その11 愚者となるか賢者となるか
西暦2137年。
高々と広がる青空。広く横長に溢れている霞。その中を悠々と滑空している鳶。環境問題が顕著に出ていた21世紀を全く感じさせないほどの美しさが地球を包んでいる。
化石燃料、オゾンホール、砂漠化、土壌汚染。未だに解決していない問題はあるものの、2094年に蔓延した空前絶後の致死性の非常に高いウイルス感染症《Anglizamウイルス》によって、世界人口が90億人から67.4億人にまで大きく減少した。ここまで悪化したのは、偏に肥大化しすぎた環境問題が原因であり、この事態を解決することに全人類が動いた。そして数十年間人類が奮闘し続けた結果がこの現状である。
人は経験からしか学ばない。
それは起こってはならない15年戦争も、人はそうだった。
「そして、この問題もそうなのかね…。」
「“悠斗さん?“」
「ああ、なんでもない。ちょっとばかし昔のことを思い出しただけだ。」
屋上にてのんびりと寝転び、耳に当てているデバイスで協会にいるシェリーと繋げている悠斗は、胸ポケットから取り出した飴を口の中に放り込んだ。
「で、どうだった?」
「“悠斗さんの予想通りです。やはり向都郡の化学研究所跡のどこかだと分かりました。”」
「だろうな。で、具体的な場所は?」
「“それはまだ…。”」
「そうか、ちょっと頑張ってくれ。」
「“はい。今日中には必ず特定します。”」
「頼んだ。」
「“———悠斗さん、1つだけお聞きしても?”」
「…なんだ?」
「“なぜ…、そこまで入れ込んでいるんですか?依頼でもないのに…。”」
「…これはな、俺の問題でもあるんだよ。」
「“悠斗さんの?”」
「ああ。ラグナロク中に解決した問題…、あれのせいで事態は更に悪化した…。」
瞳を閉じ、瞼には今でもあの日の光景が目を浮かぶ。
『お願い…行って…。』
『なんで…なんでお前が!!』
『すべては踏み外してしまった…私のせい…、だから。私が終わらせたい。』
『一緒に…一緒に戦うって決めただろ!!』
『本当に…ごめんなさい…』
『…お前の“懐い”、』
「俺が伝える。」
「“悠斗さん?”」
「いや、なんでもない。続きは―——、すまないちょっと問題がおきた。」
ふと立ち上がった悠斗は校舎裏を見下ろした。
「“分かりました、では後ほど。”」
「ああ。…まさか、こっちでもなるとは思わなかったな。」
デバイスを胸ポケットに入れると、悠斗はその場を後にした。
◇◆◇◆◇
昼休みに校舎裏を通りすぎようとしていた良子とことみは、足止めを食らった。
「ちょっとあんたたち、私たちに何かようなの?」
良子はことみを背に起き、1年Aクラスの紋章を胸におく女子生徒3人と対峙する。
「あまり身構えないでいただけますか?私たちはただお話をしたいだけですので。」
「そんなにエネルギー量子を活性化させといてただ話だけと言うの?しかも片手にEQA。明らかに穏やかじゃない。」
「…さすがのDクラスにも分かりますか。あなたたちには、天野悠斗に対しての反面教師になっていただこうかと思いまして。」
「反面教師…?」
「彼は今現在の立場を理解していないのです。」
「立場…?」
良子は女子生徒たちと交渉しながら、周囲の状況を確認していく。
自分の能力・武装・体調、相手の武装・位置関係、周囲の環境、そして護衛対象の戦闘能力。
(これは―——。キツいな、せめてEQAさえあったらどうにでもできるけど。)
せめてAクラスのうすっぺらい震えていることみが、場馴れしていればどうにかなったものの。
ないものねだりをしてもしょうがない。
今までにもこういうことはいくらでもあった。
…大丈夫、あんな惨劇はもう繰り返さない。
良子は女子生徒たちにばれないよう、密かにエネルギー量子を活性化させる。
「彼はDクラス、それがすべてを語っています。彼の姉がいくら素晴らしい能力者であろうとも、彼自身はDクラス。あのような横暴な態度は許されません。」
(———バカらし。)
良子は仰々しくため息を吐き、会話を続ける。
「横暴な態度…、例えば?」
「最たる例は先日のEQA演習です。あの牧野先輩が手加減をしたのにも関わらず、彼や周囲のDクラスは“Dクラスでも、頑張ればAクラスの先輩の相手をできる。”と思っている。これはいけません。AクラスとしてDクラスを導かなければなりません。分かりますね?」
(何が“分かりますね?”よ。“導く”?ただ単に自分に都合がいいようにしたいだけじゃない!!)
