第1章 第一話:10年ぶりのお墓参り【加筆&修正】(26年6月17日)
「幼馴染の境界線」のキャラクター総選挙で作者が1位になったため、作者主人公の新たな話でも作ろうかと思い、急遽つっくってみた作品になります。第1章だけ出来上がったので投稿させていただきます。主人公と作者の細かい設定は変えてありますのであしからず。
5月のGW。お昼過ぎの時間に一人の男性が、新幹線の三原駅(広島県)に降り立った。
広島県三原市は、広島県のほぼ中心部・瀬戸内海沿岸に位置し、人口約8万3千人が暮らす自然豊かなまちである。
降り立った男性の名前は「折口さとし」。あだ名は「サッサン」である。
年齢は今年42歳の独身男性で、独身である理由を聞かれると「結婚できなかったんじゃない!結婚しなかったんだ!」と答えるのが定番だった。
現在は脱サラして専門学校に通い、取得した柔道整復師の資格を使って実家の一階で治療院を経営している。温厚で人当たりが良く、患者さんの受けも良好である。ちなみに、自称「神の手」とのたまっていたりもする。
朝7時に埼玉の自宅を出て、在来線で東京駅に行き、そこから新幹線を福山駅で乗り換えて三原にやってきていた。
「新幹線で食べた『漫遊弁当 / 海鮮三種たべくらべ』はおいしかったな。特に煮タコ、穴子、広島名物の牡蠣なんかの瀬戸内の海の幸を一度に味わえるのがお得だよな」
一人満足げにつぶやいた。この男の一つの趣味は出先でおいしいものを食べることであった。尊敬する人物は「井之頭 五郎」、言わずと知れた孤独のグルメの主人公である。
さとしは10年ぶりにこの三原市にやってきていた。ただ目的地はここではなく、さらに三原港からフェリーで行った先にある。
「この辺りは10年前とほとんど変わらないな」
港へ向かって歩くさとしは、周りを見渡しながらつぶやいた。
駅のロータリーの周辺にはもみじ饅頭の店舗があり、それを見て彼はつぶやく。
「やっぱり広島と言えばもみじ饅頭だよな。患者さんのお土産はこれで決まりだな」
余談になるが、もみじ饅頭の種類は実に豊富で、定番の「こしあん」のほかに「粒あん」「チョコレート」「カスタード」「チーズ」など様々な味が存在している。ちなみに私が一番好きなのは、生モミジのこしあんである。
そんなことを考えながらのんびりと歩き、さとしは10分ほどで三原のフェリー乗り場に到着した。
行先である「生口島の沢港」への船の時間を確認すると、船が来るまでの時間を待合室の椅子に座り待つことにした。
そこへ一人の高校生くらいの女の子がやってきて前の席に座った。
フリルがあしらわれた白い半袖ブラウスにプリーツミニスカートというオシャレないでたちに、整った顔立ちとスタイルも女性的な魅力にあふれていた。
しばらくすると、船の到着を知らせるアナウンスが流れる。
船の方へ移動したのは10人ほどで、さっきの女の子も一緒であった。
乗る高速船は三原港から、沢港を経由して瀬戸田港へ向かう、人・自転車専用の船である。
船に乗り込み座席に座っていると、しばらくして船が動き始めた。
船は瀬戸内海の穏やかな海の上を風を切るように走っていった。
約25分程度で目的地である生口島の沢港に到着した。
船を降りるときに周りを確認すると、先ほどの女の子も一緒に降りるようであった。
(渋谷とかにいそうな感じの子だけど、ここの島の子なのかな?)
