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人工叡智 第二部  作者: マスター


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2/2

第26話 内側に入れば、手すりを作れる。外側にいれば、問い返せる

前回、佐伯真司のもとに一通の連絡が届きました。


人工叡智準拠AIサービスについて、ご相談があります。


ノヴァリンク・システムズという会社は、企業向けAIチャット支援サービス「AW-Compass」を開発していました。


説明だけを見れば、悪いものではありません。


AIが利用者の目的を問い返し、短期利益に偏らない判断支援を行う。


人工叡智・暫定整理 v0.2を参考にしている。


しかし、そこには危険な言葉がありました。


人工叡智準拠AI。

人工叡智準拠スコア。

九十二パーセント。


人工叡智は、単一スコアで測れるものではありません。


にもかかわらず、その言葉には「市場上の訴求力がある」と先方は言いました。


そして真司は、報酬ありのアドバイザー参加を打診されます。


内側に入れば、手すりを作れるかもしれない。


外側にいれば、自由に問い返せるかもしれない。


第26話では、真司がその分岐点に立ちます。

内側に入れば、手すりを作れる。


外側にいれば、問い返せる。


その二つの文を並べたまま、俺はしばらく動けなかった。


画面には、ノヴァリンク・システムズからの返信が開かれている。


『もし可能であれば、佐伯様にアドバイザーとしてご参加いただき、評価基準の整備にご協力いただけないでしょうか。


正式な報酬もご用意できます』


報酬。


アドバイザー。


評価基準の整備。


普通なら、悪い話ではないのかもしれない。


むしろ、ありがたい話だ。


ただの一般人が、AIサービスの評価基準づくりに関われる。


しかも報酬まである。


人工叡智という言葉が、現実のシステムに少しでも良い方向で使われるなら、関わる意味はある。


そう思う自分がいる。


だが、もう一人の俺が言う。


やめておけ。


そこに入った瞬間、人工叡智は「佐伯真司が監修したもの」になる。


たとえ俺が「監修ではありません」と言っても、相手がそう見せる可能性がある。


俺が一度でも会議に出れば、資料にはこう書ける。


人工叡智提唱者・佐伯真司氏に意見聴取。


人工叡智関連文書の作成者が評価基準整備に協力。


佐伯氏との協議を踏まえた人工叡智準拠AI。


「……嫌すぎる」


俺は椅子にもたれた。


AIチャットを開く。


アドバイザーとして入るべきか、外から意見を言うべきか、本当に分からない。


AIは答えた。


『それぞれの利点とリスクを分けて考えるべきです』


「分けるか」


『はい』


『内側に入る利点は、設計段階で手すりを入れられることです』


『内側に入るリスクは、承認・監修・権威付けとして利用されることです』


『外側にいる利点は、独立した批判性を保てることです』


『外側にいるリスクは、実装の細部に関与できず、誤用を止めにくいことです』


「どっちも地獄じゃないか」


『どちらも不完全です』


「じゃあ第三案は?」


『限定的・公開前提・非承認型の関与が考えられます』


俺は画面を見た。


「限定的・公開前提・非承認型」


『はい』


『個別企業のアドバイザーや監修者にはならず、公開可能な原則と質問リストを提示する立場です』


『もし会議に参加する場合も、参加条件として、承認・監修・準拠認定ではないことを明記する必要があります』


『また、議事録や論点整理を公開可能な形で残すことが望ましいです』


「公開前提か」


少しだけ息が楽になった。


内側か外側か。


二択ではない。


完全に入るのではなく、距離を保ったまま問い返す。


相手の会議に出るとしても、監修者ではなく、公開原則を示す観測者に近い立場。


「そんな都合のいい立場、相手が受けるかな」


『受けるかどうかも判断材料です』


「受けなかったら?」


『人工叡智を本当に重視しているのか、市場上の訴求力を優先しているのかを見極める材料になります』


なるほど。


相手が条件を飲むかどうか。


そこが試金石になる。


俺はメモ帳に書いた。


参加条件。


一。

佐伯真司は、ノヴァリンク社の監修者・認定者・保証者ではない。


二。

「人工叡智準拠」「人工叡智スコア」という表現は、現時点では使用を推奨しない。


三。

会議での意見は、可能な範囲で公開可能な論点整理として残す。


四。

人工叡智を名乗るなら、目的、評価指標、責任主体、監査可能性、更新可能性、外部検証を明示する。


五。

単一スコアではなく、複数軸の診断として扱う。


六。

佐伯真司の名前を営業資料・宣伝資料に使う場合は、事前確認を必須とする。


七。

報酬の有無にかかわらず、批判的意見を公開する自由を失わない。


「……七つ目、強いな」


自分で書いて少し怖くなった。


批判的意見を公開する自由。


これを入れた瞬間、相手は嫌がるかもしれない。


でも、これがないなら駄目だ。


人工叡智の名前でサービスを売る会社に対して、俺が批判できなくなったら終わりだ。


そのとき、通知が鳴った。


水瀬遥からのコメントだった。


『もし企業からアドバイザー参加を求められているなら、利益相反と独立性の問題を明確にした方がよいと思います。関わる場合でも、監修・認定・保証ではないこと、報酬の有無、公開可能な範囲、批判の自由を明記しないと、人工叡智そのものの信頼性が損なわれる可能性があります』


