その7 変わるものと変わらぬもの
2137年4月10日。水曜日。天気は薄曇り。まずまずの新学期日和だろう。
早めに登校した悠斗は奏子姉と校門で別れた後、のんびりと1-Dの教室へと入る。そこには既に過半数の生徒が雑談しており、心地のいい緊張感があった。電子化されている黒板にはあ決められた出席番号で座るよう書かれていた。ランダムによって決められている出席番号では悠斗は18番となっていた。
(お、ラッキー!!席一番後ろじゃねえか。)
総勢30人のDクラスで、横6席・縦5席に並んでいる近代的な座席に悠斗は列の一番後ろに座ることができた。そして意気揚々と座った悠斗は小学校からの習慣により、今の欧米のような椅子に小さな机に、まず1テラの学校指定であるバックアップ用小型メモリースティックを差し込み、小さな机あるタッチパネルにキーボードを立ち上げ、パスワードを入力する。そうしていつでも入力できるように準備しておく。
(———これでよし。流石は神永学院のPCだ、速いな。)
紙媒体を廃止し、このように電子化した近代的な設備は、約50年前から日本ではいち早く導入し、すべての作業をコンピュータ操作によってできるようにした。これは特に理系科目の高水準化による、さらなる教育水準の上昇に備えてのものである。
(おっと、配布プリントがあるな。先にダウンロードして読んでおくか。)
元兵士の癖か、悠斗は読める書類は読める時に読むようにしているのである。
配布プリントには、今後受ける科目の説明。一年生を教える先生の紹介。授業に必要なもの。など、数多く書かれていた。
(うぉ…こいつは姉さんに頼むか…。)
そうして悠斗は、ふと顔を上げ教室を見渡した。
「———ヒ〜ハァ〜っ!!」
「…ぁあ?」
(———やっべ、久々に潜んだから幻覚見たかな。)
悠斗は教室の出入り口から自転車に乗った男子生徒が飛び出し、そして自転車の後輪だけバランスとりながら教卓に乗ってキメ顔でこっちを見られたが、これは幻覚を見たと自分を納得させ、もう一度前を見た。
「ほぉ〜出席番号順かい、ならわての席は…ここやな!!」
と席の間を自転車を巧みに操り、悠斗の真横の席の傍らに止めると、華麗にキメ顔で席に座った。
「兄ちゃん席となりやな!!よろしく頼んまっせ!!」
「あ…ああ…。」
悠斗は今までに見ない人物が目の前に現れ、困惑した。
「わては阪本龍太郎って言うんや!!気軽に“龍ちゃん”って呼んでな♪兄ちゃん、名前は?」
「———俺の名前は天野悠斗、よろしくな。龍。」
「龍かぁ〜龍なぁ!!それもええなぁ!!」
「だろ?」
「せやせや、なんかこう…クるもんがあるなぁ!!」
「ああ。」
(なんだろうこいつ…、結構面白いな。)
「———おっとおっと悠ちゃん!!聞いてや!!」
「ん?なんだよ?」
(悠ちゃんって…)
「今日学校来て思うてんけどさぁ、なんかこの学校もっとバリアフリーを意識した方がええとおもうねん。セニョリータパンクするかと思うたわ!!」
「…セニョリータって、そのチャリの名前か?」
「せやねん。スペイン語で御嬢さんって意味やねんて。わての能力で御嬢さん乗り回してるっていうたらちょっと卑猥な感じせえへん?」
「…そうだな。でもその御嬢さんがかわいすぎるから、とりあえずセニョリータは駐輪場に置いてきたらどうだ?」
「卑猥っていう話はスルーするんや…ボケを流すとかお兄さん見た目によらずというかなんというか、結構残酷やな!!」
龍太郎は豪快に笑っているが、その笑いにどこか魅力を悠斗は感じた。
「あえて乗ってやったんだろうが。つぅか、今時自転車なんて乗っているの見たことないぞ。」
「いや~、今のはボケを殺されたと思うで普通!あ、お前もあれか、四輪駆動にあこがれる類か!見る目ないな~。今度乗ってみ!病みつきなるで!セニョリータには死んでもまたがさへんけどな!!」
「四輪どうこうの問題じゃねぇ、今はエアバイクが主流だろうが。しかもセニョリータ乗るのこっちからお願い下げだよ。そもそもここに置いていたら没収されるぞ?セニョリータ。」
「それは困るわぁ。駐輪場置いといても大丈夫なんやろうか?サドルがブロッコリーになってたりとかしたら憤死してまうわ」
「どこの学生がやるんだよ。それ。…お前の能力で必要なんだな?なら、生徒会に届けたら教室に置かせてもられるんじゃなかったか?」
「そうか!生徒会に届けたらええんやな?ちょっと真面目くさい連中やからちょっとあれやけど、セニョリータのためなら仕方ない!―――あ、お前パンク修理用のテープもってへん?階段でがっくんかっくんしたらセニョリータが耐え切られへんやったみたいやねんけど…」
