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『真実の愛を見つけた』と浮気夫に捨てられた伯爵婦人です。知らないおばさんが何故か私よりブチギレて復讐を始めました。

作者: 間宮芽衣
掲載日:2026/03/22


「──っか、は…、」


胸を短剣で突き刺された私の世界は、スローモーションのようにゆっくりと流れていく。


(痛い、痛い、痛い!…どうして私がこんな目に…!)


 薄暗い下町の路地裏。

 肉を焼く香ばしい匂い。

 花売りが花を売る声。


 そして──。ローブを深めに被り、たった今私を短剣で突き刺した男。そして、その隣で怯えるような血走った目で私を見つめる夫。


「──僕が真実の愛の相手であるマリアと幸せになる為には、お前を殺すしかないんだ…!! 恨むなよっ、キーラ!」


──ハウゼン子爵家の長女として生まれた私が、このマウツェル伯爵家に嫁いできて三年目。


 夫に久しぶりにデートに誘われて、路地裏に誘い込まれた時に何か嫌な予感がしたのだが。


 ──さすがに殺されてしまうとは思わなかった。


 三年前、ハウゼン子爵家は堅実な兄が家を引き継ぎ、当時領内で収穫された葡萄で作ったワインが王室のお気に入りとなった。


 そして、爆発的に利益が出た我が家に、財政が傾きかけていたマウツェル伯爵家が縁談を申し込んできた。


 爵位が下の我が家はこの縁談を受けざるを得ず、私は夫と結婚することになってしまった。


 ──完全に政略結婚だった。


 歩み寄ろうと努力する私をいつも夫は無碍にしてきた。故に元々愛されているとは思っていなかった。


 夫は顔だけは良かったので、令嬢達にはモテていたようだ。だが、私は夫が顔だけでどうしようもない奴だと言うのは嫌というほど知っていた。


 だが、流石にこんな日が来ようとは思ってもみなかった。


(──というか、この人、浮気していたの…?! しかも、その場にいるのに自分で刺さずに人にお願いするなんて、なんて意気地なしなの…!? 本当に情けない男ね! まあ、そもそも浮気に気づかなかった私も私だけど…)


人は追い詰められすぎると冷静になってしまう、というのは本当らしい。私は薄れゆく景色の中でそんな事を考えてしまった。


 目を完全に閉じてしまう前、何故か路地裏の隅が視界に入ってきた。


 ──そこには買い物籠に目一杯ウインナーを詰めこんだモジャモジャの頭の中年女性がいた。


 よほど驚いたのか、目は飛び出し、口を全開にして鼻水を垂らしている。


(あ、私の人生、最期に見る光景が、この知らない中年女性の鼻水なのね…)


こうして私──キーラ・マウツェルの人生は終わった…筈だった。


◇◇


「──ここは…?」


ガバッと起き上がると、頭が酷くズキズキと傷んだ。


 見渡すと、どうやらここはマウツェル伯爵家の自室のベッドのようだ。


(助かったの…?)