「それで…どうするの?」
「大丈夫ですよ、ただあなたたちに大怪我をしてもらうだけで―——。」
「何が“大丈夫ですよ”だ。」
「———!?!?」
(全く…気配が全くなかった!!)
良子を含め、その場にいた誰もが突然の登場に驚いた。
「悠斗くん…いつからいた?」
「そこのお嬢さんが口上を言い始めた頃からかな。」
悠斗は良子の右斜め後ろ、約2・3メートルの付近にいた。
(そこは明らかに私の領域…なのに、分からなかった。この私が。)
「んで、Aクラスのお嬢さん。俺に用があるんだろ?ならミミッチイことすんな。それともあれか、もしかしたら強いかもしれないからか?」
(間違いない…悠斗くんはかなりの実力者だ。)
悠斗はそう言いながらことみの肩を掴み、より女子生徒たちから遠くへと優しく突き放す。
「…そのようなこと、あり得はずないじゃないですか。虚勢なのもいい加減にされた方がよろしいかと。大怪我しますよ?」
ことみはじっと悠斗を見つめる。
「大怪我ねえ。」
悠斗はAクラスの女子生徒たちの脅しをまるで子供の暴言だと言わんばかりに笑う。
「…良子ちゃん行こう。」
「えっ?」
「いいから!!」
良子はことみに引っ張れるまま、その場を後にする。
「悲しい友情なのですね。見捨てられるなんて。」
女子生徒は嫌らしく、悠斗をほくそ笑む。
「見捨てられるねぇ…。ま、とりあえず、あんたら俺に用があるんだろ?確か、手加減されたのに分かってない、だっけか?」
「そのとおり。なのでそれを思い知っていただこうかと。」
「どうやって?」
「このやって…ですっ!!」
《ベイズ・シフト》によって生み出された超加速により、リーダー格らしい女子生徒は悠斗に殴りかかる。
「———なんだ?ダンスでも始めるのか?それともエクササイズなら事足りているんだが?」
同世代の能力者を圧倒できるほどの梨乃の【加速】に着いていくことができる悠斗にとって、これくらいの速さは動作準備なくとも容易に対応することができてしまう。悠々と避けた悠斗は軽口を叩いていやる。
「———このっ!!」
今度は後ろに控えていた女子生徒が同じように殴りかかるが、それもいとも簡単に避ける。
「み、皆さん同時にいきますよ!!」「「はい!!」」
そうして女子生徒たちは同士討ちがないように悠斗を殴ろうとするが、【飛行】により生み出された巧みな重心移動によって、まるで風に揺られる柳のように避けていく。序盤はたまたまだと思っていた女子生徒たちだったが、今まで他愛なく低レベル能力者を痛めつけていたのにも関わらず今日の自分の拳は空を切るばかり。予想にもないことに彼女たちは焦り始める。
「———ん?どうしたんだ?休憩か?」
慣れない《ベイズ・シフト》の連続使用によって息が上がり始めていた。
(どうやら高レベル能力者は本当に慣れていないんだな…。)
悠斗は奏子が言ったことは本当だったと、小さくため息を吐く。
低レベル能力者はほぼ自分の【能力】を当てにしない。というのも自分の【能力】を手札に加えても、高レベル能力者ほど使う頻度が多くないのである。以前にも悠斗が言った通り、低レベル能力者の【能力】は『火力』がない。よって必然的に《ベイズ・シフト》の練度をより高度なものにしていくことが強いられてしまう。もちろん、それでも高レベル能力者の《ベイズ・シフト》には敵わない部分があるが、ただ『持久力』においては高レベル能力者を圧倒することができる。
「…皆さん、いきますよ。」
するとリーダー格の女子生徒の片手にエネルギー量子が集中する。
「そこまでです。」
【能力】を発動しようとしていた女子生徒たちだったが、思わぬ人物の登場に驚愕した。
「悠斗さん、うちの者がご迷惑をおかけしたみたいですね。申し訳ありません。」
「いんや蒼夜、こういうのは慣れっこだ。」
「しかし、これはこちらの落ち度。お詫び申し上げます。」
一種の特殊能力と言ってもいいほどの美々しい立ち振舞いによって、奈々子は一気に場の空気を安定させる。しかしその行いに女子生徒たちは憤りを感じた。
「お姉さま!?何故謝られるのですか!?元はといえば―——。」
「黙りなさい。」
その級友である女子生徒に対し、奈々子は今までのイメージを雲散させるような怒りのこもった声で女子生徒たちを抑えつける。
(うぉっ、こえぇ。)