「持ってるわけねぇ…あ。」
「…さてはお兄さん、実はチャリ好きやのに俺を笑いもんにしようとウソついとったな?食えないやつやなー、最初から素直に言うてくれればよかったのに!!」
「…あ、これはタッパーか。」
「いや、どんな間違いやねん!!ぬか喜びしてもうたやんけ!!しゃあないなぁ、緊急用のテープ使うか。」
「タッパーいる?」
「おぉ、おおきに!!いやー、今日の昼飯の残飯どないしようかと思うて…るわけないやろ!!どんなけタッパー押してくんねん!!」
「何となく。なんかバックに入ってた。もうそろそろ先生来るだろうか行ったほうがいいんじゃないのか?」
「せやな!また今度会うときは後ろから轢いたるから気ぃつけや!」
「分かった。返り討ちにする。―――あ、ちょっと待て。」
「?どないしたん?」
「タッパーいる?」
「もおええわ!!」
と、楽しげにツッコむと龍太郎は自転車を押して教室を出ていった。悠斗は昼食の残りを入れるためのタッパーを机の上の放って置き、小さく欠伸をすると、再び静かにざわめく教室内を見渡した。
(…うん、平和だね〜。)
桜の香りが仄かに感じる、中庭から流れる風が教室を通り廊下へと抜けていく。その中を心が踊る生徒たちが雑談している。その“色めき”は悠斗にとって非常に美しく華やかに観えた。
(「平和こそが世界のあるべき姿だ、悠斗。」)
悠斗の耳にあの言葉が蘇る。
(「だからそのために俺は死ぬ…、頼んだぞ!悠斗!!世界の行末を見届けてくれ!!」)
悠斗にはその言葉が懐かしく、どこか儚げに思えた。
(平和があるべき姿…か、確かに綺麗だよ…。この世界は。)
「———悠斗くん、おはよっ!!」
「———おはよう!」
「ああ、おはよう。白鷹、北浜。」
思い浸っていた悠斗にことみは怪訝な顔をした。
「どうかしたの?悠斗くん、なんか…。」
「なんか?なんかってなんだよ、北浜。」
「う〜ん…、なんか表現しにくい顔だったよ。悠斗くん。」
「表現ねぇ…」
良子の言葉に悠斗は苦笑した。
「———っ、セーフなのか!?遅刻は回避できたのか俺は!?」
そのとき、後ろの方の教室の出入り口から寝癖すごいイチローが入ってきた。
「残念。」
(こいつ変わんねぇなぁ…)
悠斗はニヤッと笑い、イチローに声をかける。
「マジか!?ならしょうがないか。頑張って急いで来たんだけどなぁ…あれ?しょうがないで済むもんなのか?」
「済まないな。これはもう退学だ。」
するとイチローは世界の終わりのように絶望した。
「終わった…まさかこんなところに人生の落とし穴があるなんて…。そのタッパーはあれか?荀彧に曹操が渡した張り子の弁当箱と同じ意味合いか。」
「おお、馬鹿だけどよく分かったな。」
「も、もう、何を言ってるの?全然セーフだったよ、イチローくん。」
悠斗の言葉にビックリしたことみはすぐにフォローした。
「あぶねえ!危うく自害しないといけないところだったぜ!ってかお前、さりげなくバカっていうな!俺は人よりちょっとなんかこう…ちくしょう…、なんか違うだけなんだよ!」
「あれあれ?イチローくん、“なんか”って意味が分かるかなぁ~?」
Sのスイッチが入った良子がすかさず聞いた。
「いやその、うん。・・・間に合ってよかった☆」
「ん?お前間に合うって―――」
「だからもう悠斗くんやめてあげてようよ!イチローくん、席分かる?」
「自由席!!」
キメ顔で言い放ったイチローに、悠斗と良子は爆笑した。
「いや、だから、そういうことじゃなくて…。———今日はみんな来たばかりだから、出席番号順に座るんだよ。」
「まじかよ!?俺イチローだからじゃあ席前の方じゃん!ないわぁ…」
「そうだね。」
「―――いや、違うでしょ!」
ズレてるイチローとことみに我慢しきれずに良子は止める。
「…このクラス、個性的なやつばっかだな」
「お、悠斗!!変人がいっぱいいるのか!…確かに。まともそうなのは俺とことみちゃんだけみたいだな…。」
「…はぁ。」
(こっちでも前途多難だよ。)
と、悠斗は柔らかく笑った。
世界征服さん、ご感想ありがとうございます!
頑張りますので今後もよろしくお願いします!
さて、内容ですが…この設備、大学でも導入しないかな?
それはそうと、キャラの濃いメンバーが段々多くなって来ましたねww
ちょっとDクラスの女子生徒を後2人ほど加えようと思っていましたが、しばらくは様子見て考えますかね…。
ちなみに龍太郎は、世界設定を一緒に考えてくれた友人がモデルですww
では、ご意見・ご感想・誤字脱字報告お待ちしてます。