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英雄に安寧の日々はない  作者: ハンス
第2話 リアノルド事件
19/30

その4 踊る会議室

 どこかの喜劇者が言っていた言葉をふと悠斗は思い出した。

 “人生は、クローズアップで見れば悲劇。ロングショットで見れば喜劇。”

 悠斗はこの言葉を非常に気に入っている。クローズアップなどの独特の言い回しも面白い上に、自分を主人公に見立てるとこの言葉通りの人生を送っているからである。15年戦争の最中は“死ねば楽になる”という考えが甘く感じるほどの戦線をくぐり抜け、今現在は“死ぬのは勿体ない”とよく思えるほどの幸福感を体験しており、あの憂苦が現在の福音を強調していると考えれば一度捨てた命も馬鹿にはできないなと想える。

 「———でも、この瞬間も喜劇と想える日が来るのかね。ホントに。」

 突如教室で乱闘があったあの騒ぎの後、悠斗は事の顛末の説明を奏子に任せ、そそくさとその場を後にした。神永学院としては久しぶりの大きな騒動だったので、学院中の女子たちはお祭り騒ぎと言わんばかりに噂を飛び交わせた。その中に悠斗の話もちらほらあったが、『騒ぎを速やかに抑えたのは風紀委員』という噂が上書きされ、悠斗は気分良く屋上でサボっていた。

 しかし安寧の時間はすぐに終わった。

 奏子の説明では不十分と判断したのか、生徒会執行部は悠斗に生徒会室への出頭命令が生徒手帳に送られたのである。(現在の生徒手帳は電子(デバイス)化され、教師の連絡や緊急時の伝達方法として整備されている。)

 悠斗はもう一度爛々と表示されている“出頭命令”を見る。

 『13:39に起きた騒動について説明を求めるため、HRが終了後生徒会室へ出頭を命令する。』

 「…いかにも面倒事が起きるのがビンビン伝わってくのだけど。ライセンスで拒否すっかな…、いややめよう。また緋妃(あけみ)に頼み事すんのもっと面倒くせぇし…。———打つ手なしか。」

 能力者を専門に教育する機関において、教導や鎮圧するために職員の大半が能力者である。しかし能力者が不足している現在、生徒に関わる時間は大きく限られる。時間を裂けることができない能力者一人で数十人の生徒を監督できるはずはない。よって自然に学内での自治維持活動・仲裁などの権限は生徒たち自らが行う必要があり、そして生徒たちにより決められた生徒会は生徒としては破格の権限を持っているのである。

 (まぁ、短い学院生活で統治するなら一極集中も分からないこともないけどよ…。ちょっとやり過ぎだと思うな。———でもま、そう思っても変えるつもりはないけどね。)

 もし本当に組織の体勢に疑問を思うのならば、実際に組織を変えるために正当な手続きや活動を行い、そして変えることができる状況へ導く必要がある。例え声高に叫ぶだけでは、それは無知蒙昧による無責任であることを悠斗は戦後の体験によって理解していた。

 (ん〜…、組織の体勢に慣れてしまうのは元兵士だった悪い癖…かもな。)

 東校舎の最上階である4階のフロアを占めている生徒会室執行部の扉の前に立った。

 「“生徒手帳をかざしてください。”」

 (へぇ〜なかなか本格的なシステムだこと。)

 若い女性の音声案内に従って悠斗は手に持っていた生徒手帳をかざす。数秒経つとピィンっと安っぽい音が鳴った。

 「“———確認しました。扉に入った(のち)、突き当りの部屋、協議室にお入りください。”」

 ロックを解除され、悠斗は堂々と中へ入る。白を基調とした品のある地中海風の神永学院の内装とは変化のない生徒会室内だったが、カモミールっぽい香りがそっと鼻に触っている。間違いなくあの生徒会長の趣味だろう。

 「お金が余り余っているようで…。」

 小さく溜息を吐き、悠斗は突き当りの部屋に進むとまた先ほどの音声案内があったのでかざし、中に入る。するとそこには十数人の生徒会役員が一つの長テーブルを囲んでいた。

 「———誰だ?1回生がどうしてここにいる?」

 「———悠斗?」

 殆どの役員は見ず知らずの1回生がこの場に現れたことに怪訝に思っていたが、奏子と小晴は驚いた。

 「漸くいらしたようですね。」

 そしてそれらの例外として議長席に座る碓氷(うすい)友愛(ゆあ)だけは、愉快そうに微笑んでいた。

 「…自分は昼間の騒動の説明を求められて来たんすか?」

 (どうせなら嫌われた方が後々俺に必要以上に干渉しないだろう。)

 悠斗はいかにも面倒くさげにぶっきら棒な発言する。

 「昼間の…?———会長、あの件は私に一任して頂けるはずでは?」

 「奏子さん。確かに事後処理はあなたにお願いしましたが、ちょっと看過できない問題がありまして。」

 少し高圧的に言った奏子を諌めるように友愛はやんわりと物腰柔らかく返答する。

 「看過できない問題?」

 「ええ。では御子柴くん、どうぞ。」

 「分かった。」

 すると髪は短く切りそろえられ、目からは鋭い信念が感じられる、まるで堅物を絵に描いたような大柄の男子生徒が立ち上がる。その生徒、御子柴(みこしば)智樹(ともき)は手元のデバイスを操作し、見やすい大きさで文字が表示されている資料を大型パネルに映しだす。