そう思いながら鏡を見ると、なんとなく、心なしか若返っているような気がする。それに、髪の長さが刺される前と明らかに違う。


「──ど、どういうこと?!」


思わず大きな声を出してしまうと、バンッと扉が開かれた。


「キーラ様っ! 失礼します! 何かありましたか?!」


振り向くと、嫁ぐ前から私の侍女をしてくれているアンネが心配そうな顔で立っていた。


「あ、アンネ…! 大きな声を出してしまってごめんなさい。それより今日は一体何年何月何日かしら?!」


「…はい。王国歴3217年緑の月の17日でございます。


 それより奥様。──そこに突っ伏して寝ている中年女性はどなたですか? どう見ても平民にしか見えないのですが」


そう言われて私はベッドの方を振り返る。


「…ぐー、ぐー、ムニャムニャ。…便通にはヨーグルトが一番…」


──そこには、幸せそうに眠るモジャモジャの毛の中年女性がいた。


 そう、死ぬ間際に私を目をひん剥いて鼻水を垂らしながら見つめていた、あの人である。


◇◇


「いやぁ、本当にびっくりしました! 私、貴方が刺された時、あの路地裏の近くにある肉屋で、ソーセージ買ってた平民です!」


とりあえずアンネにはこの女性は最近仲良くなった友人だと誤魔化し、退室して貰った。


 彼女の言葉に私は溜息を吐く。


「そうなのね。それより私達、どうやら二年前に巻戻っちゃったみたいなの。

 ──ねえ、私は死んだから分かるけど、どうして貴女まで巻戻っちゃったのかしら…」


 ちなみに、二年前から夫は何故か週に二回ほど外泊してくるようになっていた。当時は仕事が忙しいのかと信じていた。だが、本当はこの頃からマリアという女性と浮気をしていたのだろう。


「うーん…それは分からないですけど! そんな事より奥さん、浮気された上に殺されたんですか?! その上で巻き戻ったんですよね?」


女性に尋ねられ、私は渋々頷いた。


「ええ…、どうやらそうみたい」


すると、彼女はギンッと鋭い目つきになり、興奮して顔が真っ赤になった。


「ひどい! 最低! 貴女の夫、浮気クソ野郎ですね! 貴族の風上にもおけないとんでもない野郎です! この税金泥棒がっ! 


 いいですか! 浮気男に人権はありませんっ! そこに飛んでいるハエ以下の存在ですっ。破滅させてやりましょうっ」


女性が初対面で漂わせていた癒し系オーラは消え去り、彼女は魔人の如く怒り狂い出した。


 私も正直夫に腹は立っていたが、余りにも彼女が興奮し、暴言を吐くので冷静になってきてしまった。


「…あの、わ、私の為にそんなに怒ってくれて、あ、ありがとう?


 でも、私その…。どちらかというと呆れる気持ちが強いというか…、夫から離れられて殺されずに幸せになれれば大丈夫というか…」


私がフォローするように言うと、彼女は勢いよくぶるんぶるん首を振った。


「何を…!! なまっちょろい事! 言ってるんですかーーー!!!」


彼女の目がカッと見開いた。


「浮気するクソ野郎は破滅! 社会的にも、金銭的にも男としても! 制裁を加えてやるのがベストに決まってるじゃないですかぁあああっ!!」


(な、何この人?! どうしてこの人がこんなに怒ってるの?! 刺されたのは私で、この人はただソーセージを持って見てただけじゃない!)


凄い剣幕で詰め寄ってくる彼女に、私は思わず顔を引き攣らせてしまう。


「…あ、いえ。でも…。幸い夫が相手の名前を言っていたし、多分これくらいの時期から浮気してたと思うの…。だから実家に相談して、調査さえすれば離縁に向けて動き出せると…。」

 

すると彼女は大声叫んだ。


「──貴女っ! 殺されたのに! 復讐しないんですかーーーーー?!」


その声に私は固まってしまった。


「えっ、あ、あの…」


「こうしちゃいられませんっ! 貴女が復讐しないなら私が代わりに復讐しますっ!! 浮気クソ野郎は地獄に叩き落としてやりますっ!


 大丈夫ですっ! 私が貴女の仇を取りますから!」


そう言って彼女は、アンネに出されたクッキーをちゃっかり買い物袋に全部詰めると、屋敷から大急ぎで去っていった。


(ま、まさか本当に平民が伯爵を追い詰められるわけなんてないわよね…?)


去っていく彼女を見ながら私は呆然としてしまった。


◇◇


「──奥様!大変ですっ!」


──五日後。アンネが持ってきた大衆紙の見出しを見て、私は伯爵夫人だと言うのに紅茶を吹きそうになってしまった。


『【独占】伯爵、性女に全てを捧げた夜!

 ──昼は紳士、夜はケダモノ!? 本誌が暴く”腰から始まる回復魔法”の実態!