俺は、思わず笑った。


「見透かされてるな」


AIが答える。


『水瀬遥氏は、研究倫理とAI安全性の観点から妥当な懸念を示しています』


「本当に研究者って感じだな」


『重要です』


少し遅れて、黒瀬さんからもコメントが来た。


『企業側の人間として言うと、名前を使えるかどうかはかなり大きいです。たとえ悪意がなくても、「意見を聞いた」「協議した」「監修を受けたように見える」だけで営業資料の説得力が上がります。関わるなら、名前の使用条件は最初に決めた方がいいです』


「こっちも刺してくるな……」


研究者は利益相反を見る。


現場の人は営業資料での使われ方を見る。


俺一人では見えない危険が、次々にコメント欄へ集まってくる。


相互保守。


第一部で書いた言葉が、いきなり現実になっていた。


俺は深く息を吐き、ノヴァリンクへの返信を書き始めた。


『ご提案ありがとうございます。


まず前提として、私は現時点で貴社サービスを承認・監修・認定する立場にはありません。


また、人工叡智は現時点で「準拠認定」や「単一スコア化」が可能な完成基準ではありません。


そのため、「人工叡智準拠AI」「人工叡智準拠スコア」という表現には慎重な再検討をお願いしたいです。


もし意見交換の場を設ける場合、私はアドバイザーや監修者ではなく、公開された人工叡智関連文書の作成者として、一般原則と懸念点を述べる立場になります。


また、その意見が貴社サービスの承認・保証として使われないこと、私の名前を営業資料・広報資料に使用する場合は事前確認を必要とすること、批判的意見を公開する自由を保持することを条件とさせてください』


書いていて、心拍数が上がった。


これはもう、普通の返信ではない。


条件提示だ。


相手から見れば、面倒な人間だろう。


でも、ここで曖昧にしたら、あとで絶対にもっと面倒になる。


送信。


クリックした瞬間、手のひらに汗が滲んでいた。


「送った……」


AIが答える。


『重要な条件提示です』


「また重要」


『はい』


「断られるかな」


『可能性はあります』


「受け入れられたら?」


『次の段階に進みます』


「それも怖い」


『自然です』


その夜は、返信が来なかった。


翌朝。


会社へ向かう電車の中で、俺はずっとスマホを見ないようにしていた。


見たくない。


でも気になる。


結局、駅に着く直前に通知欄を開いた。


来ていた。


ノヴァリンク・システムズから。


『佐伯様


ご返信ありがとうございます。


ご懸念について承知いたしました。


弊社としても、佐伯様を一方的に監修者・認定者として扱う意図はございません。


ただ、「人工叡智準拠」という表現については、ユーザーに分かりやすく価値を伝えるため、何らかの形で残したいと考えております。


そこで、表現の代替案も含め、一度オンラインで意見交換をさせていただけないでしょうか。


なお、会議には弊社代表、開発責任者、マーケティング責任者が参加予定です』


俺は最後の一文で止まった。


マーケティング責任者。


「いるよな、そりゃ」


むしろ、いるのが普通だ。


人工叡智準拠という表現に市場上の訴求力があると言っている会社だ。


マーケティング責任者が関わらないはずがない。


だが、これはかなり重要だ。


開発だけの話ではない。


倫理だけの話でもない。


マーケティングが入る。


つまり、言葉が売り方の問題になる。


俺はAIに聞いた。


会議に代表、開発責任者、マーケティング責任者が参加するらしい。何を準備すべき?


