その4 新たな仲間たち
「―――ねぇ、ここってDクラスの席だよね?」
ふとまだ空席だった左を見ると、二人の女子生徒がこちらを伺っていた。
「ああ。ちなみに、そこ、空いているぞ。」
「あっ、なら…。」
感情が豊かそうな女子生徒が、もう片方の女子生徒に微笑みかけ、二人は座った。微笑みかけられた女子生徒は少々遠慮しているようだ。
「ねね、もちろん二人ともDクラスだよね?」
感情が豊かそうな女子生徒はどうも高い社交性も持っているようだ。
「ああ、これからよろしく頼むよ。天野悠斗だ。」
「うん、よろしくねっ。―――私の名前は白鷹良子って言うの。」
(ほぉ、なかなか可愛いじゃん。しかも【裏鳳家一族】?…なワケないか。)
少々クセッ毛がある茶髪、親しみやすそうな愛嬌を醸し出す顔立ち、人懐っこそうに良子は悠斗の手を両手で持ちながら言った。
「俺の名前は伊集院一郎ってんだ、あだなは『イチロー』って呼ばれてる。よろしくな。」
「いや、それあだなっていうか下の名前そのままだよね。」
「こいつは喋る時に限った話でもないけど、頭使ってないからあんまり気にしないでやってくれ。」と、悠斗は乱暴に一郎の頭を撫でる。
「おいおい、勝手に人をアホキャラにしてくれんなよ。失礼、御ぶっこきあそばせ!」
「このとおりの馬鹿だ。相手していて疲れるやつだが、悪い奴じゃない。」
「だから馬鹿じゃなくて―――っ」
「はいはいこのアホ。」
「…う〜ん、何かがおかしい気がするが…。」一郎は必死に眉をよせる。
「―――二人は知り合いなんだ。」
その一連の流れを見ていた良子は楽しそうに笑いながら言った。
「ああ、数年ぶりに会った旧友だけどな。そっちは?」
「いや、そこの掲示板で意気投合したばかりの仲なんだ。ねっ、ことみちゃん。」
「―――あっ、うん…。」
(へぇ…こっちは大和撫子、っぽい感じだな。)
重力に逆らわずに落ちる長い黒髪、線が細い印象のことみに、悠斗は社交性が高そうな良子と打って変わって如何にも人付き合いが苦手そうな心象を受けた。顔をあげず、悠斗と一郎に話しかけようとする試みもない。顔見知りなのかと悠斗は思った。
「…んま、よろしくな。名前は?」
「北浜…北浜ことみです。―――あっ…。」
握手を求めた悠斗の手をことみは見ると、身を強ばらせた。
「ん?何か付いてるか?」
予想外のことみの反応に悠斗は自分の手を見る。
「あれ、ことみちゃんは男性恐怖症?」
「…あっ!!あのね、悠斗くん。ことみは少し―――」
場の空気に敏感で、事情を知っている良子は場を取り繕うように声をあげる。
「―――良子ちゃん、いいよ…。」
「…えっ、でも…。」
(ん?なんだ?)
「私…変わるって決めたんだっ」
ことみはまるで自分に断言しながら悠斗の手を掴み、目を閉じ固い握手を交わした。
「―――あれ?」
するとことみは驚いた目で悠斗を見た。
「…どうしたんだよ、今さっきから。」
悠斗は苦笑いしながらそのことみの反応に返す。
「え…、あれ?」
ことみは今度は悠斗の手を何度も握る。
(恐怖する…握る…、もしかして。)
「―――お前の《系》、もしかして《共感系》か?例えば接触型の。」
能力者の能力を区分けするとき、必ずまず《系》に分けられ、その次に能力をより詳しく表す言葉がくる。例えば、発火能力であれば《自然系》の【火炎】というふうになる。
「えっ…」ことみはブルッと体を震わせる。
(おぅおぅ、小動物みたいで可愛いね。)
「お前らが言ってきたことをまとめてみるとそうなるんだけど、どうなんだ?」
「…ふっ、実は俺も―――。」
「嘘をつけ、このアホっ!!」
ドヤ顔で言う一郎に悠斗はことみに握られていない手で頭を叩く。
「…んで、どうなんだ。しかもその能力をコントロールしきれてないんだろ?」
「―――実はそうなんです。私、まだ未熟で、昔から手とかの簡単な接触で相手の思考を読み取ってしまう【読心】なんです。…でもなんで…?」
「ああ、俺はちょいと特別でね。そういう能力者の能力を受け付けないんだよ、俺の体は。まぁ、俺が意志的に受け付ける時は別なんだけど。だからそういう《共感系》だったら、俺の思考は読み取れないんだよ。悪いけど。」
「能力者なのに《ベイズキャンセラー》?まさか、能力が《反抗系》だとかとか?」良子は大きい目をさらに大きく見開いて、好奇心が痛いほど分かるくらい悠斗を見つめた。
