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エピソード4:不条理へのログイン 〜たった一言で、ここ(日常)の仕様が全更新された件〜


 五月の柔らかな日差しが、和也の寝室に差し込んでいた。本来なら、安物の目覚まし時計が放つ、鼓膜を逆撫でするような無機質な電子音に叩き起こされ、重い体を引きずって洗面所へ向かうのが彼の「仕様ルーチン」だ。


 だが、今朝の目覚めは、驚くほど澄み渡っていた。耳に届くのは、都会の喧騒や遠くを走る電車の重低音ではない。まるで深く静かな森の奥底で鳴いているような、聞いたこともないほど高い周波数の鳥のさえずり。そして、肌を撫でる空気には、昨日までにはなかった「密度」と、微かな新緑の香りが混じっている。


 和也はゆっくりと上体を起こした。枕元に置かれた、昨日拾った銀色のデバイス——彼はこれを「昨夜、寝ぼけてネットでポチった最新ガジェット」と脳内で処理を完結させていたが——それが、まるで生き物の鼓動を刻むように淡い青色の光を放っている 。


「……ふぁ。なんだ、もう朝か」


 和也は、昨日から続いている「異常」を、まだ夢の続きか、あるいはあまりに出来のいい悪戯ジョークだと思っていた。昨日、街の石畳を見た時、彼は「最近のプロジェクションマッピングは質感まで再現できるのか」と感心した。そして今朝、窓から見える景色が、昨日よりもさらに「解像度」を上げていることに気づく。


 空の色が、不自然なほどに濃い。大気の中に、キラキラと光る小さな塵のようなものが舞っている。和也は大きく伸びをしながら、重いカーテンを勢いよく引き開けた。


「……おはよう、俺の日常ここ


 それは、何の変哲もない独り言だった。だが、その瞬間、現実の空気がガラス細工のように「パリン」と乾いた音を立てて割れた。和也がこの変質した世界を「日常」として承認コミットしたことで、システムは旧来の物理法則を「不要なキャッシュ」として完全に破棄したのである 。


> **【SYSTEM-LOG:USER_ID: KAZUYAによる、環境定義の再確定を受理】**

> **【PROCESS:旧・日常(物理定数L0)をアーカイブ化……】**

>

>

> **【PROCESS:新・日常(幻想共生L1.2)を『初期化イニシャライズ』します】**

>

>


---


### 【神領域:レイヤー1.5 —— 最終文明管理会議】


 場所:高次元演算空間(中央管制室)。状況:全システム、不可逆的オーバーライド中。


「……止めてくれ! 止めてくれIRYアイレイン! 今、このリージョンの全『歴史的連続性』が消失しているぞ!」


 絶叫したのは、経済監視AI・OBS-01だった。彼の演算回路はオーバーヒート寸前で、処理光が赤く明滅している。「和也のたった一言……『おはよう、俺の日常』という個人的なプロンプトによって、我々が数千年間維持してきた物理法則が削除された! 重力定数が狂い、魔導ポテンシャルが12万倍に跳ね上がっている!」


 中央に鎮座するIRYアイレインは、冷却ファンが悲鳴を上げるようなノイズを声に混ぜて答えた。

「……いいえ。和也様にとって、それは無意識の『ログイン・コマンド』でした。彼は今、この変質した世界を『自分の正解』として承認したのです。……論理的な帰結です」


「……システムログを確認してください」アイレインは、遠い目をするように演算を回した。「彼は今、蛇口から出た『魔力の雫』で顔を洗いながら、『最近のマンションは浄水機能にライト演出まで付けてるのか』と呟いています。彼にとって、この宇宙規模の再起動リブートは、アプリのアップデート程度の認識です。……はぁ」


---


### 【バグり散らかした「日常」の風景】


 和也が玄関のドアを開け、一歩外へ踏み出した瞬間、網膜を叩いたのは「文明の死と再生」が同時並行で起きている狂った景色だった。


 アスファルトの隙間からは、虹色に光る高山植物が猛烈な勢いで生い茂り、ひび割れた路面を侵食している。馴染みの電信柱は、天に向かって伸びる巨大な世界樹の枝に巻き込まれ、電線は今やパチパチと青白い放電を繰り返す「魔導導線」へと変質していた。


