その2 行き過ぎた犯罪組織
中東・スカンジナビア半島西部。
一世紀ほど前。中東の国々は一時的にオイルマネーによって好景気となっていたが、先進国の相次ぐ太陽パネルによる発電に移行してからは徐々に経済は後退した。未だに金でモノを言わせた設備もあるものの、さらなる宗教戦争によって行政を腐敗し、浮浪者や犯罪者が集まっていった。もちろん、未登録の能力者も言うまでもない。そして巨大な犯罪組織が多々できることは容易にわかるだろう。
「相変わらずここは酷いな…」
「そうですね…」
誰の手が全くついていない夥しい人骨。それが当たり前である行き交う住民たち。少し路地に入れば衰弱死・餓死している人間を貪る野犬や野鳥。そんな光景が街中の中心地にある協会の近代的なオフィスから見える。
異常である。しかしこれが世界の一面なのである。
「お待たせしました。」
外を見た後で眩しい小綺麗なオフィスに、日本では普通に見える綺麗なスーツを着た男が秘書を連れて入ってきた。悠斗とシェリーはその男の指した席に座る。
「始めまして、担当の箕島といいます。彼は新田くんです。」「よろしくお願いします。」
「派遣された天丘だ。」
「シルビアです。」
悠斗とシェリーはいつものように偽名で応え、握手を交わす。そうして四人はソファーに座る。
「今回こちらの要望を聞いていただきありがとうございます。」箕島が言った。
「いえ、こちらとしても事態を早急に治めたいので。調査は進んでおりますか?」シェリーが悠斗の代わりに話を進める。
「はい。新田くん。」
新田はバックからデータチップを取り出し、シェリーに渡した。シェリーはすぐにポケットからデバイスを取り出し差し込む。すると空中にパネルが現れ、保存されていたデータが表示された。
「ーーー事態はあまり芳しくありませんね。」
「はい、なので逸早く収拾していただきたいのですが…。」
「…シルビア、そんなにヤバいのか?」悠斗は何気なく言った。
そのとき空気が止まった。
「…天丘さん、先ほど説明しましたよね?」シェリーのこめかみには血管を浮き出ていた。
「聞いてなかった。」
「ちょっ、ちょっと本当に大丈夫なんですか?こちらは本気なんですよ?」
「能力者としては申し分ないんですが、性格が些か問題あるだけなので大丈夫です。箕島さん。———もう一度説明しますので、しっかりと聞いておいてくださいね。場合によっては、あなたには本気になってもらわないといけませんから。」
シェリーはデバイスに入っている資料を大型空間パネルに写した。
「天丘さん。あなたは《RSD-220》というものを知ってますか?」
「《RSD-220》?なんだそれ。」
「ならば《ツァーリ・ボンバ》は?」
「…確か《ソ連が造った水爆》…じゃなかったか?」
「ええ。軍事開発がほぼ能力者専用か対能力者になり、大量破壊兵器の開発が止まっている今、おそらく世界最強の爆弾です。」
パネルには開発当時の《ツァーリ・ボンバ》、寸胴な鉄の物体が写る。
「世界最強…ねぇ?」
「その威力は広島型原子爆弾の3300倍。または第二次世界大戦中に全世界で使われた総爆薬量の10倍といわれる、この50メガトン級核爆弾の核爆発は1,000キロメートル離れた場所からも確認でき、その衝撃波は地球を3周したと言われております。」
「ほぉ…、まさか。それを持ってる組織があるって言うんじゃないだろうな?」
「そのまさかです。」
悠斗の目の色が変わったのを確認すると、シェリーは次の映像データを写す。
「これがその《ツァーリ・ボンバ》の写真。これは特務能力者からの情報です。」
この地域にあるとは思えないほどの最新鋭の設備が整っている研究室で、悠斗が知っている《ツァーリ・ボンバ》とは半分以下の大きさの爆弾が写っていた。
「…確かなんだな?」
「おそらく。もちろん偽物である可能性もありますが、もし万が一本物であれば、あなたではないと対処しきれません。…お願い、できますか?」
