その3 事の始まり
人というのは自分の周囲でよくあることが常識と思ってしまうことが非常に多い。
これは心理学においても注目されてきたことで、妙な新興宗教が洗脳する際に団体に所属する人間で対象の人を長期間することによって、その対象をその宗教の考えに染め、宗教団体に心酔させることが昔よくあったそうだ。
もちろん俺には心理学のその話は関係ないことだが、…いや関係なくはないか。
とまぁ、俺はどうでもいいことを頭で思い浮かべながら作業に勤しんでいた。
「はい、次の方。カードをおいてくださいね―――。」
俺は今、神永学院高等学校の能力査定の補助員として意味の分からない機械を操作している。意味の分からないと言っても俺が理解していないだけで、能力者関係の技術で日本の厳しい規定を通った計測器だ。人体に悪影響を及ぼすことは全くない機械…だと思う。
まっ、とにかくよく分かっていないんだよ。俺にゃあ関係ないけどね。
行列が教室の外まで続いているのを横目で見つつ、被検体が所定の位置についたことを知らせるランプを確認し、計測開始のボタンを押す。
楽だけど、ダルいね。この仕事。
ちなみになぜ俺がこんな仕事をしているかというと、表向きは“異常体質”のせい、裏向きは“カイト”のせいで、特殊な機器を使用した能力査定をよく受けさせられている。つい先日にも定期査定をされた。戦争が終わってからずっとそうだったから、普通能力者はそれぞれ協会に行って査定されているもんだと思っていた。まぁ、少し考えればそんなことなんてあるはずないよな。そんなムダなこと。
俺、特異な存在ってこと忘れてた♪アハッ☆
そんなこんなでこの学内一斉査定会に参加する必要がない俺は、授業が始まっていないのでさっさと帰ろうとしたら、
「あっ、君奏子ちゃんの弟だよね?暇?なら補助員になってよ。ね?じゃ、決まりね。いやぁ〜助かった助かった、後一人必要だったんだよね♪」
姉さんの友人らしき女子生徒にいつの間にか計測器の補助員として俺は今アルバイトしてる。
お金出るから流されちゃった♪アハッ☆
「悠斗くん…だよね?」「ん?」
ふと声をかけられた方を見ると、先程俺を無理矢理補助員にした女子生徒がいた。
「交代だよ!」「そうですか。」
俺は学生証を当て補助員の設定を変更すると、女子生徒の後ろに着いてきたとある男子生徒に席を譲った。
「お昼まだだよね?一緒に行こう!」「は、はい…。」
断る理由もなく、学内の構図も頭の中に入っていないから、とりあえず着いて行くことにした。
「紹介してなかったね。私東小晴、奏子ちゃんの友達なんだ。よ・ろしく・ね♪」
「は、はぁ…よろしくお願いします。」
中学生くらいの背の低くさ、独特のトーン、黒髪を染めた茶髪に、ちょっと濃ゆめの化粧をしている。これまた個性が強い娘が来たもんだ。ちなみにうちの学校含め能力者専門の教育機関は髪型・服装に関してかなり寛容だ。通常の教育機関はそれぞれけど、とにかくやることやっていれば向こうからは全く注意はない。神永学院のこういう所はいいね、うん。
「堅いぞぉ?カタカタだぞぉ?奏子ちゃんの弟くんなら私のお友達だよね?ほら、肩の力抜いて!敬語とかクラスとか私全く気にしてないからさ。ね?」
この屈託の無い笑顔。確かに姉さんと通じそうな感じだな。
「ん、分かった。んで、なんて呼べばいい?東先輩?小晴先輩?」
「わぉ、ホントに力抜けたね。好きに呼んでいいよ。“こはるん”でもいいし!」
「それは遠慮する。んじゃ、小晴先輩。先輩も執行部の人間なの?」
「うん!奏子ちゃんの補佐、副会長補佐だね。」
「副会長補佐?そんなもんもあんのか。」
「まぁね。副会長って結構忙しいから補佐が着くのが恒例なんだぁ。…でも、奏子ちゃんは優秀だからプリント整理とか小さな仕事しかないけどね。」
「だろね。姉さん異様に理解も仕事早いし、おまけに底なしの体力だからな。」
「だよねだよね!?徹夜してもケロッとしているし、どんなに疲れても全く変わらない!!凄いよね、本当に。」
「でも案外ネガティブだから大変なんだよな。」
「えっ、そうなの?」
「ああ。入学式の日の夜だって司会1回噛んだって落ち込んでたしな。」
「へぇ〜そうなんだ…、やっぱり弟だと奏子ちゃんのこといっぱい知ってるんだね…。」
「まぁな。多分俺世界で一番姉さんのこと知っている自信があるよ。んで、聞きたいことあるんじゃないの?」
「えっ!?」
「そうでもなかったら、普通昼飯に誘うかよ?」
「アハハ、それもそうか?小晴ちゃん大失敗♪…言いたくないなら言わなくてもいいからね。」
小晴先輩は突然真顔になった。
姉さんには聞きにくいことで、俺に聞けそうなこと。…あれか?