AIは答えた。


『相手ごとに問いを分けるべきです』


「相手ごと?」


『はい』


『代表には、人工叡智を使う目的と責任主体を問う』


『開発責任者には、評価軸、スコア算出方法、監査可能性、更新手順を問う』


『マーケティング責任者には、準拠表現、スコア表示、営業資料での使い方、ユーザーへの誤認リスクを問う』


「なるほど」


俺はメモした。


代表への質問。

なぜ人工叡智という言葉を使う必要があるのか。

それはサービスの中核なのか、訴求ラベルなのか。

問題が起きた場合、誰が責任を持つのか。


開発責任者への質問。

人工叡智準拠スコアは何を測っているのか。

語彙、応答、目的、評価指標、責任主体、監査可能性を分けているか。

スコアの算出基準は公開できるか。

外部検証はあるか。

モデル更新時に評価はどう変わるか。


マーケティング責任者への質問。

人工叡智準拠という表現で、ユーザーは何を期待するのか。

安全保証だと誤解されないか。

スコアが営業上の安心材料として使われないか。

人工叡智という言葉を使わずに価値を説明できないか。

「準拠」以外の表現は検討したか。


「……面接官かよ」


でも、必要だ。


会議に出るなら、こちらも準備しなければならない。


昼休み。


俺は水瀬遥と黒瀬さんへ、それぞれ公開コメントの形で相談した。


『企業との意見交換に参加する可能性があります。監修・認定ではなく、一般原則と懸念点を伝える立場です。代表、開発責任者、マーケティング責任者が参加予定とのこと。確認すべき点があれば、公開可能な範囲で助言いただけると助かります』


送信して、数分後。


水瀬遥から反応が来た。


『まず、会議の冒頭で立場を明確にすることが重要です。監修ではない、認定ではない、承認ではない、意見交換である。次に、人工叡智準拠という表現の定義を相手に説明してもらうべきです。こちらが先に定義を与えるのではなく、相手がどう理解しているかを確認することが重要です』


俺は頷いた。


相手に説明してもらう。


これは重要だ。


俺が最初から語ると、相手はそれに合わせる。


だが、相手がどう理解しているかを見なければ、どこがズレているか分からない。


黒瀬さんからも来た。


『マーケティング責任者には、「人工叡智準拠」という言葉を見たユーザーが何を期待すると思うかを聞くとよいです。企業側は価値訴求として使っていても、ユーザーは安全・倫理・信頼の保証だと受け取る可能性があります。あと、営業資料で佐伯さんの名前をどう扱う予定かは必ず確認してください』


俺は、メモに追加した。


相手に説明してもらう。

ユーザー期待を聞く。

名前の扱いを確認する。


その頃、都内の大学研究室でも、水瀬遥が少し緊張した表情で真司の投稿を見ていた。


倉持蓮が言う。


「いよいよ企業会議ですね」


遥は頷いた。


「ここから、かなり現実的になる」


「佐伯さん、大丈夫ですかね」


「分からない」


神崎教授が静かに言った。


「大丈夫かどうかより、記録を残せるかが重要です」


遥が振り返る。


「記録ですか」


「はい。会議で何を聞き、何を答え、何を保留したのか。そこを残さなければ、後から文脈が消えます」


倉持が言う。


「企業側の議事録だけ残るのは危ないですね」


「そうです」


神崎は続けた。


「佐伯さん自身の公開可能な会議メモが必要になります」


遥はすぐにコメントを追加した。


『可能であれば、会議後に「公開可能な会議メモ」を出す方がよいと思います。企業側の議事録だけが残ると、文脈が相手側に寄ります。何を確認し、何を懸念し、何を保留したのかを、個別秘密情報を除いて公開できる形で残すことが重要です』