奏子に通じるほどの圧力に悠斗は苦笑いしながら体をわざと震えさせる。
「貴方たちの言う下らない事情は容易に予想できます。」
「く、下らないっ…!?」
「悠斗さんは梨乃さんの手加減をされているのに気づかない、なのに調子を乗っている、と言ったところでしょうか?」
(怒っているのも様になっている、ってどんだけ“姫さま”なんだよw)
これはいくら自分が関わっているとはいえ、Aクラスの問題なので悠斗は傍観を続ける。
「そ、そうです!!なので、Aクラスとして―——」
「黙りなさい。と私は言っています。」
奈々子の静かな怒声に一同物怖じした。
(やべっ、俺もビビったw)
「Aクラスとは同年の学生の頂点に立つべき存在。つまり憧れの存在なのです。にも関わらず暴力によって示す、それは低俗の者がやること!!…分かりますか?貴方たちはAクラスとしてやってはならぬことをやろうとしていたのです。恥を…。」
奈々子は一拍おき、女子生徒たちに言い放つ。
「恥を知りなさい!!」
「す、すいません!!」
そう言って女子生徒たちは逃げ出す。
「おとボク?」
「…悠斗さん、うちの者がすいません。後で言っておきます。」
走り去ったのをみた菜々子は申し訳なさそうに悠斗に話しかける。
「いんや気にすんな。こっちだって北浜を使ってお前に助けを呼んだんだからな、迷惑をかけたのは俺なんだから。」
「いえ、逆に首席として示しをつけることができました。ありがとうございます。」
「ハハ…お前も大変みたいだな。」
「お前も?」
「去年の奏子姉を見ていたからな。しかも姉さんは庶民だから、なおさら大変だったみたいだよ。」
「そうですか…。それでもあのようになっているということは、努力だけではなく上に立つカリスマ性を持っておられたみたいですね。私も見習いたいです。」
「お前が言うか。」
「尊敬すべき先輩の一人であることは違いありませんから。」
奈々子は愉快そうに優しく微笑む。そこには先ほどまでの怒りの影は全く見えない。
「私も注意しておきますが、貴方は過去を見ても突出した《特異能力者》。今後も迷惑をかける可能性が―——。」
「ああ、分かってる。ドイツにいた時も散々あったよ。慣れてる。だけど、俺以外に行くのはちょぉ〜っとマズいな。」
「それは…。」
「しょうがないか…。———んま、蒼夜。よろしく頼むよ。」
「それは構いませんが…、どうなされるのですか?」
「中途半端に目立つからダメなんだ。なら…。」
悠斗は面倒臭そうにため息をつく。
「徹底的に目立つしかないだろ。」
《懐い》。ようやく出せた、悠斗という存在を構成する大事なキーファクターです。
ちなみに瑞希は大好きです。あんなに可愛い娘が男のはずが(ry
…まぁ、言わせたかっただけですがw
どうもベゼルです。寒い日が続きますが、皆さんお体大丈夫でしょうか?
なんとか今回も予定通りに投稿することができました。そして、最近一日あたりのユニーク数が大きく上がっていることにビックリしていますw これなら夢の「日別ランキング」に…? ですが、あそこにある小説は全て面白いばかり。まだまだ先は長いようです。もっと研鑽しなければ。
さて今回は主人公である悠斗をより深く描けたのではないか、と思います。
地獄の中で悠斗が体験したモノ。学んだモノ。もぎ取ったモノ。
そして、共に戦い抜いた仲間との悲しい別れと、明らかになった事実。
それらを背負い、生き続け、戦う。
それが“天野悠斗”です。
…こいつは15年戦争書かないとマズいですかね?w
で、でも…時間が…。
それでは、24日に大きなイベントがありますので、次回の投稿は3月上旬になると思います。
しかしUnknownを挟む可能性がありますが、本編はそれくらいになると思います。
また、別投稿の解説小説「「英雄に安寧の日々はない」 〜世界の歩き方〜」もよろしくお願いします。
では、ご意見・ご感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。
(特に内容についての感想をお願いします!!)
《次話執筆状況》(12/4/29現在)
「魔法少女リリカルなのは VAYU 〜風の伯爵〜」→★★☆☆☆
「英雄に安寧の日々はない」→★★★☆☆
(注意:☆☆☆☆☆ 0%/★★★★★ 100%)