その5 クアンタム・フォール
数回の戦闘を潜りぬけ、数分通路を駆け抜けると、そこには如何にも重厚な扉がシェリーの前に立ちはだかる。再度地図を照合し、ここが目的の扉だと確認した。
(悠斗さんを待つ…いえ、ここは先に行きましょう。)
そう判断したシェリーはフードを深く被り、腕にある装置を稼動させた。すると光学迷彩により、シェリーの姿は周囲と同調した。迷彩が上手く動いていることを確認したシェリーはすぐにケーブルを挿し、パスワードを解除に乗り出した。
(形式は…《リシラスター式》ですか。ならば面倒ですが、以前創ったこれを使えば…。)
空中のパネルを操作しツールを使って15桁のパスワードを解除させると、すぐに画面には【Clear!!】の文字が踊った。
シェリーは思わず笑みを零したが、ゆっくりと左右に開かれる扉を見ると体を念のため壁に隠し、コートのしたからサブマシンガンを取り出す。そして扉が完全に開かれると、小型探査装置を研究室に放り込む。
(―――人はいない…。しかも監視カメラがない?…怪しいですが、今は。)
安全を確認したシェリーは部屋に飛び込み、研究室を見回す。
(非合法組織にしてはやけに新しい設備が揃っている…、まぁ《ツァーリ・ボンバ》を研究するのならば当たり前でしょうが…。)
部屋の中央には直径1メートルほどのバトミントンの羽のような形をした鈍く光る物体があった。
(これが《ツァーリ・ボンバ》…。しかし…、やけに視界がブレる…。これは一体…?)
シェリーは気力を取り戻そうと小さく顔を振るうが、視界はさらに悪くなり、気分が悪くなってくる。
「しまったっ…これは…スキル…?」
「気づくのが遅いぞ、小娘。」
出入口に頬に十文字の傷が入った男が立っていた。いかにも歴戦の雰囲気を醸し出すその男はふんぞり返っており、ため息混じりにこちらを見つめていた。
「あなたは…」
シェリーは体に鞭を打ち、サブマシンガンを構える。
「あの小僧の能力者補佐だから少しはやると思ったが…、拍子抜けだ。」男、トロフィムは体を壁に預けた。
(この男は…、今までの奴と格が違う!!)
躊躇いもなく引き金を引き、無数の弾丸をトラフィムに放つ。
「しかしその判断は評価しよう。」
(消えた!?こちらも…応戦しなければ…。)
シェリーの応戦しようとする気概も虚しく、意識は徐々に遠のいていき、その場に崩れた。
「それに、うちの兵士を無傷で戦闘不能にするその心意気。貴様を一人の戦士として扱おう。」
トラフィムはゆっくりとシェリーに近づき、手錠を懐から取り出す。
「ならよ、おっさん。うちの可愛いアシに手を出さないでくれるか?」
顔に煤が付いた悠斗は悠々と研究室に入ってくる。
「…早かったな、小僧。」
(全く気配がなかった…。)
「まぁな、ったくお宅の兵士やけに練度高かったよ。2分も時間使っちまった。」
悠斗はまるで旧友に話しかけるかのように優しく口を開く。
「…なぜ、奇襲しなかった?」
「あら?して欲しかった?」
「はぐらかすな。」
「うちの相方に優しくしてくれたから。」
「…能力者の癖に無能力者の肩を持つとは、貴様は《共存主義者》か。温室育ちにしてはなかなかの腕を持っているな。」
「温室育ちねぇ…。」
先に動いたのはトラフィムだった。
予備動作なく突如飛んだトラフィムは手から透明の無数の刃を悠斗に放つ。
(《ツァーリ・ボンバ》はあそこか、なら…。)
悠斗は直ぐ様反応し手の振り、角度から推測したあるであろう見えにくい刃をくぐり抜けていく。
(何っ!?)
そしてトラフィムまで5メートルという場所にまで近づくと、今度は悠斗が2発光弾放つ。
(速いっ!!)
トラフィムは横へ飛びながら刃を放ち撃ち落とす。そして牽制のために悠斗にも放つが…。
(いないっ!?)
