20話 魔石の買い取り
話しは少し遡り、アントニオが探索者協会を去った後の事になる。
上機嫌のベッファに連れられてゴボーは豪華な部屋に通されていた。
ソファーに座ると、すかさず置かれる飲み物。
普段は昼間でも酒で済ませているゴボーにして『安くはない』と思わせるほどには複雑で豊かな香り。
如何にも高そうなティーカップに恐る々々手を伸ばせば予想が裏切られる事はなく、口内に広がるのは快感とさえ言える味覚。
手にした高級な茶器を忘れる程の余韻。
慌ててカップを握り直したが今度は強く握り過ぎて心配そうに左手を添える。
「普段は茶を飲む習慣など無いが、こんなに美味いならタマには飲んでみたいな。」
「ほぅ、お前如きにも判るか。これはカウカソス地方の大森林地帯、それも深層より先にいる吸精樹の若葉を熟成させたものでな。貴族でも飲む場面を選ぶ程の品物なのだよ。」
「へぇー、そんな凄い物か。探索者協会は随分羽振りが良いみたいだな。」
「馬鹿を言っちゃいかん。役人如きがこんな高級品を飲める訳なかろう。これは儂が飲むために持って来た物をついでに出してやっただけだ。精々感謝して飲むのだ。」
ベッファの茶葉談義は終わりが見えず、ゴボーの返事も次第にいい加減になってゆく。
「そろそろ魔石の取り引きをしたいのですが
よろしいかな。」
痺れを切らしたサレオが割って入り、ようやく商談が開始されたが、その頃にはゴボーの飲み掛けのお茶がすっかり冷たくなっていた。
「取り引きも何も、さっきの値段で全部買ってくれるのだろう?俺は問題無いぜ。」
「ベッファ殿もその条件でよろしいかな。」
「何度も言わせるな。構わんから手続きを済ませてしまえ。」
サレオが念を押して確認するが当のベッファはソファーに踏ん反りかえってぞんざいな応えをしている。
ベッファは自分の話しを遮られて些か機嫌が悪くなっていた。もはや意味の無い話しは切り上げて早く帰る事しか考えていなかった。
一方でサレオの方はベッファの尊大な態度に腹を立てて、すっかり嫌気がさしていた。
協会の責任者として最低限必要の事はするが、少なくとも今日に限ってはベッファの側に立って売り上げを伸ばす気はすっかり無くなっていた。
「それで、ゴボー殿はウロボロスの魔石を幾つ持っているのかな。」
「100だ。」
「はっ?すまないがもう一度言ってもらえるかな。」
「100個あるのだが何か問題があるのか。」
「聞き違いでなければ何かの冗談かね。そんな数の魔石が出てくる筈はないだろう?それとも使用済みのクズ魔石と勘違いしているのかな。計測しなければ魔素量は判らないから素人が騙される事案が稀に起こるのだが…。」
サレオは一瞬とは言え慌てた事を恥じ、加えて大損をしたであろう哀れな男へ同情の眼差しを送る。どこに訴えればいいか、当面の資金をどうするかなど早急に取るべき対応を殊更丁寧に説明してゆく。
また、それ程大掛かりな詐欺事件であれば探索者協会への要請があるかもしれないと頭の中で様々な事態の想定を始めていた。
面白くないのは無駄な時間を取られたベッファだ。これまでのやり取り、無能な協会の尻拭いに知恵を出してやったと言うのに全て無駄だったのかと怒りが湧き上がってくる。ただでさえ尊大な男にこの怒りを抑える事など出来る筈もなかった。
「貴様!これだけ手間を掛けさせておいてクズ魔石だと。おい、こいつも詐欺師に違いない。締め上げて鉱山送りにしてやる!」
顔を真っ赤にして怒鳴り散らすベッファとそれを見て溜飲を下げるサレオのやり取りは側から観るには面白い一幕であっただろう。
「なぁ、何か勘違いをしているみたいだが、詐欺でもクズ魔石でもないぞ。」
その一言で喜劇を演じていた二人の男が動きを止めた。
「「ば、バカを言うな⁈」」
図らずも二人の声が重なり、二人ともが目を見開き口を開けて同じ表情になる。
「俺もウロボロスの討伐に出た事もあれば魔石を取り出した事もある。ガキじゃあるまいし魔素のある・無しくらい見分けられるさ。」
「いや、計算が合わない。ウロボロスの討伐数は毎年100前後、今年はやや多く135頭だったが魔石はその都度全て買い取っている。売った魔石を残らず回収でもしない限りそんな数になる筈がない!」
至って冷静に計算するサレオとは対照的にベッファの顔色は青白く変わり、冷や汗が頬を伝って滴り落ち様としていた。
『ただでさえ高騰している魔石を更に5倍で買い取ると言ってしまった。例年であれば10倍以上になる。ガスパール商会で買い取れない額ではないが儂の権限ははるかに超える金額だ。もしも無駄に高値で買ったなどと知られたら商人としての儂の実績は地に落ちてしまう。』
「止めだ止めだ。そんな金額が払えるか!」
「いや、待ってください。口頭とは言え売買契約は先程成立しているのですよ。契約不履行であれば違約金が発生します。」
「契約書も交わしていないのだからどうにでもなる。」
「あなたも商人なら分かるでしよう。契約は相互の合意で成立し、書面はあくまでその証明に過ぎないのだと。」
「いいではないか。まだ証明するものがないのだからなかった事にしても問題あるまい。」
「それが通るのは仲間内だけではないのか。あなたは私に、探索者協会 王都本部のサレオ・キャンベルに『組織の名を貶めても特定の商会のために泥に塗れろ』と、そう言っているのか。」
ベッファは言葉に詰まる。今までは大口の客として、またサレオ自身が丁寧に対応していたが故に横柄な態度をとっていたがサレオは決して軽んじていい人間ではないのだ。
ここに至っては口を噛んで黙り込むしがなかった。
もっとも、サレオの言っている事も全部が本心と言う訳ではない。
契約云々の話しはその通りだが、『書面を取り交わす前なら問題にしない』と商人の間では暗黙の了解があるのだ。
ただ、今回の相手は商人ではない。その上、受付けで多数の人間に知られてしまったのも問題だった。あれだけ大見栄を張り、他の商人を叩き潰してまで奪ったものをこちらの不手際で反古にしては非難されるのはベッファであり、その賛同者なのだ。
『ベッファ氏の自滅に巻き込まれる必要はない。消えるなら一人で消えてくれ。』
サレオの中で守るものと切り捨てるものの線引きが済んだ瞬間だった。
「俺は別に構わないぞ。」
しかしゴボーはベッファの我儘を意外な程あっさりと了承した。
顔を上げるベッファ。
顔色は戻り、汗に濡れた顔をベロリと手で拭う。
「何、分かってくれるか。ではこの件はなかった事に…。」
喜ぶベッファだったがゴボーの次の言葉にやはり黙り込む事になる。
「別に構わないさ。リスクはあるがさっきのダンナと話せばいいだけだからな。」
もしかすると同じ目論みの相手に利を、機会を与える事になる。もしかすると商会のトップが立てた計画に泥を付けるかもしれない。
それは自分の名声が下がる事の何倍も恐ろしい事だった。
ベッファはここに至って初めて気づく。どこにも逃げ道は無いのだと…進むしかないのだと…。