 マウツェル伯爵、“夜の回復”で元気になりすぎ問題』


「な、何これ…?! いや、回復魔法って…!何その使い方」


(…ていうか、マリアって聖女様と同じ名前だなぁと思ってはいたけど…。まさか御本人だったとは。

 

 でも確か聖女様って、王太子様の婚約者じゃなかったかしら…)


「…どうやら、とある一般市民が数日間伯爵に張り付いて、大衆紙にリークしたようなんです…。今平民達の間で凄く話題になっているようでして…! 聖女様の保護されている王宮には、この雑誌が出た今日から貴族や平民が大勢押しかけているようなんです。


 ちなみに奥様には勝手に同情の目が集まり始めております…」


(…え、多分リークしたの、あの人よね)


私の頭にはあの中年女性の顔が過ぎる。


 次の日には兄から手紙が来た。


『キーラ、大丈夫か? これからマウツェル伯爵家は大変なことになるだろう。今、貴族の中でも問題になっている。

 ハウゼン子爵家に避難してこい ──兄より』


私はその手紙を見て、渡りに船とばかりに離婚届を置いて、実家に帰った。


「キーラ…。その、高位貴族と縁を繋ぐ為とはいえ…聖女様に手を出すようなとんでもない相手に嫁がせてしまって申し訳なかった。」


兄のその言葉に私は首を振る。


「…兄さんの立場だったら、仕方ないわよ。」


すると、兄が溜息を吐いた。


「──この魔道具を見てくれ。王都のタウンハウスにいる父上が魔道具で撮影してくれたものだ。」


そう言われて魔道具のスイッチを押すと、そこには驚きの光景が映し出されていた、


『浮気ーーー! 絶対反対ーーー!!』

『不倫女を許すなー!!』

『聖女は美丈夫の腰じゃなくて、怪我人を回復させろー!』

『その秘密の一夜の高級宿代は、国民の血税ですー!!』


魔道具を見ると、あの中年女性が仲間を募ったらしく、モジャモジャの毛の中年女性達が中心となって王宮前で看板を持って叫んでいる。


 さらには、後ろの方に貴族令嬢達まで立ち並んでいた。


『私は、聖女様に、彼氏を取られましたー!』

『私も婚約者を取られましたー!』」

『学生時代、聖女は女と不細工には冷たいのに美丈夫にだけ態度が違いましたーーーー!!』


──そこでプツリと魔道具の映像は切れた。


(…凄いわ。皆さんドサクサに紛れて鬱憤を晴らそうとしているわね)


「──どうやら、今回の騒動の発端となった謎の中年女性は、平民の間で『正義のおば様』と呼ばれ始めているらしい」


そう言って兄は苦笑いをした。


「そうですか…」


「それはそうと、キーラ。ジェームズが君を心配していたぞ? 明日ここに会いにくると言っている。」


そう言って、兄はニヤリと笑ったが、私は戸惑ってしまった。


 ジェームズとは、幼い頃に淡い恋心を抱いていた隣の領地の幼馴染である。


「…でも、ジェームズだって、もう結婚しているでしょう?」


すると、兄は首を振った。


「…どうやら、破談になったらしいぞ? 俺も詳しくは知らないがな」


◇◇


「…キーラ! 会いたかった!」


そして次の日。本当にジェームズが実家までやって来た。


「ジェームズッ!…久しぶり」


私は何となく久しぶりに会う幼馴染にソワソワしてしまう。幼い頃の優しい笑顔は変わらず、彼は素敵な大人の男性になっていた。


 せっかくなので、と兄に押し切られ私はジェームズと二人で庭園を散歩することになった。


「…キーラは本当に綺麗になったね。こうしてまた君に会えるなんて夢みたいだ」


そう言われて思わずドキドキしてしまう。


「そういう貴方だって素敵になったわ。きっと女の子にもモテたでしょう?」


「──全然だよ。結局、婚約者とも破談になってしまったしね」


その言葉に私は思わず固まってしまう。


「ねえ、貴方は結婚したとばかり思っていたんだけど…、どうしてその、そうなってしまったのか聞いてもいい?」


私が眉尻を下げると彼は少し悲しそうに笑った。


「うん。勿論。──彼女、実は僕以外に恋人がいたみたいで、その…。子供が出来たみたいでさ」


(…え)