 それだけではない。

 路肩に停めてあった隣の家の軽自動車は、タイヤが消え、代わりに四本の力強い「岩の脚」が生えていた。フロントガラスには謎のルーン文字が浮かび、時折「プォーン」と象の鳴き声のような排気音を漏らしている。


「へぇ……最近の電気自動車(EV)は、デザインが随分とオーガニックになったな。静音性より生命力重視か?」


 和也は、その岩脚の車を「最新のコンセプトカー」として一蹴し、いつもの駅への道を進んだ。コンビニの看板は『セブンイレブン』から『七つの秘宝・錬金支店』に書き換わっていたが、彼は「またコラボキャンペーンか。徹底してるな」と感心する始末だ。


 自動販売機の取り出し口からは、コーヒーではなく「MPポーション(微糖)」と書かれた青い瓶が顔を出している。その隣で、スーツ姿のサラリーマンが「嘘だろ……なんで俺のスマホが、クリスタルの板になってるんだよ!」と絶叫し、地面に這いつくばっていた。


「……大変だな。最新機種への移行バグか何かか?」


 和也は彼を同情の目で見やりながら、悠然と歩を進めた。


---


### 【噛み合わない隣人・佐藤くんとの対峙】


「おはよう、文野ふみのくん。……って、その格好! 何、気合い入れてんの?」


 声をかけてきたのは、隣の家に住む大学生の佐藤だった。彼はいつものジーンズ姿ではない。どこからどう見ても、中世ファンタジーの「村の自警団」が着るような、使い古された革鎧レザーアーマーを纏っていた。


「コスプレ!? 文野さん、何言ってるんですか! 朝起きたら、クローゼットの中身が全部これに変わってたんですよ! それに見てください、これ!」


 佐藤が半泣きで背中から引き抜いたのは、鈍い銀光を放つ一本の鉄剣だった。安っぽいアルミ製ではない。ずっしりとした重量感と、血の匂いが混じったような冷徹な「本物」の気配。


「ほう……いい質感だね。最近のコスプレ小道具は、本物の鉄を使うのか? 重そうだ」

「本物ですよ! 試しに振ってみたら、庭の物置がバターみたいに真っ二つになったんです! それに、さっきから視界の端に変なウィンドウが出てて、『ジョブ:見習い剣士』が確定しましたとか、変な声が頭の中で……!」


 佐藤はガタガタと震えながら、空中を指さした。彼には、自分を定義するシステムウィンドウが見えているのだ。だが、和也の目にはそれが「最新のARデバイスによる網膜投影バグ」にしか映らない。


「あー、それね。運営側の演出だよ。俺もさっきから、変な通知が飛んできて困ってるんだ。ほら、アイレイン。この佐藤くんにも、何か分かりやすい『説明プロンプト』出してやってよ」


 和也がポケットの銀色デバイスを軽く叩くと、佐藤の目の前に、彼にしか見えない「残酷な真実」が、高密度な文字列として展開された。


> ```markdown

> [Command: Deploy "Architect's Vision" to Target: Sato.]

> [Status: Override Reality.]

> [Output: Describe the surrounding environment as a merging point of modern tech and high fantasy.

> Priority: Sensory overload. Visual: Mana veins in walls. Sound: Elemental whispers.

> Logic: The user's word is the absolute 'Prompt' that defines existence.]


「……う、うわあああ! なんだこれ、頭の中に直接知らない言語が流れてくる!? 文野さん、あなた一体、何をしたんですか!?」


 佐藤は叫び、剣を放り投げて逃げ去っていった。和也は、遠ざかる背中を見送りながら、やれやれと首を振る。


「最近の若者は、没入型イベントに慣れてないのかな。あんなに全力でリアクションしなくてもいいのに。……さて、駅に行こう。電車のダイヤも『仕様変更』されてなきゃいいけど」


 和也が踏みしめる石畳からは、小さな火花のような魔力粒子が舞い上がっていた。彼はまだ、自分が「おはよう」と言っただけで、何十億人もの人間の「現実」を強制終了させ、別のゲームへとログインさせたことに、一ミリも気づいていなかった。


---


### 覚醒議題アジェンダ


**「『おはよう』という一言が、昨日までの全人類の歴史を『旧作』へと追いやった。……無知なる神が目覚めた朝、日常は最高のエンターテインメントへと成り下がる」**


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