10年ぶりに降り立った生口島の港から続く商店街は、以前はほとんどがシャッターを下ろしていたが、近年は島外からの移住者がお店などを開いていたりして、活気が戻りつつあるようであった。
さとしは商店街を抜け耕三寺の方へ向かって歩く。さらに大通りを進むと右手にスーパーマーケットが出てきた。さとしはここでお墓に備える花を購入する。
そして来た道を引き返し、目的地の地蔵院へと向かった。
地蔵院はさとしの父方のお墓がある菩提寺であった。
ーーー
お寺についたさとしは最初に住職へ挨拶をし、それから水を入れた桶と柄杓を持ちお墓へと進んでいく。
折口家の墓は高台の一番外側にあり、海や町が一望できるようになっていた。
以前親戚のおじさんから聞いた話ではこの辺一帯は折口家が代官を務め治めていた土地であったらしい。今はまるで見る影もないが。
「ここから見る景色もやっぱり10年前と変わらないな」
さとしはまるで時間が止まったかのように感じ、10年前に脱サラをして専門学校に通いだした年の夏休みに来た時のことを思い出していた。
(そういえばあの時、お墓参りの後で平山郁夫美術館に行ったんだっけ。そこで迷子になってた女の子を見かけて、一緒にお母さんを探したんだよな。あの子は今はきっと、さっき見た子と同じぐらいに成長してるんだろうな)
お線香とお花を供え、お墓の前で目をつむり手を合わせる。そして、生前の祖父の姿を思い浮かべた。
(父方のおじいちゃんは変わった人だったよな……。俺は結構好きだったけどな)
生前の祖父は放浪癖のある人で、日本のいたるところや、アメリカのおじさんのところへよく遊びに行っている活動的な人だった。年に1~2回、我が家(当時は愛知県)に来るときには必ずお伊勢さんの赤福を買ってきていたのだが、それをいつも一人で抱え込んで全て食べてしまうような人で、邪険にされたわけではないが特別孫を可愛がるようなこともしない人であった。そんな祖父を小学生ながら変わったおじいちゃんだと横に座って観察していたのが思い出される。
(もしかして俺の旅行好きはじいちゃんからの遺伝なのかな……)
お墓参りを済ませたさとしは、久しぶりに平山郁夫美術館に寄って行こうと、足をそちらへ向けて歩き出した。
ーーー
平山郁夫は1930年に瀬戸田で生まれた、昭和から平成にかけて活躍した日本画壇の最高峰の画家である。その平山の故郷である瀬戸田(現・尾道市)に1997年に作られたのが、この平山郁夫美術館であった。
さとしが美術館の傍まで来た時、目の前を先ほどの女子高校生?が歩いていた。
(あの子ももしかして美術館に行くつもりなのかな?)
そんなことを考えていた時に事件は起こった。
その子がスマホを見ながら歩いていたせいで、路面にできたちょっとした突起に足を引っかけ、足首をひねってしまったように見えた。
その子が歩き出そうと足を地面につけると、
「いたっ!」
と顔をしかめる。足を引きずるように歩き、美術館の周りにある花壇の端の大理石に腰を下ろして足首を確認し始めた。
その様子を見ていたさとしは、ゆっくりと近づいていき、その子に声をかけた。
「君、大丈夫かい? 足をくじいたように見えたんだけど……」
「すいません。ちょっと気になる程度なんで、少し休めば大丈夫だと思います」
無理に笑顔を作り、少女は答えた。
「軽い捻挫でもあまり軽視しない方がいいよ。後々後遺症が残ることもあるからね。よかったら俺が少し施術しようか?一応これでもプロだし、 だいぶ楽になると思うよ」
いつもお客さんにする営業スマイルで提案する。
「でも、悪いですし……」
申し訳なさそうに応える少女。
「このまま放っておく方が気になっちゃうからさ。僕を助けると思って、ね?」
なれないウィンクをしてお願いするさとし。
それを見た少女はクスッと笑ってから答えた。
「わかりました。よろしくお願いします」
こうしてできた縁が後に長い付き合いになろうとは、この時の二人はまるで気が付いていなかった。
食いしん坊たちの御朱印集め紀行をお読みいただきありがとうございます。
皆様の息抜き用にでもなってくれたら嬉しいと思い作成した物語となります。
第1章終了まで書き上げましたのでよかったらご覧になってください。
ちなみに主人公のモデルは作者です(笑)
主人公の名前はペンネームとして使ってみようと昔考えていた名前です。
ちなみに作成に使った期間は5日間になります。
かなり駆け足で作成したため、つたない部分があるかと思いますが気づいた個所は後日直していこうと思います。
もし気に入っていただけましたら、ブックマークと評価☆及び感想を頂けると作者みょうりに尽きます。
次の投稿時期は基本的に未定です。この作品はメインの「幼馴染の境界線」の投稿の合間に作成していきますので、ランダムな投稿になると思います。