「──そうだったの、それは辛かったわね」


すると彼は何故か吹き出した。


「──いいんだ。それに小さい頃に結婚出来たらいいねって君と手を取り合ってから僕の心のどこかにずっと君がいたから。


 ──君が結婚してからもずっと、忘れられなかった」


言いながら見つめてくる彼の目は真剣で、私は魅入られたように動けなくなってしまった。


「…あの、」


「──ねえ。僕は君の事がずっと好きだった。


 今はこれ以上言うと困らせてしまうって分かってるから言わない。


 けれど、君が晴れて自由になったその時は、もう一度気持ちを伝えてもいいだろうか」


その言葉に思わず目頭が熱くなる。


「…はい」


「──うん。それじゃ、行こうか」


彼は満足そうに笑いながら私をエスコートしてくれた。


◇◇


「マウツェル伯爵や、何人かの高位貴族が聖女様に手を出した罪で去勢手術をすることになった」


ある日、兄からそう告げられ、私は再び紅茶を吹き出しそうになった。


「え、え、去勢?」


「──ああ。どうやら、王宮側は市民団体の声が大きくなり過ぎて、罰則を与えざるを得なくなってしまったようだ。商人も、『不倫クソ野郎を庇うのなら商品を売らない』と便乗して怒り出したらしくて。


 だから、キーラとマウツェル伯爵との離婚も確定になった」


その言葉に思わずホッとしてしまう。


 どうやらあの中年女性の夫への制裁はどんどんエスカレートしていったらしく、最初は平民と貴族だったが、次は商人まで巻き込んでいったらしい。


 今やあの中年女性は『不倫絶対許さない会』という秘密結社まで創設し、王都の有力貴族や商人に出資させ、豪華な建物を王都の一等地に構えたという話だ。


(バイタリティが凄いわね…)


王都では、中にはこんな事を言う人もいたらしい。


「確かにマウツェル伯爵、不倫してたかもしれないけど、よく考えたら市民団体のおばさん達、何も関係なくね? 浮気された伯爵婦人は今何してんの?」


すると、彼女はこう答えていたという。


「浮気野郎には社会的制裁を加えるのが、私の正義よ!!」


そして、他のモジャモジャの毛の中年女性達も彼女に同調していく。


「そうよ、何言ってんのよあんた!」


「いや怒るのはわかるけど、でもなんでここまでやるんだよ。相手に制裁を下すのは当事者がやればいいだろ」


すると、彼女達は口々に言ったそうだ。


「だって私達、浮気現場の目撃者よ!? もう半分当事者みたいなもんじゃない!!」


その話を王都の友人づてに聞いた私はと言うと──。


(いや、殺されたのは私なんですけど… )


そんな事を思いながら苦笑いしていた。


「キーラ!」

「ジェームズ!」


そして、離婚が成立して晴れてジェームズと結婚を前提にお付き合いすることになっていた。


 お陰様で毎日楽しく暮らしている。


 今日はサーモンやアボカド、ローストビーフや卵など私や彼が好きな具を挟んだサンドイッチを持ってピクニックに行く予定だ。


 元夫はというと、貴族社会に居場所を無くし、男性機能も無くして引きこもってしまったらしい。


 また、不倫相手の聖女様は王太子の婚約者から外され、療養施設に閉じ込められてひたすら回復作業だけさせられているらしい。


 私はそっと空を見上げた。


(……あの女性、ただただ、復讐するのが楽しかったんだろうな。──まあ、私には関係ないけれど)


「キーラ、綺麗な花が見えるよ!」

「まあ、本当ね」


私は自分が幸せになって笑っていること──それが私に酷い事をした人達に対する一番の仕返しだと信じている。


fin.

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