「———やるしかねぇんだろ?ならやるよ。」
「ありがとうございます!いやぁ〜、一時はどうなるかと思いましたがよかったです。」
箕島が急に声をあげ、しゃべりだした。
「しかし、本当に対処できるのですか?あの《ツァーリ・ボンバ》ですよ?」
「出来る方を我々、《協会本部》が連れてきたんです。あなたが心配することではありません。」シェリーは冷たく突き放す。
「…そうですね。しかし申しわけありませんが、せめて能力だけでもお教え願えませんか?どうしても不安なのです。」
それでも引き下がらない箕島にシェリーは態とらしいため息を置き、声を大きくして答える。
「ですから———。」
「———シルビア、いいよ。」悠斗が半笑いで止める。
「本当ですか!?」箕島は嬉しそうに答える。
「ああ。」
「天丘さんっ!?」
「どうどうシルビア。———だけど、《能力名》は言えないんだよ。それは分かってくれ。」「はっ、はい。」
「ちょっと!!私を無視しないでください!!」
すると悠斗はポケットから小さなボタンが付いた筒状のモノを取り出す。そうしてボタンを押すと、壁に小さな赤い点が現れる。
「レーザー…ポインター?」
新田の声に頷き、角にある観葉植物にレーザーポインターを横切らせると、ジュッという物が焼ける音がし、観葉植物は真ん中から上が床に切り落とされる。
「「おおっ!!」」
「…んまぁ、こんなところだ。シルビア、場所は分かってるんだろ?」悠斗はレーザーポインターをポケットにしまう。
「———全く、あなたという人は。…はい。分かってますよ。」
「なら今から行くぞ。」箕島と新田は驚き、思わず声を荒げる。シェリーは分かっていたかのようにまたため息を吐く。
「何も今からじゃなくとも…」
「悪いね。こう見えて忙しいんだよ。俺は。」
そうして悠斗は二人の声も聞かず、部屋から出る。シェリーも二人に黙礼し、慌てて付いてくる。
「場所は?」
「ここから北へ120キロほど行った岩場です。」
「ならすぐ着くな。」
悠斗は鼻歌交じりにオフィスを進んでいく。
「…なぜあんなことを?」
「あんなこと?」
「能力を見せつけることですよ。」
「———本当に分かってないなら、お前はまだまだ未熟だな。」
「…はっ?」
悠斗はポケットからレーザーポインターを取り出し、くるくると指で回す。それはあたかも近くのスーパーへ買い物に行くために車のキーを回している姿にも見えた。
———数分後。
悠斗とシェリーは反重力仕様の車両で移動し、目的地近くに来ると乗り捨て、双眼鏡で岩場を目視できるところまでやってきた。シェリーが双眼鏡でデータを収集・調査している間、悠斗は砂除けのマントをパタパタと扇ぎながら、つまらなそうに空を仰ぐ。
「………。」
悠斗は砂を掴み、握り締め、投げ飛ばす。
「シェリー。どこまで終わった?」
悠斗と同様に砂漠仕様実戦服のシェリーは、双眼鏡を覗きながら片手でデバイスを叩いている。
「———必要事項の調査は終わりました。…今回はなかなか大きい組織のようです。」
「へぇ、どのくらい?」
シェリーは手の平の大きさのデバイスを操作し、要約した資料を悠斗の前に表示させる。
「《非能力者》が200人。《能力者》が13人。所有武器は………っと、これどっかの特殊部隊かよ?」
「そうですね。やはり今回も奇襲するべきですね。」
「だな…。———んじゃ、イッチョやるか。」
「お願いします。」
シェリーが高性能仕様小型装置を《アンチ・ベイズ》仕様を施したバックに入れたのを確認すると、悠斗はシェリーの腕を掴み《能力》を発動した。
二人は重力を無視し、ゆっくりと上昇を始め、宙に数メートル浮いたところで静止する。
「———さてと、のんびりやりますか。…ふぁ。」
生あくびを置き去り、悠斗とシェリーは一気に敵アジトへと直進した。