15話 魔石、高く買います
この時代、深い森や山奥には特殊な能力をもった生物・・・魔物がいて人に仇為す機会を虎視眈々と狙っていた。
この様な言い方をすると命掛けの暮らしに人々は疲弊し、怯えているかの様に思うかもしれないが、他の街に行く事すら稀な市位の人たちにとっては魔物の危険より泥棒や狼藉者による被害の方が余程差し迫った問題であった。
一方、為政者にとっては生活圏を広げ経済を活性化する妨げとなる魔物は常に頭を悩ませる問題であった。増える魔物を狩り、脅威を取り除く事は決して終わる事のない仕事であり、また魔物を狩ってその肉や皮革を流通させる事は経済を活発にして領地を豊かにする効果があった。こうした思惑から魔物を狩る者を支援・育成する組織・・・探索者協会が作られる事となったのだ。
季節外れの嵐から数日後、王都の探索者協会をアントニオは訪れていた。
「すまないがウロボロスの魔石を売って欲しい。急ぎなので値段は今の売り値の倍、いや三倍出してもいい。」
探索者協会の窓口でアントニオは若い受付嬢に声を掛けていた。
「お客様、申し訳ありませんがウロボロスの魔石は品不足の為、個別の販売は取り扱っておりません。協会から商業組合に物品を卸しておりますので、そちらへご相談されたらよろしいかと存じます。」
「いや、俺も商人だから今の状況は理解しているよ。理解はしているが少量なんで、何とか売って貰えないかな?」
「他の品物であればまだ都合が着くのですがウロボロスの魔石については、商業組合に卸す分も足りないものですから。」
頭を下げる受付嬢を前にしてアントニオの視線は冷ややかに細められる。
『・・・言葉こそ申し訳なさそうだし、それらしい表情をしているが、マニュアル通りの対応なんだろな。まあ、馴染みでもないこんな客に規定外の事をしてやる意味はないから当然だが。』
アントニオにとってここまでは想定通り、むしろ問題はここからだ。
悪魔シャイロックの見積りでこの後の展開は掴んでいるが、それは理想の状況になった場合だ。
しかし現実は理想通りになる事などほとんどない。
受付嬢の胸のプレートにチラリと目を向けて名前を確認し、話しを進めるために糸口を探ってゆく。
「そこをなんとかしてくれないかな?都合をつけてくれたら、ネリッサさんにもお礼をするからさ。」
言い方や仕草の一つ々々で相手の受ける印象は変わる。印象が変われば対応が変わり結果も変わる。見積りで理想的な流れはわかっていてもどうすればその流れに載せられるかまでは書かれていなかった。
受付嬢との会話から探索者協会本部長を引っ張り出して言質をとらなくてはならないのだが、そのためにはどうすればいいのか。
怒らせるのか、取り入るのか、それとも・・・。
「当協会では職員が謝礼を受け取る事は禁止されております。ですので規則を曲げてお客様のご要望に沿う事はできません。」
ネリッサからそれまで真摯に向き合っていた心が消え、きれいな笑顔は一瞬で薄っぺらな仮面に変わってしまう。
「しまった!」と気づいても言ってしまった言葉は無くならない。
「ご用件がそれだけでしたらどうぞお引き取りを。必要であれば商業組合への紹介状などもご用意できますが、如何致しますか?」
抑揚のない声は相手が何を考えているかを如実に表していた。
『あんたじゃ話しにならないから、もっと上の人を呼んで来てくれないか。』
・・・と、相手を変える事も頭をよぎるが、仲間にそんな対応をする人間を他の職員だって信用しないだろう。下手をすれば今後の取り引きに支障が出るかもしれない。この都市を拠点にしている以上、探索者協会の仕事をする事も、依頼する事もあるのだ。
「言い方が悪かったのは謝るよ。行商に行くとこんな仕組みが残っている所が多いかったんだ。こうして謝るからさ・・・」
と言いながらカウンターから一歩下り、腰を二つに折って頭を下げて
「ネリッサさん!申し訳ありませんでした。」
と良く響く大きな声で謝罪した。
途端にフロアの注目が集まり、そこかしこから囁き声が聞こえて来る。妙な注目を集めてしまったネリッサの顔色は音がする勢いで変わってゆく。
協会の顔とも言える受付をネリッサは自分の天職と思っていた。困ったお客様が来ても『優しく』『親切に』対応すると言われ、それを密かな自慢にもしていた。
それなのに公衆の面前でお客様に謝罪させたなどと噂されては溜まったものではない。
一方のアントニオにとってはネリッサが困る事は計算の内。むしろ困って上司に相談する事を期待していた。
「お客様!どうかお顔を上げて下さい。その様にして頂く程の事ではありませんから。」
『本当に勘弁してほしいわよ。傲慢受付嬢なんて噂されたらどうするのよ。』と思っても今出来る事は限られている。
ネリッサの様子に気づいている筈なのにアントニオは頭を下げ続け、周囲の騒めきも大きくなってゆく。
「気にしていませんから本当に頭を上げてください。」
『本当にいい加減にしてよ!』
「本当に?」
アントニオが頭を下げたままチラリと目線だけ上げる。
『この人、ワザとやっているでしょう!』
と気づいてもこれだけ注目されている中では出来る事はない。不満ではあるが苦労して接客用の笑顔を浮かべて『謝罪を受け入れる』と言うしかないかった。
もっとも内心では『もう、この人は嫌!』と叫びたい気持ちで溢れかえっていた。
「そう言ってもらえると少し気が楽になるよ。その上で何か方法はないか、ネリッサさんの知恵を貸してくれないかな。本当に困っているんだ。」
『こっちの気も知らないで図々しい!』
と言えればどれほど気が晴れるだろう。
「そう言われましても・・・私共も特定の魔石不足については頭を痛めている所でして、入荷して順番が来たら取り置く位しかお役に立てれる事はありません。」
「うーん、困ったなぁ。誰か持っていそうな人はいないかな。もうこの際だから五倍出してもいいのだが・・・。」
『そんな高値で買ってくれるなら私が売りたいわよ。』
この王都近郊で出回るウロボロスの魔石は年間で100に満たない。
高値が影響して個人の備蓄分まで売られたからか、今年の買い取り数はすでに例年を大きく上回っていたし、冬に差し掛かって魔物のウロボロスが冬眠してしまったので来春まで新たな出物はないだろうと言われていた。
だからここで出来る事など本当に無く、この客への対応もあと二、三言で終わる筈だった。
「おい!今の話しは本当か?本当に五倍出してくれるのか?」
入り口付近でキョロキョロと周囲を伺っていた男が人を押し退けながら近づいてきた。