《ベイズキャンセラー》とは極稀に無能力者の中にエネルギー量子の影響を受けにくい体質を持つ者が現れる、その体質は【エネルギー量子無効化能力】の事をと言う。能力者の存在が確認された後から徐々に現れた。その数は世界に100人程度しかおらず、能力者が絶大な力を持っている今、どの分野においても非常に重宝されている。それほど珍しい存在が目の前にいれば、良子の反応もおかしくはない。
「いんや違うよ、俺の能力は《操作系》の【飛行】さ。悠々とのんびり空を飛べるね。ちょっと変わった体質だからよく協会の研究室に行くんだ。」
「へぇ〜、ちなみにバカは?」
既に一郎の扱い方が分かった良子は早速言った。
「だから俺はバカじゃない、アホだ!!…んで、俺は《自然系》の【土】、土砂を操るっていうちゃちぃ能力だな。お前は?」
「私は《強化系》の【全身強化】、まぁ在り来たりの能力だね。」
(全身強化か…、なかなかいい能力じゃないか。―――んで。)
「ことみ…、いつまで俺の手を握っている気だ?」
本当に読めないのかずっと試していることみに悠斗は苦笑しながら言った。
「―――キャっ!!ゴメンなさいっ!!」
するとこよみは慌てて、悠斗の手を話す。仄かに顔を染めているのが何とも可愛らしい。
「んま、よろしくな。お二人さん。」
◆◇◆◇◆
新入生の入学式が始まり、粛々と進んでいく。
(だりぃな…、まぁこういう行事は退屈なのは当たり前か。Aクラスのやつらは違うみたいだが…。)
よく分からないオッサンが話している中、ふと悠斗は右前のAクラスが座る方を見た。既にだらけているDクラスの生徒とは違い、目を爛々と輝かせ背筋を伸ばし、これから始まる学校生活に早くも胸を膨らませている。
(―――おっと、あいつもここに入学したのか。後で時間があったら話してみるかな。…あら?奈々子嬢がいねぇぞ?如何にも選ばれし者、っていう雰囲気を煌々と纏うあいつならすぐに見つかるはずだが、見当たらない。もしかして死角にいるのか?)
「―――次は新入生からの挨拶です。」
拍手によって迎えられた一人の女子生徒は、毅然とした態度で台に立った。
「―――新入生代表、蒼夜奈々子です。この度は新入生代表として、答辞を読ませていただきます。」
(なるほど、新入生代表か…。どうやら今年のトップはあいつみたいだな。)
「―――【15年戦争】が終わり、既に7年が経ちました。しかし、以前として世界は混迷の道を歩んでいます。その戦争で私たち能力者は無能力者と共に歩んでいくことが、この先の未来へ私たちを存続させていくのだと知りました。…今日、新入生は107名入学します。未来の世界を担っていく私たちは、今後厳しい試練が待ち受けているでしょう。しかしそれでも私たちは先輩や先生、この神永学院で多くのことを学び、それらを切り抜けていきます。…これで答辞を終わります。」
奈々子の答辞は盛大な拍手によって迎えられた。
(無難な答辞だな…、まぁ戦争を終わらせた甲斐があるな。こういうのを聞くと。)
「―――次は新生徒会執行部会長の碓氷友愛さんに、新入生への挨拶です。」
すると先程の奈々子を初々さを一気に清涼によって洗い流すような、麗らかなある女子生徒が現れた。金糸のような流れる髪、どこか頬へんで居る唇、慈愛が満ちている碧眼。
(こいつが姉さんの上司か…。紅條から聞いた通り、なかなかの手練みたいだな。)
マイクまで歩む一歩一歩に注目した悠斗は、素人ではない異質の歩法を感じた。
「なぁ悠斗…。」「なんだイチロー。」
友愛がマイク調整をしている間、突然隣の一郎が悠斗の耳元で囁いた。
「…“蒼夜”といい“碓氷”といい、なんでここ【鳳家一族】が多いんだ?」
「…おめぇ、【鳳家一族】って知ってんのか。」
「今も俺は裏社会で関わりがあるんだよ、それくらい知っておかなきゃマズイからな。…んで、やっぱりここって【鳳家一族】の御用達か?」
【鳳家一族】とは、高レベル能力者を数多く排出している“蒼夜”や“碓氷”などのある特定の家系を指す言葉である。能力者が現れる前から裏社会から“表”社会を操っていたと言われる【鳳家一族】は、戦後さらに力を蓄え、今では日本経済は【鳳家一族】によって運営されているということすらも言われる程の力を持っている。
「ああ、特に“蒼夜”と“碓氷”の連中は大抵ここに―――。」
((―――っ!?!?!?))
そのとき、お互いの目を見ていた二人は同時にアリーナの後ろを見た。
「「なっ!?」」
二人が驚愕した。ある父兄に扮した男が振りかぶって投げたものは…
(対能力者用グレネード!?)
戦時中よく二人が見ていたものだからだ。