 「これは天野副生徒会長から提出された報告書だ。———この中で、どうも納得できない部分がある。」

 「…はい?」

 奏子は御子柴をじっと見据えて眉を寄せる。

 「考えてみて欲しい―——。Dクラスの1年がAクラスの2年を鎮圧することができるか?」

 「…はっ?」「…えっ?」

 悠斗と奏子は意味が分からないと声を落とした。しかし、周囲の役員は「確かに…。」と波立ってきた。

 「別に天野副生徒会長の報告書を信じていないわけではない。だが、そこにいる天野悠斗がAクラスの生徒2人をいとも簡単に鎮圧できるのか、と私は疑問に思っている。———どうなのか?」

 「それは―——、いえ…その…。」

 奏子はすぐに悠斗を思わず見て唇を噛み、口篭ってしまう。

 「———御子柴…先輩でしたか?」

 「———あなたっ!!勝手に発言をしないで―——」

 「いえ、結構ですよ。」

 とある女子役員が威圧的に注意しようとしたが、友愛によってやんわりと止められた。

 「彼が関わったことです、発言できずにただ議論が進んでいるというのもおかしい。———それで、()()()()。何か聞きたいことが?」

 (———チっ!!そういうことかよ…。)

 悠斗はこの茶番が友愛によるものだと瞬時に感づいた。

 「…御子柴先輩。もし、私がAクラスの男子生徒2人をいとも簡単に鎮圧できることが何か問題があるのか?」

 「問題か?あるはずがないだろ?()()()()()()()()()()()()のだからな。」

 御子柴は平静に保ったまま議論を続ける。

 「私は過去の資料を先程もまで漁っていたが、レベル2がレベル5に勝ったという事実は過去に一度もなかった。ならば本当にあるのかと問うのは通りではないか?」

 「なるほど…。」

 (———通りは…合っている。…だが。)

 「それは…。」

 奏子が発言に困っている理由に、悠斗は胸を痛くした。ここで“できる”と発言すると、その力に理由を言わなければならない。そうなれば、『B級ライセンス』か『15年戦争の生き残り』を説明しなければ、ここにいる役員は納得しないだろう。

 だが、現在その2つを発言するわけにはいかない。

 『B級ライセンス』については、協会からの《ライセンス保持の黙秘義務》が。『15年戦争の生き残り』については、「悠斗の過去を話したくはない」という気遣いが奏子を引き止めている。《ライセンス保持の黙秘義務》を破れば自分だけではなく悠斗にも罰則があるのは、奏子がTライセンスを取得するときに勉強していた。また、『15年戦争の生き残り』であることが世間に漏れたら、《連合》の生き残りが悠斗を襲う可能性が出てしまう。

 「天野さん、どうなんですか?」

 「………。」

 口篭っている奏子に余裕を醸しだす役員は嫌らしく発言する。

 (奏姉ぇ…)

 悠斗は密かに小さく顔を歪ませる。

 「奏子さん、つまりこの報告書は虚偽記———」

 「———会長さん、ちょっといいか?」

 「…なんですか?悠斗さん。」

 友愛の発言を遮ったことに半分の役員から冷たい目が向けられるが、悠斗は続ける。

 「この展開、()()()()()()な。」

 「筋…ですか…?」

 余裕の笑みを終わらせ、予想外の展開に怪訝な顔を見せる。

 「あなた先程からどういう―——」

 「そもそもよ、俺が高レベル能力者に勝てるかどうかなんざ姉さんが分かるわけないだろ?なのに何だ?お前らはこれ幸いと調子に乗ってんな。」

 「天野悠斗。それ以上の侮辱は―——。」

 「可能だよ。」

 「…なんだと?」

 言い返し、脅そうとするとある男子役員に対し、臆することなく悠斗は言った。

 (———あばよ、俺の穏やかな学院生活。)

 「ゆ、悠斗?」

 「いいさ、姉さん。いつかはバレることだ。———だから、レベル4でもレベル5でもレベル6でも。相応の準備ができれば俺は圧倒できる。」

 その言葉に部屋にいた役員たちは一気に慌ただしくなる。

 現にこの報告書では、この青年がレベル5に対して容易に鎮圧できたことが記されている。しかし、そんなことが本当にできるのか?そもそも、この報告書が嘘なんじゃないのか?と、彼らは騒いでいるのである。

 「———そんなこと、ありえません!!」

 すると一人の女子生徒が乱暴に叩きながら立ち上がり、叫んだ。

 「レベル2(落ちこぼれ)レベル5(エリート)に勝てるなんて…そんなのありえません!!」

 泣きボクロが特徴的で、顔が小さく高身長という、いかにもモデルでもやっていそうなほどのルックスを持っている女子生徒だった。髪は茶髪に染め、両手の爪には今流行りのネイルアートを施している。

 (選民意識にやられたか…。)

 「梨乃(りの)さん、そのような発言は―——。」

 「———嬢ちゃん、お前のレベルは?」

 梨乃と呼ばれた少女は親の仇を見るかのような目で悠斗を睨みつける。

 「レベル…6です。」

 「んじゃ、今から()()()ぜ。」

 友愛を含むそこにいた役員は、その悠斗の顔を見たことがなかった。まるで獰猛な狼のような笑み、そして哀れんでいる目。


 その顔に彼らは震え上がった。


 「悠斗…それって…。」

 戦時中に何度か見ていた奏子はようやく言葉を捻り出した。

 「———確か、今。そういうレベル5(エリート)に勝つレベル2(落ちこぼれ)のを、奇跡(アップセット)って言うらしいが…。」


 悠斗はもう一度その荒々しい顔を見せつけた。


 「この愛しい愛しい甘ちゃんに見せてやるよ、その番狂わせ(アップセット)を。」


大変お待たせしました…、ここまで難産だったのは初めてです。

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