背後に高熱の物体を感じるので奇襲を食らったかと思い、上へ飛ぶ。
「いらっしゃい。」「―――なっ!?」
天井には悠斗が待ち構えていた。悠斗は止めと言わんばかりにすでに発生させていた無数の光弾を一気にトラフィムに放つ。トラフィムは一瞬戦慄を感じたがすぐに冷静な対応を始めた。周囲の空気を一瞬収束させ、開放させる。そして衝撃波を発生させ、光弾を全て撃ち落とす。
「うぉおっ!!」
感嘆の声を挙げた悠斗は衝撃波を避けるために一旦下がり、悠斗とトラフィムは空中で対峙する。
「…すげぇなぁ、久々にこんなに練度が高い技を見たよ。もしかして【精鋭】か?」
「ああ、最終戦には参加していなかったが。」
「へぇ、どう?協会に入らない?給料いいよ?」
「ふん、貴様らのような犬にはならん。」
(こいつは間違いなく強い…、仕方ない。アレの力を借りるか。)
そう決断するとトラフィムは懐から注射器のような長細い先端に針らしきものが付いたモノを取り出し、迷いなく自分の腕に刺し、中の液体を注入する。
「っおい!?今お前何を注入した!?」
「―――貴様は強い…、だからこいつの力を借りるまでだ!!」
するとトラフィムの周囲に本来見えないはずであるベイズが、極小ではまるで星の瞬きのように朱色に光る。
「《量子可視化》…。」
「ハハ…、ハァハハハハハハハっ!!私は遂にレベル7に突入したのだ!!」
(マズイな…レベル7の相手は今の俺には不可能だ…。)
「安心しろ…、まず貴様を気絶させ私の傀儡にしよう。
―――楽しかったぞ!!小僧!!」
次の瞬間トラフィムの姿が消えると悠斗の前に現れ、圧縮された空気を放ち、悠斗を鋼鉄の壁に叩きつけれ、地面に落ちた。さらに感覚が鋭敏化しているトラフィムは悠斗が気絶したことを確認した。
「ふん…、いくら協会の精鋭であろうと今の私には勝てんのだぁっ!!」
トラフィムは先程の冷静さを失い、狂ったかのように笑い始める。
しかし、それを嘲笑うかのように事態は変化した。
「これは…《量子可視化》っ!?!?!?!?」
部屋中に銀色のベイズがハンドボール程の大きさで瞬き始めたのだ。
「―――うおぉ…クソいてぇ…。」
すると気絶したはずの悠斗が起き上がる。
「きっ、貴様ぁ!!まさかこれはお前の《量子可視化》かっ!?!?!?」
「ああ。実は俺リミッター着けててな、気絶するかバイタルが低下しないと外れない仕組みになってんだ。これが。…全く妙な設定にしてくれたもんだよ。」
悠斗は見せつけるかのように片手首に着けていた群青の腕輪を出す。リミッターである腕輪は粉々に砕けていた。
「この規模はレベル8…貴様、まさか【閃光】かっ!?」
「いんや違うよ、【閃光】は女だろ?」
圧倒的な格の違いを見せられたトラフィムは動揺していた。
「きょっ、協会が秘匿能力者を持っているとはどういうつもりだっ!?!?」
「お前にとやかく言われる筋合いはねぇし。」
「なっ!?貴様の能力は一体なんだ!?」
「おいおい、そもそも教えるつもりはねぇよ。お前バカか?」
悠斗にバカにされ完全にトラフィムは頭に血が回った。
「ぐぅ…、レベル8だからといって私をバカにするのかっ!?」
明らかに理性を欠けた言動に悠斗は眉を潜めた。
(…こいつはタチの悪い増強剤をドーピングしたな、質の悪いやつだってこうならないぜ。早くワクチン打たないとマズイぞ。)
「知るか、悪いがさっさと終わらせてもらう。」
「私を…バカにするなぁあああああああああああああ!!!!!!!!!」
二人の姿消え衝撃波が次々起きるが、二人の姿はすぐに現れた。今度は無傷の悠斗が満身創痍のトラフィムを壁に叩きつけ、能力を使って動きを止める。
「何をするっ!?」
「ちったぁ頭冷やせっ!!バカヤロウ!!」
悠斗は片手に持つ注射器をトラフィムの喉に刺した。トラフィムはその薬に含まれた催眠成分よって深い眠りに落ち、悠斗はホッと一息つける。
「シェリー、もういいぞ。」
「はい。―――しかし、あなたという人は…。」
地面に倒れているシェリーの映像は消え、部屋の外からシェリーが入ってきた。
「ん?なんだよ。」
「…ほら、あなたの《量子可視化》でめちゃくちゃですよ。ここの機器は。」
「…えっ?マジ?」
トラフィムを地面に寝かし、シェリーが操作しようとしている画面を見るが未だに沈黙したままだった。
「まぁ《ツァーリ・ボンバ》を処理するくらいでしたら私が持つ機器で十分ですが、繋がりを持つ組織を探れませんよ。これでは。どうするつもりですか?悠斗さん。」
「でもよ、《量子可視化》でパァになるか?最新式のやつが。」
「うちの機器はしっかりと対策しているから大丈夫なんです。もういいですよ。」
不貞腐れるシェリーは被せているアンチベイズ仕様のマントをどかし、目的の《ツァーリ・ボンバ》を固定している機械に無力化しようとアクセスを始める。
「悪かったってシェリー、でも目星付いてるからよ。」
「…本当ですか?」
「ああ、多分―――」
次の瞬間。《ツァーリ・ボンバ》は爆発した。
次でようやく第0話が終わります…。