「本当の弟なの?今学校内で凄い噂になってるけど…。」
やっぱりそれだよな。
「DNA鑑定してもいい、正真正銘の実弟だよ。戦時中にアメリカにいたから戸籍に登録できなかったけどな。」
「そうなんだ…、でも似てないね。」
「俺は母親似、姉さんは父親似なんだよ。…戦争で写真がない上に、今はどっちもあっちに行っちまったけど。」
「そっか…。ゴメンゴメン、言い難いこと聞いちゃったね。お礼に何でも教えてあげるよ!学内の恋愛からあの子のスリーサイズまで何でも!!」
「へぇ〜、姉さんのも知ってんのか?」
「もちろん!この前の旅行で調査済み、弟くんはお姉さんにも興味があるのかな?」
「違うよ、単なる言葉の綾さ。興味はない。聞きたいこと…そうだな…、姉さん学内ではどんな感じなのか教えてくれるか?“有名”ってのは知ってるけど。」
「“有名”っていうことだけで奏子ちゃんを語るには少なすぎるね。ではでは私東小晴が奏子ちゃんを紹介しよう!!奏子ちゃんは本当に凄いんだよ!!入学試験トップで華々しく神永学院に入学した後、今までテストは全て1位!!特に実技の点数は過去最高点!!し・か・も、あの女子ですら嘆声を上げてしまうほどのモデル顔負けの美貌とスタイルに、別け隔てなく謙虚に微笑む姿はまさに【聖母】!!」
中学で【天使】と来て、今回は【聖母】か…。姉さんの二つ名がまた増えたな。
「しかもしかも!!ファンクラブは幾つもあって、その規模はもう計り切れない大きさになっているんだ…。」
「こいつはまた大変なことになりそうだな…。」
「大変なこと?」
「中学の頃似たような組織があって、よく俺追われていたんだよ。その組織から。弟として相応しくないってさ。」
「ふむふむ、もちろん物知りのワタシク東小晴は知っているぞ!!だけどその心配はないよ。」
「ん?なんで?」
「今のファンクラブは奏子ちゃんを静かに暖かく見守る穏健派の《ガーデン》が主流で、奏子ちゃんに必要以上に接触しないという考えが多いの。だから悠斗くんにファンクラブから嫌がらせとかは余りないと思うな。彼らだって奏子ちゃんには嫌われたくないだろうしね。」
「なるほど。」
こいつは楽な学校生活を送れそうだな。
「…おっと、噂をすればだね。」
「———あ、小晴に悠斗っ!!」
小晴先輩が笑みを向けた先には朝通学路で別れたばかりの姉さんがいた。姉さんは数人の生徒に支持を出しデータチップらしき物を渡すと、小走りにこちらへ向かってきた。
「姉さ―——。」
その時。
その時、けたたましい音が鳴り、教室から姉さんに向かって大きな氷の槍が迫っていた。
「———奏子ちゃんっ!!」
———クソっ!!静かにするつもりがっ!!
俺は刹那の時間で体内のエネルギー量子を活性化させ、床を凹ませるほどの踏み込みで姉さんに近づくと、量子で一時的に右手の皮膚を硬化させ、氷の槍を殴り粉々にした。ふと教室を見ると、今度は火の玉が迫っていたので俺は姉さんを小晴先輩の方へ投げ、《飛行》を発動させ体勢を整える。そして蹴って火の玉の軌道を変える。火の玉はガラスを割り外へと飛び出し、爆発した。蹴りながら何が起こっているのか確認した俺は、教室で暴れている二人の男子生徒を沈黙させるために《飛行》しながら二人に接近する。
「オメェ―——!!」「この野郎———!!」
(こいつらをほったらかしにするとただ被害を大きくするだけだ!!鎮圧するしかねぇ!!)
胸ぐらを掴み合って、能力を暴発させている二人に躊躇いもなく俺は近づく。その時俺の顔の真横を氷の塊やら火の玉が通りすぎるが、遅すぎるので避ける。
まず火炎系能力者が手前にいるので、後ろから顎付近を蹴り飛ばし、壁に激突し沈黙させる。まぁ、能力者の体は頑丈だから大丈夫だろう。次に蹴りながら氷結系能力者に近づいた俺は、体を回転に逆らわず顎を拳で打ちぬき、気絶させる。
数秒で制圧が完了した俺は《飛行》を停止させ、静かに着地する。
「———風紀委員だ!!全員大人くしろ!!」
その時ようやく風紀委員が到着した。治安維持部隊が遅いのはどこもそうか。