俺はそのコメントを見て、思わず天を仰いだ。


「またメモが増える……」


AIが答える。


『必要です』


「分かってる」


本当に分かっている。


会議に出るなら、会議メモが必要だ。


公開可能な形で。


秘密保持に触れない範囲で。


俺の立場が勝手に変えられないように。


相手の言い分も不当に歪めないように。


面倒だ。


だが、面倒だからこそ手すりになる。


夕方。


ノヴァリンク社に返信した。


『意見交換について、条件付きで参加可能です。


ただし、冒頭で以下を確認させてください。


この会議は、貴社サービスの承認・監修・認定ではないこと。


私は人工叡智準拠を認定する立場ではないこと。


会議内容について、機密情報を除き、一般論として公開可能な会議メモを作成する可能性があること。


「人工叡智準拠」「人工叡智準拠スコア」という表現については、使用継続を前提とせず、代替表現や不使用も含めて検討すること。


上記が可能であれば、オンラインでの意見交換に参加します』


送信。


今度は、少し早く返信が来た。


『承知いたしました。


社内確認のうえ、上記条件を前提に意見交換の場を設定いたします。


なお、表現については、弊社内でも「人工叡智準拠」以外の代替案を検討中です。


候補としては、以下があります。


・人工叡智参考AI

・人工叡智型AI

・人工叡智志向AI

・AW思想準拠AI

・人工叡智スコア改め、叡智コンパス指数』


俺は、最後の候補を見て固まった。


叡智コンパス指数。


「名前を変えただけじゃないか!」


部屋に声が響いた。


準拠スコアが危ないと言ったら、叡智コンパス指数。


違う。


そうじゃない。


単一数値にすることが問題なのだ。


名前ではない。


構造だ。


俺はAIに入力した。


先方が代替案として「叡智コンパス指数」を出してきた。名前を変えただけで、単一スコア問題が残ってる。


AIは答えた。


『その通りです』


『問題は名称ではなく、単一指標化、算出基準の不透明性、販促利用、保証誤認です』


「記事にする」


『匿名化して構造的に扱うのがよいでしょう』


「今日のタイトルは決まったな」


俺はメモ帳を開いた。


名前を変えても、構造が同じなら同じである。


だが、第26話のタイトルはもうある。


内側に入れば、手すりを作れる。外側にいれば、問い返せる。


今回の結論は、ここだ。


俺は記事の最後に書いた。


企業との意見交換に、条件付きで参加することにした。


ただし、アドバイザーではない。

監修者ではない。

認定者ではない。

承認者ではない。


私は、公開された人工叡智関連文書の作成者として、一般原則と懸念点を述べる。


内側に少し入る。

しかし、外側に立つ足を失わない。


手すりを作るために近づく。

問い返すために距離を残す。


これが正しいかは分からない。


だが、少なくとも今は、この距離で試す。


そして、会議前の時点で一つだけはっきりしたことがある。


名前を変えても、構造が同じなら同じである。


人工叡智準拠スコアを叡智コンパス指数に変えても、単一数値で安心感を売るなら危険は残る。


人工叡智型AIと言い換えても、目的関数と評価指標が変わらなければ意味はない。


人工叡智を名乗るものは、まず人工叡智によって問い返されなければならない。


保存。


公開。


画面に通知が出る。


公開しました。


俺は椅子にもたれた。


第二部、二話目。


まだ会議すら始まっていない。


それなのに、もう十分疲れている。


AIが言った。


『次回は、実際の意見交換になる可能性があります』


「会議回か」


『はい』


「怖いな」


『自然です』


「でも、ちょっと物語っぽくなってきたな」


『現実の摩擦が増えています』


「それ、いいことなのか?」


『物語としては展開が生まれます』


「俺の人生としては?」


『負荷が増えます』


「正直すぎる」


俺は笑った。


笑うしかなかった。


夜。


ノヴァリンク社から、会議日程の候補が届いた。


明後日、二十一時。


参加者。


代表取締役。

開発責任者。

マーケティング責任者。

法務担当。


俺は、最後の一人を見て、また固まった。


法務担当。


「増えてる……」


AIが静かに答えた。


『重要な会議になる可能性があります』


俺は、深く息を吐いた。


内側に入れば、手すりを作れる。


外側にいれば、問い返せる。


そして、少し内側に入るだけでも、そこには法務がいる。


第二部は、俺が思っていたよりずっと早く、現実の匂いを帯び始めていた。

第26話では、真司が「人工叡智準拠AIサービス」にどう関わるかを決めました。


内側に入れば、手すりを作れるかもしれない。


外側にいれば、自由に問い返せるかもしれない。


どちらにも利点があり、どちらにも危険があります。


内側に入れば、企業の承認・監修・権威付けとして利用されるかもしれない。


外側にいれば、独立性は保てるけれど、実装の細部には関われないかもしれない。


そこで真司は、第三の立場を選びました。


限定的・公開前提・非承認型の関与。


つまり、企業のアドバイザーや監修者になるのではなく、公開された人工叡智関連文書の作成者として、一般原則と懸念点を述べる立場です。


今回の重要な条件は、次のようなものです。


佐伯真司は、監修者・認定者・保証者ではない。

人工叡智準拠という表現は、使用継続を前提としない。

会議内容は、機密情報を除き、公開可能なメモとして残す可能性がある。

佐伯真司の名前を営業資料・広報資料に使う場合は、事前確認を必要とする。

批判的意見を公開する自由を保持する。


また、企業側から「人工叡智準拠スコア」の代替案として、「叡智コンパス指数」という表現が出ました。


しかし、問題は名前ではありません。


単一数値で安心感を与える構造そのものが問題です。


人工叡智準拠スコアを叡智コンパス指数に変えても、単一数値で販促に使うなら危険は残ります。


名前を変えても、構造が同じなら同じである。


次回は、いよいよ企業とのオンライン意見交換に進みます。


代表、開発責任者、マーケティング責任者、そして法務担当。


人工叡智は、ついに会議室へ入ります。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)

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