うのだろう。ずっと自宅にいて、株価を見続ける。貯めていた貯金を叩いて初期投資をしたのだが、そんな金は余裕で回収してしまい、更に取引額が大きくなるに連れ、また新たな投資が必要となった。儲けた金を注ぎ込む。そういったことを繰り返していた。
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本格的に始めるとなると、パソコンも一台じゃ足りなくなったので1LDKの自宅マンションの一室に三台同時に設置し、立ち上げてずっと見続ける。一日の業務を始める前に株に関連するニュースを読むことがまずあった。それが終わったらすぐに取引相手を探す。気持ちが蟠るときもあった。実際、自分がいろんな種類の株を買ったり売ったりしていて気を抜く暇がないからだ。だけどふっと日本時間でも深夜になると、心身ともに疲れてしまい、眠ってしまう。夕食を食べ終わり入浴を済ませて、ベッドに寝転がった瞬間意識がなくなり、すぐに眠りに落ちる。睡眠時間は五、六時間ぐらいで、別にこれと言って不足はない。ただ極めて短眠なので、起床しても疲れが溜まってしまうのを感じることはある。眠るときはいつもモーツァルトの静かなクラシック音楽を掛けていた。それである程度は疲労が癒えるのである。夜はなるだけゆっくりとしていた。努めて、である。眠るときぐらいは熟睡したいものだ。普段ずっと家にこもり、デイトレードの仕事をやっているので。ちなみに昼食と夕食を作る暇がなかったので、出前を頼んだり宅配ピザを届けてもらったりしていた。あたし自身、食事に豪勢さを求めることはまずない。昼間は大抵ラーメンかちゃんぽん、うどん、蕎麦などの麺類で頼んでも千円ほどである。夕食に多いピザも、宅配してもらって千円ちょっとぐらいで済んでいた。別に食事にお金を掛けない。大会社の社長や政治家などじゃないのだし、外食することもなかったからだ。それに食糧や日用品などもネットで注文していた。それが習慣化している。もちろん一台持っている自動車の免許の更新などには行くが、基本的に保険料など出ていくお金は全てネット上で管理していた。各種明細が届くので月にどのぐらい掛かったかが分かる。それぐらいネットというのは便利なのだった。携帯電話も最近新しい機種に切り替えて、付いていた説明書を読みながら使いこなす。基本的にメカには強いのだった。パソコンは買ったときも自力でセットアップしていたし、使うときは一々カスタマーセンターなどに連絡を取らずとも付属の説明書を読むだけで出来ていた。まあ、パソコンのセットアップはある程度マシーンに長けた人間なら誰でも可能なのだが……。
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単調な毎日が過ぎ去っていく。気持ちの方はまだアップデートできないまま。だけどそのうち、感情も変わるだろう。人間はそういう仕組みになっているのである。誰でも多少の不安や心配事などは抱え込む。だけどそれから先は吹っ切れるのだ。会社員時代はもらう給料だけしかなかったし、平のOLが取る月給は手取りで二十万程度だ。そのぐらいの金は今だったら一時間弱で稼げる。取引さえ成功すれば時給で五万や十万など軽く稼ぎ出せた。もちろん日々単調ではあったのだが……。まるで生活感がない自分を感じていた。確かにメイクもするし、髪にもトリートメントなどを付けるのだが、滅多に外出しないので、過度なお洒落は避けていた。ずっとパソコンの画面を見続ける。疲れるとは分かっていながらも、この仕事はやりがいがあった。それは株価を見て、安いときに買い込み、高値になれば売り抜けるということで、ディスプレイというものを通じ、相手と交渉し続けた結果が金として出せるということだ。地味な感じだが、これがあたしの仕事である。トレーディング自体、半ば天職となりつつあった。別に犯罪を起こしているわけじゃない。ただ株価の世界でそういったことを仕出かす人間がいるから、誤解されるのである。市場には原理がある。きちんとそれを把握していたからこそ出来るのだ。株取引自体、もう流行を過ぎてしまって市場が半ば飽和状態となっているのは間違いなかったのだが……。一瞬で一千万の金が転がり込んでくることもあれば数百万の損害が出ることもある。まあ、あたしのように会社員時代にその手の知識を得て、半ば脱サラのような感じでこの世界に身を投じている人間だからこそ出来ることではあるものの……。気持ちを切り替えられるのは昼の出前が届いたときだ。食べながら部屋をぐるりと見渡す。ゆっくりと呼吸を整えつつ。そして食べ終わったら洗面台で歯を磨き、またパソコンに向かう。あたしの生活手段はこれしかなかったのだから。確かに株の世界に閉じこもり、外の世界との接触はほとんどなかったのだが、それでもよかった。充足感は得られているので。
(了)